持つべきは友
それから僕はどうしたのか……自分でもはっきりと覚えていない。
女の人にここに来た経緯を喋ったり、部屋を見せて欲しいと頼んだりした気がするけど、ちゃんと伝わっていたのかどうか……。
僕は辺りを見回して、現在地を確認した。そして少し安心する。ここは下宿の居間みたいだ。
左側の壁には大きな暖炉があって、正面の壁には大きな窓がある。そこから明るい光が差し込んでいた。広くて居心地の良い部屋だ。
繊細な絵や凝った飾りがついている椅子やテーブル、花瓶やオルゴールと言ったお洒落な調度も沢山あり、部屋全体の雰囲気を高級なものにしていた。
うん、今僕がこの部屋にいる、それもソファに腰掛けているという事は、多分訪問の意図はちゃんと伝わっているのだろう。
やがて僕は、目の前にある丸いガラステーブルに、「リーハ・マフィーさんへ 召し上がってください」と書かれた小さなメモがあるのを発見した。
湯気の立つ紅茶に、美味しそうなゴツゴツのクッキーまである。
これはひょっとしてあの人の手作り? と、そんな考えが頭をかすめた。あの細くて綺麗な指がこのクッキーを……これは絶対に頂かねば……。
僕が手を伸ばしたその時、「おーい! 僕の声が聞こえますかー?」と、突然後ろから耳元で誰かが声を上げた。
「な、何?」僕はビクッとして振り返った。後ろにいたのはマイクだった。
「あ……。そうだった、忘れてたけど、マイクもいたんだっけ」
「はあ? ど、どうしたんだよさっきから」マイクは慄きながら僕の顔を覗き込んだ。
「あまり変なことばかり言ってると、病院に電話するぞ! しっかりしろよ! 目を覚ませ!」
「え、ご、ごめん……」マイクの剣幕に僕の方がビックリしてしまった。そんなに僕はおかしなことになっていたの? 信じられない。
まさか僕はあの人に、最悪な第一印象を与えてしまったのか?
「……そんなに酷かった?」と聞くと、マイクは頷いた。
「まあね。話しかけても上の空っていうだけならまだしも、自分で自分の事を『僕はジョンです。友達からは人間にそっくりって言われるんですよ』って紹介してた時にはかなりヤバいなと思ったよ。ずっと笑顔なのも怖かったし。
取りあえず、ここに来た訳は僕から説明しておいた。それから、『色々問題があって疲れてるのかも知れない』ってことも言っておいた。実際そうだろう?」
「あ、あの人はなんて言ってた……?!」
「心配してたけど、別に怖がったりはしてない。僕の説明に納得してるみたいだったから大丈夫だよ」
「ありがとう……」僕は胸を撫で下ろした。
もしマイクがいなかったらどうなっていただろう。初対面の人の頭がおかしかったら、僕だって怖いもの。警察に通報されていたかも知れない。当分はマイクに頭が上がらないな。
「大家さんが、その紅茶を飲んで落ち着いたら、部屋へどうぞって鍵を渡してくれたよ。ほら」
マイクの手の中には、金古美色の小さな鍵があった。
「だけど、本当に大丈夫か? 部屋とか見て回れる?」
「うん、大丈夫」
紅茶を飲み、クッキーを齧ると、徐々に頭がスッキリして来た。元気も湧いて来た。
この頃は混乱する事ばかり続いていたから、もしかしたらマイクの言う通り、僕は自分で思うよりも神経が参っていたのかも知れない。
僕は飲み終わったカップを丁寧に戻して立ち上がった。
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