レッツ・コミュニュケーション

 ロビンさんとホームズさんは、ユウミさんと一緒にニコニコしながら料理をテーブルに並べている。

 その脇で、僕は絨毯の上に転がっている。腰が痛くて立てないんだよ……。

 唸りながら椅子に這い上がろうとしていると、ユウミさんが振り返り、不思議そうに僕を見た。


「あの……リーハさんは、どうなさったのですか?」


 ユウミさん……よくぞ聞いてくださった。僕のことを心配してくれるなんて涙が出るほど嬉しいけれど、まさか、「そこの二人の喧嘩と、動いたり笑ったりしていたフランス人形が怖くて腰が抜けてしまいました」とは言えない。事実でも信じてもらえないだろうから。

 僕は代わりに「いや、あのちょっと……あはは」と、色々オブラートに包んで誤魔化そうとした。しかしその時、ロビンさんが「いや、彼は匍匐前進ほふくぜんしんというものを僕らに見せてくれまして。それで腰を捻ってしまったのですよ」と話し始めた。

 ホームズさんまでが、「何でも高校で、災害時の構えの一つとして教わったのだそうです。先週サマセットの方で地震があったでしょう? アレの事が話題になりましてね」と嘘八百を並べる。


「まあ……! それは大変!」

 

 ユウミさんは口に手を当ててぱっちり目を開いた。いや、待って、ユウミさん! こんなんで納得しないで! 


「リーハさん、大丈夫ですか?! あの、薬箱に湿布があるので、持ってきます!」

「あっ、そんな、大丈夫です!大丈夫です、ユウミさん!」僕は両手を振って遠慮する。


 あーーもう!!

 ユウミさんには「頼りがいのある格好良い人」と思われたいのに、これじゃ真逆だ!

「しなくても良いことで腰を痛めた可哀想な人+ちょっとアホな人 」だって思われる!

 悪いのはロビンさんとホームズさんなのに……!


 ユウミさんは尚も僕を心配して、

「では、床でリーハさんが食べられるように、小さなテーブルを持ってきましょうか?」と言ってくれる。


 確かに、このままだと僕は食事にありつけない。腰も足も萎えてしまったこの身には椅子が高すぎる。その申し出はとてもありがたい。

 でもさ、一人だけ小さなテーブルで食べるなんて赤ちゃんみたいだよ!!


「だ、大丈夫ですっ! 普通に食べられます!」

「……そうですか?」

「ええ! 平気です!」

「安心してください、ユウミさん」と、ロビンさんが会話に割り込んで来た。

「僕が彼をサポートしますよ」

「私も手伝います」ホームズさんは、うんうんと頷いた。


 おい、そんなに仲が良いなら、ホントにさっきの喧嘩は何だったんだよーーーーーっ?!




 結局。ロビンさんとホームズさんの介助のもと、僕は元の席……二人の間の席に座らせられた。

 いや、もう嫌ですここ。あなた方の間なんて嫌です。僕が腰を抜かした理由は、あなた方が一番よく知ってますよね?

 

 しかし僕は寛大な人間だ。色々思うことは思ったけど、せっかくおさまった騒ぎを復活させたくなかったので、何も言わずに、ただ大人しく良い子にしていた。


 そして食事を始める二人に合わせて、食欲はめっきり減退していたのにスープのビーンズをつつき始めたのは、

「今の態度からして、二人はもう喧嘩する事もないかも。さっきは一時の感情で荒れ狂っただけで、ユウミさんが気分を変えてくれたから、もう大丈夫なんじゃないだろうか。うん、ユウミさんさえ居れば大丈夫だ」と何処かで油断していたからだ。


 まさか、その五分後にユウミさんが「まだ、出来上がっていない料理がありますので……」とキッチンへ戻ってしまうとは思わなかった。


 キッチンの扉がバタンと閉まると、部屋はまるで太陽が消えてしまったかのように温度が下がった。原因は言わずもがな……僕の両脇に座る二人の殺気だ。


 無言でローストチキンにナイフを入れる、ロビンさんが怖い。

 鋭い目付きで飲み物用の氷をアイスピックで砕いている、ホームズさんが怖い。


 このままだと、また喧嘩……というか殺し合い……が始まるんじゃないだろうか。

 いや、勘弁して欲しい。僕は今、あなた方の間に座ってるんだよ。


 と、すれば……

 レッツ・コミュニュケーションだ、リーハ。


 僕は必死に考える。衝撃に次ぐ衝撃のせいで、すごく頭が痛いけれど、二人の気をそらさないと、きっと僕が怪我をすることになるので、必死に考える。

 そうだ、「ユウミさんの料理は美味しい」ってことを話題にすれば良いかも知れない。


 例えば、『ロビンさん、ホームズさん! ユウミさんが作ってくださったこのローストチキン! すっごく美味しいですね。皮はパリパリなのに中はジューシー。僕の母さんも、毎年クリスマスにはこれを作ってくれるんですけど、ユウミさんのチキンの方が百倍、いや千倍美味しいです!』とか言ったら良いんじゃないだろうか。うん、コレで行こう! 勇気を出せリーハ!!


「ええっと……ろ、ロビ……」僕はお腹に力を入れて、声を絞り出す。


 しかし、二人は僕の頭ごしに睨み合ったままだった。不気味なほど静まり返った部屋の中で、僕の声はマヌケに響いた。あまりの切なさに脇から変な汗がぽたりと落ちた。無理だもう。無理だよもう。これ以上僕にどうしろと言うんだ。ユウミさんが来た時は仲良さそうなフリをしてた癖に、この二人は!


 助けてッ!

 

 いや、まだ諦めるなリーハ。二人はナイフやアイスピックを手にしているだけだ。睨み合ってはいるけれど、殴りかかってはいない。料理の話がダメなら、ここは鉄板の天気の話だ!


「あの、きょうは……いい天気で、暖かくて……最近はちょっと寒かったですけど、って、えっ?!」


 突然、二人の手から放たれたナイフやアイスピックが、僕の鼻先をかすめてシュッと飛んだ。しかも互いの首筋を狙って一直線に。僕はぎゃあっと反り返った。

 けれども二人は慌てない。左へ右へさらりと躱した。目標から遠く行き過ぎた凶器は二つとも、まるで早回りする秒針のように空中で回転を始めた。そして家具や壁に接近するや柄の方を「トン」とぶつけて、ブーメランのように二人の手の中へ戻って来る。……いや、何だそれ。ありえない過ぎるだろ!!

 僕はもうたまらず大声で叫んだ。


「あ、あなた方は一体、何者なんですかーーーーっ?!」

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