60話「喪失」
「……いててて、どこだここは?」
目を覚ましたカリムは、どうやら見知らぬ部屋のベッドの上で眠っていたようだ。
全く状況が分からないが、すぐに状況を確認する。
たしか、国王の側近に連れられて拘束されたのち、無理矢理魔法陣による儀式をされて……。
そこまで思い出したカリムは、慌てて自分の身体を確認する。
「な、なんだこれは!?」
自分自身の身に起きている異変に、カリムは驚愕する。
自分の腕は二倍近くに筋肉が増強しており、そしてその色は青ざめているようで、最早人間の腕にはとてもじゃないが見えなかった。
そしてそれは腕のみに限らず、どうやら全身が変化してしまっているようだった。
「ど、どうなってやがる……!」
そんな自分自身の変化に、全く理解が追い付かないカリム。
「おや、気が付きましたか」
すると、丁度タイミングよく部屋へ入ってきた国王の側近。
その表情は、どこか満足そうな笑みを浮かべている。
「カリムよ、儀式は無事成功しました。貴方はこれで、人では手に入れる事など不可能な強大な力を手に入れたのです」
「ほ、本当か!?」
「ええ、貴方はもう、以前よりも力を付けているはずですよ」
その言葉に、カリムは舞い上がる。
一度失われたとばかり思っていた力を、再びこの身に宿す事が出来た喜び。
その前では、多少自分の身体が化け物染みたところで、大した問題ではなかった。
それだけ、何も無くなってしまっていた今のカリムにとって、力こそが正義なのであった。
こうして、新たな力を手にしたカリムは、後日アレジオール軍の一人として力試しをする事となった。
目標は、最近王国の近くに住まうようになった魔族の集落の殲滅。
元々勇者として魔族――更には魔王を討つ事を目的としていたカリムは、何の迷いもなくその魔族の集落を襲った。
振るう力は、確かにあの側近の言う通り勇者だった時など比ではない程の力を帯びていた。
身体の芯の部分から、無制限に力が湧いてくるようだった。
集落の警備をしていた魔族の男達は中々に手練れではあったのだが、それでも今のカリムには手も足も出なかった。
こうして、魔族の男達を簡単に殲滅したカリムは、そのままその集落に住まう女、子供も躊躇なく一人残らず殺めた。
魔族は魔物と同じ、そんな感覚が当たり前になっているカリムにとってはもう、相手が魔族であるという時点でその全てが殲滅すべき対象なのである。
その結果、今回の成果は国王の耳にも入り喜んで貰えたようだ。
更にカリムは、その圧倒的な力を確認した側近の証言もあり、アレジオールの最高戦力の一人に加えて貰える事になった。
カリムは、再び地位を取り戻したのである。
一度は全てを失ったものの、こうしてまた最高戦力の一人にまで登り詰めた事に、カリムは言葉では表せない自信や優越感を感じずにはいられなかった。
そして、それからのカリムは完全にアレジオールお抱えの殺戮兵器と化していた。
命令通り、魔族、時には隣国の人間の敵を相手に躊躇なく屠り続けてきたカリムは、まさしく百戦錬磨の戦績を収めてきた。
しかし、そうした戦闘を繰り返す中で一つの変化が生まれていた。
力が身体に馴染めば馴染むほど、カリムは次第にその感情を失われていくのである。
その結果、暫く殺戮兵器として行動をしているうちに、カリムはもう自分や周りの事なんてどうでもよくなってしまっていた。
言われるがまま、敵とされる相手を殺し続ける事に対して、感じる事など何もない。
そんなカリムに唯一残っていたものは、デイルに対する強い怨恨のみであった。
この力さえあれば、ミレイラ共々倒せるに違いない。
それを己が確信出来るだけで、十分だった。
だからカリムは、自分が自分で無くなっていく異様な感覚に疑問を抱く事もなく、アレジオールの五芒星の一人として責務を全うする日々が続いたのであった。
――そして、五芒星に加わり数ヵ月がたったある日。
カリム及び他の五芒星の全てが、国王の強い命令により集合がかけられる。
そんな異常事態に、他の五芒星達は全員何事だと訝しんでいるようだったが、その頃のカリムにはもう感情など何も残されはおらず、全てがどうでも良かった。
最早、自分が自分ではなく、まるで別の何かに乗っ取られているかのように、全ての事柄に対して何の感情も湧かなくなってしまっているのであった。
だがそんな異常事態も、今のカリムにとってはむしろ都合が良かった。
何も考えず責務を全うする日々の中、敵と位置付けられた相手を屠るその瞬間だけは、僅かな喜びや楽しみが感じられたのだ。
それだけで、十分だった。
泣き叫ぶ女子供を殺める時や、己の力に驕った相手を一撃で屠る時の刹那的な優越と快楽のみが、今のカリムの生きる糧となっていた。
――何のために、この力を手に入れたんだったか……まぁいい、復讐を果たすのみだ……。
カリムはもう、その復讐が何に対してだったのかも分からなくなっていた。
だがそれも、いずれ時が来たら分かるだろうと、カリムは国王から直々に五芒星全員へ命じられた作戦へと参加するため、集められた五芒星達、それから万を超える兵と共に聞いた事もない港町へと向かう事となったのであった――。
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