ロビン・フッドという人
「大丈夫ですかーっ?!」
僕が声をかけると、ちょうど階段を上り切っていた女の人は笑顔でうんうんと頷いた。凄いな、全く疲れていなさそうだ。
「メルちゃーーん!」
女の子が叫ぶと、マルチーズは女の人の腕から飛び降りて、元気に「ワン」と応えた。そして女の子のそばへ駆け寄り、尻尾を千切れんばかりに振る。水飛沫が雨のように飛び散ったけど、女の子はそれを気にも留めず、泣き笑いをしながら犬を抱きあげて頬擦りをした。
僕も、良かった……と息を吐いた。
考えるのも恐ろしいけど……僕一人じゃ、何も出来なかったかも知れない。
犬だけでなく、僕自身の未来まで救われたような気分で、僕はコートの女の人を仰ぎ見た。
一体何歳なのだろう。凄く若くも見えるけど……浮ついた雰囲気は全くない。年齢不詳だ。まるでホームズさんみたいな人だ。
肩までの長さがあるプラチナ色の髪は、日光を反射してキラキラと輝いている。この人の肌色はものすごく白くて、透き通ってしまいそうなほどだ。手足も綺麗。細くて長くてすらりとしている。顔立ちはとても整っているし、見れば見るほど「美人だな」って思う。
(ただし、ユウミさんほどではない。一応言っておく)
背も高い。ちょっと複雑な気分になるが、僕よりも頭一つ分くらい上だ。
だけどこの人の容姿で一番印象的なのは、もみくちゃになっている髪の隙間から覗く二つの瞳だった。それはまるで、海の底をそのまま映し出したかのように青く、美しかったんだ。
僕は急いでタオルを取り出し、それぞれに渡す。ほんと良かったよ、バスタオルを持っていて。ずぶ濡れの犬や体を拭くにはちょうど良いはずだ。
「これ、使ってください!」
「いいの? 汚れちゃうよ!」
「いいよ、タオルはあげるから、早く拭いてあげて」
僕が頷くと女の子はすぐに犬をふき出したが、女の人は首を振った。
「僕は大丈夫だよ。家が近いからね、このまま歩いて行くよ」
「いや、でも、とにかく使ってください!」
ずぶ濡れのまま歩く訳にも行かないだろうと思い、押し付ける。
でも、心の中では「え? この人今、『僕』って言った……?」と、女の人の言葉に戸惑っていた。そう言えば、声も僕が思っていたより低かったな。
思わずまじまじと見つめてしまうと、女の人はタオルで髪を拭きながら、「ああ、僕は男だよ。よく女性に間違えられるけどね」と笑った。
「えっ……?」僕は絶句した。
「お姉ちゃん、男の人なの?!」女の子もびっくりしている。
「うん、そうなんだ」とその人は頷いた。
いや、言われてみれば確かに……胸の膨らみがないところとか、体つきが女性のそれとは違うけど……。全然気が付かなかったや!
「僕は画家なんだ」とその人は自己紹介を始めた。
「ロバート・ハンチンドンっていうのが本名だけど、普段は
「ずきんのロビン?」かわいい名前だね! と女の子は言った。
「知り合いに付けられたんだ。変なあだ名だよ」
そうは言いつつも、ロビンさんは笑っていて、結構そのあだ名を気に入っているようだった。
「あたしはメアリー! メアリー・モースタンよ!」
物怖じしない性格らしく、女の子は手をあげて言った。
「それで、この子がメルちゃん」
「へぇ、君とワンコの名前もかわいいじゃないか」
「ありがと」
メアリーちゃんはロビンさんに褒められて肩をそびやかした。
その流れで僕も名前を聞かれ、「リーハ・マフィーです」と答えた。
すると、「マフィンみたいな名前ね!」とメアリーちゃんに言われた。
違います。僕は食べ物じゃないです。
「それはそうと、タオルのお礼をしなきゃね」とロビンさん。
「え? 別に良いですよ!」
「そんな訳にはいかないよ。どうしようか……」
ロビンさんは「僕は、少し前までロシアに住んでいたんだけど」と言いながらトランクを開け、一枚の紙を取り出した。綺麗な文字で書かれているのは住所らしい。
——え、ちょっと待って……。ベーカー街221Bってまさか……。
「今日からそこで暮らすことになってるんだ。君はどこに住んでいるの?」
「えっと……ここです」僕は紙に視線を釘付けたまま答えた。
「僕も今日からサンクチュアリに住むんですよ」
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