58話「アックス」
「久々の再会ってやつかしら――まぁいいわ、あっちはご主人様にお任せしましょう」
そう言って、アックスだけに向き合うカレン。
その目は赤く怪しい輝きを放ち、その姿はまさしく漆黒の死神と呼ばれるに相応しい悍ましさが感じらた。
「ふん、そうだな。一対一で戦えるならこっちもやりやすい」
「何? 私一人なら抑えられるとでも?」
「ああ、生憎こっちも五芒星の看板背負ってるのでな」
そう言ってアックスは笑うと、カレンも不敵な笑みを浮かべる。
それはまるで、何も知らない相手を嘲笑うかのように。
だが、そんなカレンに対して、アックスも同じように不敵な笑みを浮かべる。
世間知らずはどっちか、この小娘に教えてやらねばなるまいと思いながら。
こうして、五芒星とSランク冒険者の序列一位の戦いの火蓋が切られた。
「さぁ、おいで眷属達!」
先に行動を起こしたのは、カレンだった。
その声と共に、蝙蝠の形をした黒い霧が無数に出現する。
そして出現した蝙蝠の霧が、一斉にアックス目がけて襲い掛かってくる。
「ふん、小賢しい!」
だが、アックスは動じない。
手にした大剣を両手で握ると、勢いよく横に一閃する。
すると、振るった剣は激しい激流を生み出し、現れた蝙蝠の霧を全て飛散させる。
そう、これこそがアレジオール最高と言われるアックスの剣技なのであった。
例えば、同じ大剣使いのオグニも相当な手練れではあるが、あくまでオグニの攻撃は魔力との併合。
対してアックスのそれは、純粋な剣技だけで成せる技だった。
それでもオグニの放つ剣技と同等以上の威力を帯びており、まさに最高と呼ばれるに相応しい究極の剣技と言えた。
「あら、やるわね」
「話している余裕などないぞ!」
その光景に、驚くカレン。
カレンからしてみても、まさか自身の攻撃を同じ人間にかき消されるとは思わなかったのだ。
だが、アックスはその隙を見逃さない。
一気に踏み込んで近接したアックスは、カレン目がけて大剣を振り下ろす。
両手で握られた大剣は、その大きさにも関わらずまるで木の枝を振るうかのように高速で振り下ろされると、先程と同じく激流を生みだす。
そしてそのまま、激流は大地を抉り辺り一帯が爆ぜる。
これには流石のカレンも受けきる事は出来ず、自身を黒い霧で纏い上空へと回避する。
「危ないじゃない」
「ほう、今のを躱すか」
こうして、互いに一撃ずつ攻撃を交わした二人。
それだけで、互いが自身の敵足り得る存在だとその身をもって理解する。
この戦い、油断は一切許されない。一瞬でも気を緩めたら最後、それすなわち敗北を意味するのだと。
「じゃあこれはどう?」
お返しとばかりに、カレンがまた仕掛ける。
今度は蝙蝠ではなく、狼の形をした霧を無数に生み出す。
「何を出そうと同じだ!」
だが、その言葉の通りアックスは、襲い掛かってくる狼の霧を先程と同じく大剣で薙ぎ払う。
そして流れるように、そのまま再びカレンへと飛び掛かるのだが、今度はアックスの振るった剣は防がれてしまう。
「なに!?」
「あの子達は囮よ」
驚くアックスの表情を見て、愉快そうに微笑むカレン。
その言葉の通り、先程の狼はただの囮。本命は、並行して生み出していた巨大な虎の形をした黒い影だった。
アックスの振るった大剣を咥える虎の影。
そのまま絡みつくようにアックスの動きを止めると、カレンはその隙にアックス目がけて漆黒の劫火を放つ。
その劫火の効力は、アックスは知っていた。
触れるだけで生命力を奪われるとされる、まさに反則級の大技。
これこそが、カレンがSランク冒険者のトップであり、そして五芒星の面々とも並ぶ実力者だと言われる理由だった。
だからこそ、これまでアックスはカレンが敵に回った場合を想定し、万が一に備えて何度もシミュレーションもしてきた攻撃だった。
「蹴散らせ! エアストーム!」
その結果、アックスが導き出した答えは魔法による応戦だった。
漆黒の炎目がけて、アックスは己の扱える最大の魔法を放つ。
エアストームとは風属性の魔法の上級魔法の一つで、生み出された爆風は虎の影、そして漆黒の炎共々この場から飛散させる。
そしてその勢いは留まる事なく、そのままカレンの身体をも吹き飛ばす。
「すまんな、魔法も使えるのでな」
「――ふーん、やるじゃない」
自身の奥の手を返された事で、余裕がなくなるカレン。
対してアックスは、流石は五芒星といった実力だった。
決してアックスは、魔法に関して長けているわけではない。
それでも風属性に関しては、一級の魔術師と同等のレベルを誇っているのだ。
こうして、戦況は徐々にアックスの優勢に傾いていく。
カレンは何度も生み出した眷属で応戦するが、剣技と魔法でかき消され続けてしまう。
恐らく、他の五芒星相手ならばこうはならなかっただろう。
それだけ、カレンからしてみればこのアックスとの戦いは、圧倒的に不利な状況に追いやられてしまっているのであった。
「そろそろ終わりにしよう」
優勢を確信したアックスは、カレンに向かってそう告げる。
既にアックスの攻撃により、身に纏ったメイド服はボロボロの状態になっているカレンに対し、アックスは鎧を着ているもののほぼ無傷な状態。
誰が見ても、どちらが優勢かは明らかな状況であった。
「――ええ、そうね。そろそろ終わりにしましょう」
だが、それでもカレンは笑みを崩さない。
尚も目の前に立つアックスを見て、嘲笑うのであった。
これだけ追い込まれているはずのカレンが、何故こんな不敵な笑みを浮かべるのか。
それは一見、ただの虚勢のようにも見えなくはないが、それでも相手はあのカレンなのだ。
まだ何かを隠しているのではないかと、引き続き警戒を高めるアックス。
「あ、そうだ。お終いにする前に一つ――貴方、今まさに殺されるって経験した事ある?」
「ふん、この俺に敗北などない。故の五芒星だ」
「――そう、私も同じ。私が負けるなんて、考えてもみなかったわ」
昔話をするように、そして過去の自分を哀れむように話し出すカレン。
「でも、駄目なのよ――この世には、遠く及ばない化け物がいるの」
「ほう? その化け物が何をいう」
「あはは、私は化け物じゃないわ。所詮は狭い籠の中の話よ。本当の化け物は、籠の外にいるのよ。――これは、そんな化け物から教わった些細な技の一つよ。これをもって、貴方も味わうと良いわ――」
そう言ってカレンは、両手を空へ向けて伸ばす。
そして伸ばされた両手の先には、漆黒の球体が出現する。
その球体は徐々に大きさを増し、直径で10m以上の大きさに膨れ上がる。
その球体を前に、アックスは危険を察知する。
だが、今から全速で逃れようとしても、恐らく逃げ切れない事を本能で悟ると、それであれば技には技で打ち勝つしかないと即座に判断する。
「くそっ! エアストーム!」
アックスは、慌ててエアストームを放つ。
しかし、カレンの手からその球体が放たれると、エアストームの爆風は簡単に弾き返されてしまう。
そして全く威力を緩めない球体は、そのままアックス目がけて接近する。
このままでは直撃は免れないと悟ったアックスは、エアストームを止め両手で大剣を強く握る。
そして目の前に迫る球体目がけて、自身の持つ最高の剣技を振るう。
それは、ほぼ同時に放たれる五連撃。
究極に研ぎ澄まされた剣技は、高速で五発の斬撃を生みだしたのだ。
それは、これまでの剣技とは比べ物にならない威力を誇っていた。
つまりは、互いに奥の手をぶつけ合う形となる。
だが、それでも球体は止まらない――。
変わらず接近する漆黒の球体は、放たれた斬撃をも弾き返すと、そのままアックスに直撃する。
「ぐわぁあああああ!!」
球体に押され、全身が大地にめり込む。
その身に纏ったオリハルコン製の鎧は砕かれ、全身の骨が軋む音がする。
全身に走る激痛と共に、アックスは自身の死を悟る――。
先程カレンが言っていた言葉通り、自身が全く歯が立たない相手がいた事への絶大な恐怖を感じながら、アックスはそのまま意識を失ったのであった――。
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