激戦地より

「会えて嬉しいよ」


 そうニッコリ笑って、次の瞬間ロビンさんは動いた。パッと白い手の平が見えたかと思うと、シャンパンの瓶がまるでミサイルのように飛び出した。ホームズさんの頭めがけてまっしぐらに。

 なななな、何てことするんだよロビンさん!

 僕は驚いたが、ホームズさんは顔色一つ変えない。慌てる素振りも見せず、長い足をありえないほど綺麗に伸ばして、飛んで来る瓶を蹴り飛ばす。同時に、テーブル上のフランス人形をひっつかんで床へ叩きつけると、勢いよく足をおろし、踏みつぶした。


 えーーーーーーーっ?!


 ガキャンと金属質な音が響き、人形がバラバラになる。ザンッと大きな音を立て、瓶がテーブルの上に置かれたワインクーラーの氷の中に着地する。それとほぼ同時に、ロビンさんがホームズさんの間合いに踏み込んだ。


「シャーロック……今日こそ決着をつけてやる」


 ホームズさんの顎めがけ、目にも止まらぬ速さで拳が突き出される。けれどホームズさんは笑いながら後ろに反り返り、ロビンさんの一撃を躱す。ロビンさんの拳はヒューッと空を切った。


「やれるもんならやってみろ。俺を退屈させるなよ、ロビン!」


 刹那、ホームズさんの長脚が一閃した。黒革靴は真っ直ぐロビンさんの顎を狙っている。


「へぇ! 寝言は寝て言うんだね!」


 ロビンさんは、グッと床に深く身体を沈めてそれを躱す。あとほんの数センチ、という所でホームズさんの脚は目標を失った。

 ロビンさんはその隙を逃さない。次の瞬間、まさしく風のように翻った。そして繰り出したのは、ホームズさんのみぞおちを狙った鋭いパンチ!

 けれどもホームズさんはいきなり両手を背後の床に付き、一瞬で回転して猛撃を無効化する。しかもそれだけでは終わらない。宙に舞うホームズさんの両足は、恐ろしいスピードで的確にロビンさんの顔面を狙っている。

 だが、ロビンさんも負けてはいない。その凄まじい攻撃の下をかいくぐって鋭い膝付きとパンチをホームズさんの肝臓部分や首に繰り出した。


「今すぐ出て行けシャーロック! 死にたくないならね!」

「うるせえな、出て行くのはお前だよ!」


 ここまででまだ一分も経っていない。二人は互いに恐ろしいスピードで急所を攻め合っている。しかもホームズさんたちの怖いところはスピードだけじゃないんだ。攻撃が一々美しいのもそうだけど、二人はこれだけ激しく動いているのに少しも息切れしていない上、互いに全ての攻撃を躱かわし切っているのだ。


 それに、驚くほど静かだ。普通ならドンドンという足音や、壁や家具なんかにぶつかるドシン、バタンという音がしそうなものだけど、この二人は声と風を切る音しかさせてない。


 だ、だけど……! これを放っといちゃいけないよね! ドア一枚隔てたキッチンにはユウミさんがいるんだよ?! 危険すぎる!!


「あ、あのちょっと落ち着いてください」と僕は言ったが、ダメだ! 完全に無視されている! でも二人の間に割って入るなんて無理だよ! 絶対とばっちりで死んじゃうからね! もう警察に通報するしかない!

 

 けれども僕の知る限り、サンクチュアリの電話は階段の脇にある小さいテーブルに置かれた黒電話のみだ。それを使うにはどうしたら良いんだろう……ダイニングルームから居間へ出る方の扉は、完全に激戦地になっているから通れない。でも、ユウミさんのいるキッチンにはもう一つの居間へ続く扉があったはずだ。


 よし……と僕はぎゅっと拳を握る。


 落ち着け、落ち着くんだリーハ……。

まずはキッチンからユウミさんを連れ出すんだ。それから居間で電話をかける。その後は、一旦サンクチュアリから避難して警察の到着を待つ。分かったか、リーハ! 役目はそれだけだ! 大丈夫、簡単だ!


 僕はバクバクする心臓を左手で押さえながら、なるべく二人を刺激しないように気をつけて静かに椅子から立ち上がった。


 さあ、しっかりしろ! こういう時こそ、僕は僕の思う英雄にならなければ!

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