The game is afoot!
僕とロビンさんが居間へ戻ると、ホームズさんは右手に携帯、左手にサンドイッチを持ちながら、壁に寄りかかるように立っていた。そしてかなりご機嫌だった。
「グリムスビー・ロイロットか! 楽しい人間だ! 俺を警察と間違えるところが、何よりおかしい!」
続けて「お前さんがどもってくれたおかげで、もっけもない情報収集が出来た。助かったぞ、浪人」と言ってくるので、僕はいっそぶん殴ってやろうかと思った。……返り討ちにあう未来しか見えなかったのでやめたけど。
「彼女の病院を知られないように気をつけろと、レストレンジに言っておいて正解だった」
「でもシャーロック、敵はさっきのデカブツだけじゃないよ。ちゃんと分かってる?」とロビンさん。
「俺が分からないように見えるのか? お前はとんだ節穴野郎だな」
「あの」喧嘩が始まらないうちに僕は会話に割り込んだ。
「ヘレンさんを尾行していたのは、ロイロットさんですよね……?」
「え、違うよ?」きょとん、とするロビンさん。
「何故そうなる?」宇宙人を見るような目で、僕を見るホームズさん。
「ち、違うんですか?」
「うん、まず車が違うよ。彼女を尾行していたのは銀のバン。彼の車は黒のセダン」
「お前さんが奴と話している間にレストレンジに照会させたが、バンは盗難車、セダンは奴の自家用車で間違いない」
「でもあの人は、ヘレンさんが事故を起こしたことを知っていますよ! ここに来たのも、事故発生から三十分くらいしか経っていない時ですし! それは、あの人がヘレンさんを尾行していたからじゃないんですか?」
「もしそうならば、奴は、彼女が事故を起こした時点で、ズカズカとここへ上がり込んで来るだろう。『余計なことは言うな!』と。さっきのような剣幕で」
「そうでなければ、救急車の後を追っているはず。彼女に『何を言った?』と聞くために」
「で、でも、尾行している内にヘレンさんが事故を起こしたので、『まずい』って思って……どこかで車を乗り換えたって可能性は無いんですか?」
「なくはないけど、人格が一致しないよ」
「人格?」
僕が首をかしげると、ホームズさんは、まるで幼子に言い聞かせるようにゆっくり、「盗難車と自家用車を使い分けるほどの慎重さがあるなら、俺のところに『手を出すな』と怒鳴り込みには来ないだろう」と言った。
怒鳴り込まれたのは貴方じゃなくて僕の方ですけどね!
「そもそも盗難車なんて、一般人がひょいひょい用意出来るものじゃない。協力者がいるんだよ。僕も、金さえ払えばそういうことを手伝ってくれる人を、何人か知ってる」とロビンさんは言った。
何で知ってるんだろ……?
「その線を辿って行くのも良い。既に罠も仕掛けてある」とホームズさんは言った。
「罠?」何だか凄い事になって来たぞ。
「ああ。だが、結果が表れるまでに時間がかかる。その間に俺は、彼女の話を聞きに行こうと思う」
「へえ、いってらっしゃい」
ロビンさんは人形のマリーを抱えあげると、にっこり笑ってダイニングルームの方へ歩いて行った。僕も「頑張ってくださいね」と言って、後に続こうとした。ようやくユウミさんのサンドイッチが食べられる!
――が、途端に服の裾を掴まれ、引っ張られたので転んでしまった。
「ほ、ホームズさん?!」
何するんですか! と僕が叫ぶと、ホームズさんは「さっきのことで思ったんだが、俺には面倒なことを肩代わりしてくれる助手が必要だ」と言った。
怒りよりも驚きが勝った。
自分がどれだけおかしなこと言ってるか、この人は分からないのかな?!
更にホームズさんは、「お前さんにも俺が必要だろう」と言う。はい??
「そ、そんなことないですよ……?」
「いや、必要なはずだ。お前さんがアルバイト先を探していることは知っている。『いつまでも伯父さんの脛をかじり続けるわけにはいかない』という理由でな」
「はい?!」
た、確かにそう思ったからアルバイト募集中のお店をネット検索したりしたけど、どうしてホームズさんがそれを知ってるんだ?!
「そういちいち驚くな。ともかく給料は出すぞ。正式に俺の助手にならないか?」
「ええ……?」僕はホームズさんを見つめたままポカンとしてしまった。
正式な助手になれだって? どうして僕に。何故。
さっきだって、僕はロイロットさんに絡まれていただけなんだ。「面倒なことを肩代わりした」と言えばそうなのかも知れないが、そんなの僕以外の人にだって出来るだろう。いやいや給料を出すと言うことなら、絶対僕よりももっとしっかりした、頭の良い人を雇えるはずなんだ。なのに、何故。
「俺の推理に興味を持つ人間は珍しい。今まではレストレンジだけだった」とホームズさんは言った。
「しかし、数週間前に突然俺の研究室に現れたお前さんは、レストレンジ以上の探究心と熱意と、それから、自分ではまだ気が付いていないだろうが、恐ろしく良い勘をしている男だ」
ホームズさんは、火星のような赤褐色の瞳で僕をひしと見据え、同時に右手を差し出して来た。
「気にならないか、この先が」
どくん、どくん、と僕の心臓が大きく動き出した。
僕の頭は「危険かも知れないし、やめとこう! 仕事なんて、他にもいっぱいあるさ」と言っている。分かってるよ、その通りだ。その判断はかなり正しい。
だけど僕は、ホームズさんの手から目を離せない。不思議な胸の鼓動がそうさせない。
伯父さんが生きていた頃に感じていた、喜びと憧れの気持ち。
ユウミさんに一目惚れをした時に感じた、ときめきと期待。
それらが一緒くたになって僕の胸を叩く。どくん、どくん……
「ぼ、僕で良ければ……」僕はとうとう、ホームズさんの手を握った。
「よろしくお願いします!」
ホームズさんはニッと笑うと身をひるがえし、僕の手を握ったまま玄関へ走り出した。
「そうと決まれば出かけるぞ。
えっ……ちょっと待って……僕はサンドイッチが食べたいんですけど……
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