第4話 吐血

 紅葉した山々や澄みわたった空を見ながら、国道を車で行く。晴れ渡る秋の日の運転は、萎えかけた気持ちを少しだけ底上げしてくれる。

 ところが兄の病室を訪れた途端、気持ちが急速に冷え固まってしまった。

 ベッドの白いシーツの上に鮮血に染まったティッシュの山がある。

「何、これ?」

兄は黙って視線を私に向けた。

「血よね?これ」

無言で頷いている。

 額の上に折り畳んだ白いタオルが置かれていて、酸素吸入の管で留められている。

「熱出た?」

また無言で頷く。

反応があるだけましだ。

「大丈夫なん?この血のこと、先生知ってるん?」

軽く二、三度顔が上下した。

 私は心の中で溜め息をつく。

「痛みは?」

兄が軽く顔を横に振って、私は縦に振る。


「窓閉めてくれ」

充分に閉めきったブラインドをこれ以上閉めろと言うのか。窓際に立ってブラインドの紐を引こうとすると、

「窓が開いとる」

と掠れた声で言う。

 ブラインドの端をめくってみると、確かに窓が10センチほど開いていた。


 他にすることはないか聞いてみたけれど、特に無いと言う。

 血を吐いた割には、いつもより元気そうに見える。自分でベットの背もたれの角度を上げたり下げたりして、呼吸が楽になる角度を探しているようだった。


 帰宅してから食道がんの吐血について、ネットで調べてみた。末期では食道からの出血もあるし、肺での出血も考えられる。

 緩和ケアではこれらの症状に対して、どういう処置がなされるのだろうか。

 緩和ケアに関しては、読んでも読み尽くせないほどのネットの情報があったけれど、どれも実は残酷な運命を、うまくオブラートにくるんだような表現だ。


 小さいころ、苦い粉薬には甘いオレンジ味の粉が混ぜられていた。

 兄の病状に関しては、これ以上有効な薬はもう無いと医師から説明を受けて半月が経つ。甘い粉さえもう受け付けないとしたら、どうやって生きる楽しみを見つけることができるのだろう。

 闇と静寂に包まれて、今ごろ兄は何を考えているのだろう。


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