59話「かつての幼馴染」

「……その姿は、何ですか」


 目を離さず、ずっとこっちを見ながら尋ねてくるデイル。

 その言葉に、カリムは質問を返す。



「今の俺は、お前にはどう見えてるんだ?」

「そんなの……とても勇者だったとは思えないです」


 勇者だったとは思えない――か。

 その言葉は、カリムの予想通りの答えだった。


 何故なら今のカリムは、自分でもかつての勇者だった頃とは比べ物にならない程、醜い姿になってしまっているからだ。



「おかしいか? 笑えよ」

「笑いません」


 どうせお前も俺を蔑むんだろうと、カリムはデイルを煽る。

 しかしデイルは、カリムの事をじっと見据えたまま笑わないと答えた。


 その言葉と態度に、カリムは苛立つ。

 既に失われていたと思っていた己の感情が、デイルによって再び掻き立てられたのだ。


 だからカリムは、苛立ちながらも未だ己が人であった事に少し安堵する。

 こんな姿になっても、かつての幼馴染と会えば昔のように――いや、それは言い過ぎだ。


 俺はこんな姿になってしまったし、デイルはデイルで以前とはまるで雰囲気が違うのだからから。


 こうして、かつての勇者パーティー、そして幼馴染でもあったカリムとデイルは、今では敵同士として向かい合うのであった。



 ◇



 デイルとミレイラ、二人が去ってからのこと。

 カリムはガレス、そしてアリシアとも仲違いをすると、一人アレジオール聖王国へと向かった。


 力こそ失ったが、やはりそんな簡単に切り替えられるはずもなく、一先ずは国王に事情を説明し、それからミレイラを奪還すればまた力が蘇るはずだと信じて疑わなかった。


 何故なら、自分は唯一無二の勇者なのだから。

 その力がなければ、魔王から人類を救い出す事は出来ないのだと――。


 ――だが、そんなカリムに対して現実は厳しかった。

 力を失ったと分かると、それまで丁重に扱ってくれていた国王やその側近達の態度がガラリと変わり、まるで虫けらを見るようにカリムの事を見てくるのだ。



「ふん、力を失ったのならもう用はない。さっさと消えるがよい」


 そして、カリムの期待虚しく、もう用済みだと追い払われてしまうのであった。



「ま、待ってください! 共に旅をしていたミレイラを! ミレイラさえいれば、また勇者の力を取り戻せるのですっ!」

「ほう? では、そやつを連れ戻してきて証明してから言うのだ。それまでは、力を失った貴様の事など知った事か」

「そ、そんな……」


 力のないカリムには、もう勇者としての地位も名声もなく、ただの一人の一般市民としか扱われないのであった。

 その事を痛感したカリムは、力なく王室をあとにしようとするが、そんなカリムに対して思い出したように国王から声がかけられる。



「――そうだな、貴様に選択肢をやろう。力を失ってしまったお前が、再びまた力を欲すると言うのであれば、力をくれてやろう」


 その言葉に、カリムは驚きながらも振り返ると、二つ返事で答える。



「ほ、本当ですか!? 欲しいです! 再びこの手に、力が欲しいです!」

「そうか、ではいいだろう。力をくれてやる」


 そう言って、国王は満足そうに笑う。

 その笑みには、何か感じの悪さを感じずにはいられなかったが、それでも全てを失ってしまったカリムには、正常な判断など出来なかった。

 再び力が与えられる、その望みだけが今のカリムの全てだった。


 こうして、国王に言われるがままカリムはその側近に連れられると、何故か地下の牢獄のような場所へと閉じ込められてしまう。



「何故、閉じ込める……!」

「すまないね、準備をするからここで少し過ごしていてくれたまえ」


 納得は出来なかったが、どうする事も出来ないカリムは言われた通りその準備とやらを待った。

 これからどんな事が行われて、再び力が与えられるのかは分からない。


 だが、それでもカリムは期待せずにはいられなかった。

 そしてそれと同時に、これまでずっと抱えていた黒い感情が再び込み上げてくるのであった。


 それは、デイルに対するの嫉妬、恨み、そして復讐心――。

 カリムが欲しかったミレイラ、そして自身の持っていた勇者の力すらも奪い去って行った、かつての幼馴染。

 そんな、目の敵であるかつての幼馴染に対するこのどす黒い感情が、再び己の心の奥底から沸々と煮えたぎってくるのだ。


 勿論カリムも、自分のもとを己の意志で去り、そして力まで奪っていったのはミレイラな事ぐらい分かっている。

 だが、そんなミレイラの気持ちを奪ったデイルこそが、あの件の根本の原因なのは間違いないのだ。

 デイルさえいなければ、こんな惨めな事になどならなかったのだと。


 だから、許せない。

 絶対に許せないのだという募り募った怨恨が、今の何もないカリムの唯一の原動力なのであった。



「お待たせしました、こちらです」


 そして暫くすると、再びやってきた国王の側近に別室へと連れていかれる。

 連れていかれた先には、一つの椅子と、その下には巨大な魔法陣。



「そこへ座って下さい」

「あ、ああ」


 その、ただ事ならぬ様子に怖気づきつつも、ここまで来てはもうあとには引く事も出来ないカリムは、覚悟を決めて言われた通りその椅子に座った。

 すると、先に控えていた者達により、いきなり両腕と両足を拘束される。



「な、何をする!?」

「すまないね、これから耐えていただくためのものです」

「耐えるとは何だ!?」

「はい、今から儀式を行います。しかしこの儀式は、通常の人間では耐える事は出来ず死に至ります。ですが、勇者であった貴方ならばきっと乗り切る事が出来るでしょう」


 その言葉に、カリムは絶句する。

 覚悟はしていたが、それがまさか生死に関わる事だとは思わなかったのだ。

 力は欲しいが、だからと言ってデイルに対する復讐も叶わぬまま、犬死するわけにはいかなかった。



「き、聞いていないぞ! い、今すぐ解放しろっ!」

「――始めなさい」


 しかし、そんなカリムの言葉を無視するように、儀式は執り行われる。

 複数の魔術師が呪文を詠唱すると、足元の魔法陣が禍々しい色の輝きを放ちだす。



「ぐわあああああああああ!!!!」


 それと同時に、カリムの全身に激痛が走る。

 その激痛は、まるでカリムの中に別の何かが侵入してくるようで、内部から抉り取られるような痛みが全身を走る。


 そして、その痛みに耐えきれなくなったカリムは、そのまま意識を失ってしまうのであった――。


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