今夜、ついに全員集合!
タオルで拭いたとは言え、まだまだ全身ずぶ濡れ状態のロビンさんの行く後には、延々と水の道が出来た。
まぁそれだけなら良いのだが……。ロビンさんは水も滴るなんとやらで、妙な色気を発している。首を傾けたり目を細めたりするのは本当にやめてほしい。何故って、それにドキリとする度に、ユウミさんを裏切っているような気持ちになるからだ。
途中、ロビンさんを見て「キャアアアア」と黄色い歓声を上げた通りすがりの女の子達が、何キロも後をついてくる……なんてこともあった。
しかし女の子達は、サンクチュアリまであと五、六キロのところでタイムアップとなったらしく、帰り際に「水の跡が乾かないうちにまた行けば……」とか何とか言っていた。
ヘンゼルとグレーテルのおかしの家かよ。パンくずの跡を辿って行くみたいだな。
「まあ! どうされたんですか?! そんな、ずぶ濡れで!! 」
僕達を玄関で迎えてくれたユウミさんは、ロビンさんのなりを見てちょっと取り乱した。
川であった事を手短に説明すると安心し、また感心してくれたようだったが、「とにかく、すぐにシャワーを浴びてください! 早く着替えないと風邪を引いてしまいますよ!」と叫んでロビンさんを二階へ急き立てた。
ユウミさんは言葉だけでなく本気でロビンさんを心配しているようだったので、僕の胸はチクリと痛んだ。それに、これは僕の邪推かも知れないが……ロビンさんが何だか嬉しそうに見えて、急に嫌な気分になった。
ここへ来て僕は、ユウミさんとロビンさんの二人がともに、人並外れた美男美女であるという事に気づいたのだ。
どうしよう、ユウミさんがロビンさんを好きになったら……
ロビンさんがユウミさんを好きになったら……
はっきり言ってお似合いだ。お似合い過ぎる。僕に勝ち目はあるのだろうか……。
ああああもう嫌だ……。僕は頭を壁に打ちつけた。しかし、ちょうどその時ユウミさんが、玄関から二階のシャワールームまで続いた水の跡を拭き取ろうとしているのに気付いた。おっと、これはチャンスだ。
男なら、「掃除くらいなんのその」でなければいけない。僕は精一杯魅力的な笑みを浮かべ、ユウミさんの綺麗な両手からからやんわりと雑巾とバケツを取った。
「あら、マフィーさん?」どういうこと、と言いたげにユウミさんは首を傾げた。
「いえ、これくらい僕が掃除しますよ」
僕はきっぱり宣言し、床の水に雑巾を浸した。そして青いバケツの上で絞る。ジャバー。それを繰り返す。
時間はかかったけれど、床が綺麗になるにつれて少しずつ心のもやは晴れて行った。それにユウミさんに良い所見せられたから、気分も良くなった。
何も、僕とロビンさんが同じ人を好きになると決まった訳じゃない。マイクを見れば分かる。マイクはユウミさんの事をなんとも思っていないしね。
ユウミさんだって、ロビンさんの事が好きになるとは限らない。そう、ロビンさんがいくら綺麗な人だからって、ユウミさんが恋するとは限らないのだ。男の魅力は顔だけじゃないに決まってるからね!
そうだよね?
掃除が終わった頃、家から送った荷物がどしどし宅配便で届いた。僕は急に忙しくなった。玄関から三階までの往復を三度もすると、すっかり息が切れてしまった。僕の荷物はそんなにないのに、一つ一つが重いんだ。それに、それをちゃんとした場所に収めるのにも時間がかかる。本とか服とかその他色々。
僕は階段に座り込み、ぼーっと休憩をする。その時、不意に玄関の扉がバタンと開いた。
ちょうど、シャワーから出たロビンさんが「ディナーの時間には帰ります」と言って出かけたいた矢先だったので、「あれ、ロビンさんが帰って来たのかな……?」と一瞬思った。でも違ったみたいだ。首を伸ばすと、火星のような赤褐色の瞳と目が合った。
バーツの時の白衣姿とは正反対の全身真っ黒けの服装で固めた、カカシみたいにのっぽのシャーロック・ホームズさんがそこに立っていた。
「あ、こんばんは!」
「ハリーか」ホームズさんは僕を見て口の端で笑った。
そうだった、忘れていたけど、この人もロビンさんと同じくらい……タイプは違うけど……めちゃめちゃ格好良い人だった。
もし名前を間違えられていなかったら、その笑みに見惚れていたかも知れない。
「あの、ホームズさん。僕はハリーじゃなくて、リーハですよ。リーハ・マフィーです」
「改名しろ」何でだよ。
「ハリーの方が覚えやすい」
ホームズさんは澄ました顔でめちゃくちゃな事を言う。
「変えられませんよ。それくらい覚えてくださいよ……」
思わずそう言うと、ホームズさんは脇を通り過ぎると同時に僕の肩をバシッと叩いて来た。
イッタッ……! 僕は衝撃によろめいた。何なの今の。スキンシップのつもりなら嬉しいけど、めちゃ痛いんだけど。
僕はホームズさんの背中を見ながら自分の肩を摩った。
と、その時、ダイニングルームの方からパタパタと軽やかな足音を立ててユウミさんが駆けて来た。ダイニングルームの方からパタパタと軽やかな足音を立ててユウミさんが駆けて来た。
「あら、ホームズさんじゃないですか! どうされました? 確か明日からと伺っていましたが……もしかして?」
ユウミさんはとても嬉しそうな顔をしていた。遠くからでも目が輝いているのが見える。
「こんばんは。ベランジェール…いやユウミさん」
ホームズさんは黒い中折れ帽を取ると、それを胸に当て優雅なお辞儀をした。僕の名前は忘れていた癖に、ユウミさんのフルネームはちゃんと頭にあるらしい。
「実は思っていたよりも早く仕事が片付きましてね。今日から自由の身という訳です。一日早いですが、構いませんか?」
「ええ、ええ! それはもう! お部屋の準備は整っていますわ!」
夜には全員集合ですね! と、ユウミさんは喜んでいる。
なるほど……ホームズさんも今日からここに住むのか。
ついにサンクチュアリの住民全員が揃うのか。僕とホームズさんとロビンさんと。それは凄く楽しみだ!
「ふふふ、今夜は張り切って美味しいものを作りますよー!」
ユウミさんはそれは可愛いらしく笑い、くるりとその場で回転した。緑色のワンピースの裾がふわっと風に乗り、花が咲いたかのようだ。
そしてユウミさんは、瞬く間にダイニングルームへ続く扉の向こうへ消えて行った。
それから夜まではあっという間だった。
ディナーは八時からになるとのことだったので、僕はついに自分の部屋になった3号室に引っ込み、心ゆくまで荷物の整理をして過ごした。
テーブルにはパソコンや本、ノートに筆記用具を並べる。チェストには服を入れる。シーツや毛布も箱から出して、ベットメイキングまで済ませてしまった。
ああ、なんて居心地の良い部屋だろう。
僕は椅子に腰を下ろし、パソコンに電源を入れて、ふーっと溜め息をついた。高校時代の寮と比べれば、過ごしやすさは天と地ほどの差がある。田舎町リトル・ハンプトンの元自宅と比べるなら、負けず劣らずといったところか……。いや、母さんに決して邪魔をされる事はないと考えれば、やっぱりこの部屋の方が上かも知れない。
ウィーン……と微かに唸りながら、僕のパソコンはスタート画面を表示した。僕はウイルスセキュリティがちゃんと機能している事を確認した後、文章作成ソフトを立ち上げる。
このソフトは高校時代にノートと同じくらいよく使っていたので、数学やら科学やらのデータが沢山残っている。
ズラーッと並んだファイルを見るとちょっと誇らしい気分になった。これこそが僕が真面目に勉強をしてきたという証だからね……。
「どうして試験は駄目だったのだろう」と不思議な気持ちにもなるけども。
僕は荷物の整理をしている時に思いついた事を実行に移そうとしていた。つまり、日記を書く準備だ。
環境が変わったということはすなわち、僕の人生の転機が訪れたという事。誰かを好きになるというのは本当に大きな出来事だし、このめくるめく幸せな日々は文章として残さなければもったいないと思う。
というわけで、僕は新規ページを立ち上げ、タイトルを打ち込んだ。「僕のハッピーDAYS」と。
そしてとりあえず、勉強は頑張ったけど大学に受からなかった……という所から、マイクとホームズさんのお陰でサンクチュアリに辿り着き、ユウミさんに一目惚れをした事や、その後の母さんとの攻防はもちろん、母さんを騙して勝利を手にした事、いよいよ新生活が始まったとわくわく気分でサンクチュアリに向かう途中、一号室の住人であるロビンさんと出会った……という所までを一気に書き上げた。
そうして気が付けばもう、時計の針は七と六を指していた。七時半だ。
かなり長い間集中して書いていたんだな、と少し自分に驚きつつ、続きはまた寝る前に書こうと、僕は体を伸ばしながら立ち上がった。
そういえば、今夜のシャワーはどうしよう。バスタオルはメアリーちゃんとロビンさんにあげちゃったからな……。フェイスタオルを二枚くらい出せば、バスタオルの代わりになるだろうか。
まだシャワーに入るつもりはないけど、準備だけはしておこうと、僕は先ほど洋服を詰め込んだチェストを覗き込む。
すると、だ。
青い宝石のような二つの瞳と目が合った。
全く見覚えのない、金髪に豪華な白いドレスのフランス人形が、僕の服と服の間にちょこんと座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。