第3話 お姉ちゃん混乱中
「…………」
「…………の」
「みゃーのってば!」
「っ!」
糸で手繰り寄せるみたいにして、無理やり意識を引き寄せられた。
覚醒した視線の先で、ショートヘアの活発そうな顔をした女子、
「まったく、何ボーっとしてんのさ。呼び出したのはみゃーのでしょ」
「ご、ごめん、ちょっと……」
まだ頭が混乱しているらしい。昨日の出来事のせいで。
まさか、あんな……おぉう。
思い浮かびかけたことを、頭を振って無理やり追い出す。
朝八時。普段ならまだ夢の中だというのに、私は友人の井上を呼びつけて、大学近くのカフェに来ていた。
家を逃げるみたいに出てきちゃったけど……
実際、私は逃げてきたのだ。
深夜の出来事と、それと、今朝の出来事のせいで――
――――
――――――――
「おはよう、お姉ちゃん」
朝七時、リビングに入ると女の子に出迎えられた。
ビックリするほどに綺麗なその子は、従妹のアリスちゃん。昨日から、家にホームステイをしている子だ。
そのアリスちゃんが、私にニッコリと笑いかけている。
私の目は、その唇にくぎ付けになった。
ピンク色で、柔らかくて、それに甘くて、ちょっとすっぱい……っていやいや!
頭をブンブン振って霧散させる。もうダメだ、ふとした瞬間に思い出して、そればかり考えちゃう。
「あー……う、うん……」
すると、アリスちゃんはおかしそうに笑った。
「もう、お姉ちゃん寝ぼけてるの?」
寝ぼけてる……うん、確かにそうかもしれない。
寝ぼけてるっていうか、動揺してる、だけど。だって、昨日あんなことがあったんだし。でも……
アリスちゃんの様子は、昨日とちっとも変っていない。それどころか、
「ねえ、お姉ちゃん。どうかな、変じゃない?」
なんて言って、くるりとターン。私に制服を見せびらかしてくる。私が通っていたのと同じ高校だ。
「似合ってる、よ? うん……かわいい」
歯切れの悪いことしか言えなかったけど、アリスちゃんは(多分)嬉しそうに「ありがとう」と言って笑った。
……なんか、ほんとに態度変わってないな。
ていうか、なんで平然としてるんだろ。
私は脳に焼き付いて離れなくて、一睡もできなかったのに。
まるで、アリスちゃんは全然気にしてないみたい。私にキスして、「結婚しよう」なんて言ったくせに。
あれ、本気なのかな……?
「お姉ちゃん、ちょっと待っててね。ご飯すぐにできるから」
本気じゃないっぽいかな。
もしかして、忘れてる? お酒に酔ってたとかじゃないよね。アリスちゃんは飲んでなかったし……
それか……ああっ! アレかな、冗談だったのかな!? なるほどね、分かっちゃった!
「お姉ちゃん?」
気づくと、さっきまでキッチンにいたアリスちゃんが目の前まで来ていた。
「っ!? なっ、なに?」
反射的に一歩引くと、一歩詰められる。
「どうしたの? またボーっとしてるけど」
「だっ、大丈夫何でもない!」
また一歩引いて、そのままの勢いで二階の部屋まで戻る。
支度をすませて、リビングには戻らず玄関に行くと、
「お姉ちゃん?」
座ってヒールを履いている途中、急に後ろから声をかけられた。
反射的に後ろをむくと、そこには声の主……アリスちゃんがいた。
「どこ行くの?」
キョトンと、小首を傾げて訊かれる。
「えっと……ちょっと大学まで」
「講義? 大学ってこんなに早くからあるの?」
「うぅん、友達とね、ちょっと会う約束があって……それだけ」
アリスちゃんは「ふーん」と気のないふうな返事をした。
「じゃあ、行ってくるね。お母さんにも……っ!?」
よろしくね、という言葉は言えなかった。
アリスちゃんの輪郭が揺らいだかと思うと、その顔は私のすぐ目の前にあって、唇には柔らかい感触が……
「んんっ……!?」
私の口の中に、なにかが滑り込んできた。それは私の中のそれに無理やり絡みついてくる。
逃げようとしたけど、私の頬を両手で挟み込んで、顔を押し付けてきて……
って何これ何これどーいうじょーきょーっ!? 私またされてる!?
「ちょっ、ちょっとまっ……んむっ……アリスちゃっ……ちゅっ……」
ぜ、全然喋れない! 息も……! なんか、頭ボーっとしてきたかも……何にも考えられない……これ、やば……っ
「あら、あんたもう行くの?」
どこか遠くで声が聞こえた。と思ったら、アリスちゃんの顔が離れると同時、彼女は後ろを振り返った。
「はい。なんかお友達と約束があるみたいです」
アリスちゃんの声は落ち着いていて、さっきまで私にしていたことが噓みたいだ。
「昨日のこと、私、本気だよ」
なんて、また言い出すのだから、私は動揺しちゃうけど、
「いってらっしゃい、お姉ちゃん」
ニッコリ笑って、手を振られて。
私はといえば、ぎこちない返事をして、逃げるように家から出るのだった――
――――――――
――――
一連の出来事を思い出すと、自然とため息が出た。
ほんと、アリスちゃんは何を考えてるんだろう?
キスだなんて、しかもただのキスじゃなくて、舌まで……私初めてだったのに! でも……
アリスちゃん、なんだか慣れた感じだったな。初めてじゃ、なかったのかな……?
「みゃーの!」
井上が不満気……というか、ちょっと怒っていた。
「またボーっとして、なんなの?」
そう訊かれても……私はなんて言っていいか分からず、「あー」とか「んー」しか言えない。けど……
「井上ってさ、キスしたことある?」
無意識のうちに、そんなことを口走っていた。私自身ハッとして驚いちゃったけど、
「えっ、え!? みゃーの、えぇ!? カレシできたの!?」
井上がもっと驚いていた。
「いや、できてないし。なんでそうなるのさ」
おかげで私は落ち着いた。すると井上も察したらしい、途端に拍子抜けした顔になる。
「なーんだ、驚かせないでよ、もう」
井上は背もたれに寄りかかって、コーヒーを一口飲んでいる。アップダウンの激しい奴だ。
「ただの雑談。ある?」
「ん、まあね」
何でもないことみたいに答えられた。
……ていうか、あるんだ。まあ、あるよね。私はなかったけど。
「無理やりされたことある?」
「はっ!? えっ、無理やりキスされたの!?」
井上がさっきよりも驚いていた。
「うん……いや、違う、されてない。これもその……雑談」
「ならいいけど。もし無理やりされたら、私なら急所蹴って警察呼ぶなー」
怖い。かつ実際的な対処法。コイツは怒らせないようにしよう。
参考にできればと思って訊いたけど、とてもアリスちゃんにそんなことできないし。
ほんと、アリスちゃんは何を考えてるんだろう?
キスだけじゃなくて、結婚しようだなんて。
一応、思い当ることはある。でも……
ああ、ほんと、どうしよう。
こんなに混乱してるのって、人生で初めてかも……
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