第4話 地獄的で平和的な日々

鍛えてくれとお願いした日からは地獄だった。

時には生死の境をさ迷ったこともあった。

滝の下に潜り込んだ状態で投げナイフを避けろだの、火にあぶられた状態で魔法を使うだの。

ネリアが創った空間に放り投げられ10日間獰猛な獣と戦い続けたこともあった。

そして俺は今日、魔女にある試練を受けさせられる。


『私、ネリアが召喚する魔物を倒すこと』


この世界における本とは己に眠る魔の力を呼び起こすための触媒だ。

人によってではなくて人が持つ本によって魔の力は変化する。


例えばリンラルの持つ【妖精の目次録】は多彩な属性を持つ妖精を召喚して魔法を使うことができる。


他に有名なものをあげれば【フィンリーの冒険譚】というもので物語に出てくる冒険者たちが持つ便利な道具や武具などを召喚して使うことができる。


少し趣向性の違うものならば【カヌレの楽譜】というものがある。

音楽にちなんだ魔法も多く使うことができ、精神的なものに干渉するものが多いという。


つまり【語り手継承の儀】とはどこぞの誰かが作り上げた物語を授かり語り繋いでいくための儀式というわけだ。

そしてその思想は【無題】の物語を敵視する。

そう、俺の本にはあるべき題名がない。


【無題】の物語を授かることは神に対する冒涜行為と考えられている。【無題】を授かれば大抵……漏れなく処刑の一途を辿る、らしい。

それをネリアから聞いたときは軽く絶望した。

この世界では本とは魔法を使う触媒であると同時に街に入るときなどに身分を表すものとしても使われる。

どうするのかと聞けば無題の本に題名を与える、らしい。そう簡単なことではないらしいが……。


苦労した先に師匠が手にしたのは【一族から生まれし獣たち】という。

もはや何がルーツかなんて聞くまでもないだろう。

魔女の一族から生まれたネリアの物語……ということだろう。

つまり何が言いたいのかというと師匠の魔法で魔物を召喚し、俺がそれを倒せれば試練は合格というわけだ。

厳しい師匠も今回は対峙する魔物の特徴は教えてくれた。

魔物の名はケンタウロス。高さは6メートルの人型。

頭に角が生えていて言ってみれば牛人間、前世のファンタジー小説と一致している。

その巨体から繰り出される攻撃はまともに当たれば致命傷になりうるもので各種耐性も高く、物理も魔法も効きづらい。


「あら、準備はもう良いのかしら?」


「もちろんだ師匠。準備はとっくにできている」


試練が始まろうとしている。

この5年間を考えれば楽勝だろう。



「ふふ。今日はやけに威勢が良いのねぇ?」


「この5年間と比べればどうってことのないものだからな」


「あらら?それはどういう意味かしらぁ?」


と言いつつも緊張がないわけではない。

俺が知っているケンタウロスはあくまでもだ。

そして俺が戦うのはだ。


「じゃあ始めるわよ。出なさい【常闇の闘牛】」


師匠がそう言って召喚の陣が展開されると同時に世界が暗転した。真っ暗で何も見えない


「ケンタウロスはどこだ?」


おかしい。師匠がケンタウロスを召喚したとであろう時、召喚の陣からケンタウロスは出てこなかった。

暗がりに紛れるといっても限度がある。


まあ仕方ない。あれを使えば場所はわかる。

この1年で鍛え上げられた俺の力はきっと通用する。


「【探査式】発動」


これは無属性型の魔法だ。発動者を中心としてありとあらゆる物質を感知する。

無属性型の魔法は本を持つものであれば必ず使えるもので無題である俺でも使える。


「そこか……!【光弾式】発動!!」


光弾式。読んで字のごとく光の弾丸。


「Gruuuuu!!?」


ケンタウロスは見つかるとは思ってなかったとでも言いたいのか光弾によって貫かれ唸りながら黒い巨体を縮こまらせている。

どうやら再生を始めているようだ。


「おいおい、本当に楽勝だったな。【連装光弾式】発動」


光弾式の連射だ。毎秒4発程度で威力は高め。

楽勝とは言ってもさすがケンタウロス。何発も打ち込んでようやく倒れた。

最後にとどめを刺すことも忘れない。


「Gru!?」


頭を撃ち抜かれたケンタウロスはその巨体を霧のようなものに変えて消滅した。


「拍子抜けだったぞ師匠」


「そう……やっぱり物足りなかったかしら?」


「弟子の試験中に背後とるとか大人げなくない?」


まあ何となくだが【常闇の闘牛】は別の力を隠し持っていた気がする。もっと言えば倒してすらない気もする。


「その様子だと気づいているのね?」


「ああ。気づいたのは今だけど俺の真後ろにいる、よな?」


確かにあのとき頭を撃ち抜いた。不死身なのか最初から俺が戦っていたのは偽物だったのかはわからない。


「いいわ。どちらにせよあなたに勝たす気はなかったのだから。命の危険に気づけるかどうかがもっとも大切なものだから本当はこっちが目的だったの」


「なんちゅうえげつない試練を俺に課しているんだよ……」


まあ、これで俺は村へ戻れる。あの村に未練を残さずすべてを終わらすことができる。

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