何処にでもいる画家とごく普通の探偵?
「え?」
二人はピタリと動きを止めた。そして長い間を置いて、
「何者かって言われてもね……」ロビンさんは戸惑ったように言った。
「僕は画家だよ。何処にでもいる」
「言っておくが、俺は探偵だからな。ごく普通の」とホームズさんも言う。
いや、違うよね……と瞬時に思った。
サーカスの人って言うならまだ分かるけど、探偵はナイフ投げなんてしないでしょ。画家もしないでしょ。
さっきの殴り合いも全然普通じゃなかった。動きに無駄が無さすぎるし。
百歩譲ってホームズさんの警察を手伝う仕事には武術が必要なのかも知れないけどさ……。それならどうして「マフィア」なんて単語がロビンさんの口から出て来るんだろう。
取って付けたように「ごく普通の」とか「何処にでもいる」とか言うのも嘘くさいんだけど。
もやもやを振り払えないまま、僕は次の質問をしてみる。
「あの……お二人は、少し前までロシアやドイツに滞在していらっしゃったんでしょう?」
「ああ」
「まあね」
「では、あの……どうしてここへ引っ越されたのですか?」
「俺か? 俺は、久しぶりにロンドンで探偵の仕事がやりたくなってな。ドイツも良かったが、住み慣れた街の方が仕事はやり易いからな。
サンクチュアリを見つけたのは俺の兄だが、色々な点で気に入ったから越して来た」
「あの……ロビンさんは?」
「僕? 僕はね、ロンドンで久しぶりに絵の個展でも開こうかと思って戻って来たんだよ。この街の美術館は、どこの国のそれよりも美しいからね。
僕も、サンクチュアリは人からの紹介で知ったんだけど、下見をした途端にすっかり気に入ってしまってね。それで越して来たんだ」
「そうなんですか……」と答えはしたが、僕はまだ納得出来なかった。
ロビンさんとホームズさんは何かまだ僕にとても大事な事を隠しているような気がしてならない。
「あの、それだけじゃないですよね? 他にも理由が……?」と言うと、ロビンさんとホームズさんはひたと僕を見据えた。
「どうしてそんな事を言うんだい?」
「だ、だって……」
僕の脳裏をよぎったのは、瞳の中にえんえんと殺意の炎を燃え盛らせ同時にじわじわと殺気を部屋中に広げていた、二人の姿だ。
拳や長脚の鋭い突きを繰り返し、それをまた鮮やかに躱し、テーブルの周りでひらりひらりと舞っていた、ついさっきの二人の姿だ。
「ロビンさんもホームズさんも……まるで殺し屋みたいじゃないですか……」
一瞬、壁にかかった振り子時計の時を刻む音がはっきりと聞こえる程に部屋は静まり返った。
が、ホームズさんが「ハッ」と笑い声を上げたのをきっかけに沈黙は破られ、ロビンさんまでが体をくの字に折り曲げてけらけらと笑い出した。な、何がそんなにおかしいんだよ……。
「どうしてそんなに笑うんですか……」
「いやあ、まさか、『殺し屋みたいじゃないですか』って言われるとは思わなくてさ。君は想像力豊かだねえ」
ロビンさんはそう言うのもやっと、という感じだったし、ホームズさんは涙まで流して笑い転げている。ユウミさんが「デザートですよー♪」とケーキを持って部屋に現れなかったなら、きっと二人は永遠に笑っていたはずだ。
全く散々なディナーだった。ユウミさんの手前、料理は「美味しいです!」と言いながらせっせと食べたけど、味なんか全然分からなかった。
食べ終わった後も、二人はユウミさんがいない隙を狙って罵り合い、殴り合っているから、ちっとも油断できない。
僕は結局、希望でいっぱいだった朝とは正反対のもの凄くもやもやした気分でこの一日を終えた。「大丈夫なのか僕のNew Daysは」……それだけ日記に付け足しておいた。
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