57話「最後の五芒星」
「うわぁー、派手にやってるねぇ」
攻め入るアレジオール軍の遥か上空を、僕はメイドのカレンに抱き抱えながら移動していた。
急いで徒歩で向かう僕の事を、それじゃ時間がかかるでしょと抱き抱えたカレンは、こうして上空を高速で移動してくれているのだ。
地上には、想像を遥かに超える数のアレジオール軍が侵攻してきており、たかが港町一つに対して向けられる戦力としては明らかに過剰だと思えた。
「カレン、急いで!」
「はいよ、ご主人様」
こんな状況、一刻も早く終わらせるべきだと考えた僕はカレンに急がせる。
目指すは敵陣の殿、あそこに今回の侵攻の指揮を務める相手が必ずいるだろうと、デイルは敵の大将を討つべく一目散に向かうのであった。
◇
「なんだと!?」
部下からの報告を聞いたアックスは、机を叩いて驚きの声をあげる。
何故なら、全く想定していなかった報告が入ったからだ。
なんと今回の作戦に配置した全十部隊の全てが、敵に足止めをされているというのだ。
百歩譲って、足止めされているだけならまだ良かった。
だが報告では、各部隊を指揮する部隊長のうち、半数以上が既に相手にやられたというのだ。
部隊長とは、自分達五芒星には及ばないがそれでも相当な手練れ達である。
そんな、誇り高きアレジオール軍で部隊長まで登り詰めた彼らが、この短時間で半数以上やられたという報告は、全くもって信じられない事であった。
アックスは、その信じられない報告を自分の目でも確認するため、慌ててテントから飛び出る。
すると視界に飛び込んできたのは、報告通りの戦況が広がっていた。
遠目でよくは見えないものの、どの部隊も街の内部まで侵攻出来ている様子はなく、その目前で足止めされているのが見てとれたのだ。
「……なんだと言うのだ!?」
こんなはずではなかったと、憤るアックス。
何が一体どうしてこんな事になっているのだと、まずは敵の情報収集を行う事にした。
だがその時、アックスは上空に浮かぶ一つの影の存在に気が付く。
そしてそれは、きっとこのまま無視は出来ない存在だと本能で察する。
何故ならその影からは、只者ならぬ気配が
「何者だ!!」
最大限の警戒レベルに引き上げながら、アックスはその影に向かって叫んだ。
もしやこの影こそが、この惨劇の主犯格なのかと勘繰りながら。
「あー煩い、相変わらずダルいおじさんね」
だが、そんな憤るアックスに対して、あまりに呑気な言葉が返される。
そしてその声は、アックスの存在を知っている口ぶりだった。
「貴様は――漆黒の死神か」
「そうよ、私こそが漆黒の死神――って、今じゃただのメイドなんだけどね」
そう言ってアックスの前に降り立ったのは、確かにSランク冒険者の序列一位、漆黒の死神ことカレンだった。
そしてその言葉の通り、カレンは何故かメイド服をその身に纏っていた。
「……なんだその恰好は。我らアレジオール軍を馬鹿にしているのか?」
「はっ、違うわよ、私は今、こちらのデイル様の専属メイドしてるのよ」
そう言ってカレンは、一緒に降り立った隣の少年を敬うような仕草をする。
――専属メイド? なんだそれは?
カレンが連れて来た少年には見覚えがあると思っていたのだが、デイルと呼んだ事でそれが元勇者パーティーの一員である事に気付いた。
だが、聞くところによると彼は勇者パーティーでも最弱であり、であればとてもじゃないがカレンを使役出来るような器じゃないはずだ。
仮にも我々五芒星に最も近いとされるカレンなのだ、どう考えても辻褄が合わなかった。
だが、それでも油断は禁物だろう。
「勇者パーティーか……」
「まぁ、勿論知ってるわよね。――じゃあ、仕方ないから貴方の相手は私がしてあげるわ」
そう言ってカレンは、それまでの呑気な少女からSランク冒険者の漆黒の死神へと切り替わる。
そこにはもう、先程のメイドだとほざく少女の姿はなく、自身と同格の実力者の姿があった。
漆黒の死神――。
その名の通り、こうして敵として向き合ってきた者全てを等しく屠ってきた少女。
それは五芒星であるアックスをもってして、決して油断ならぬ相手なのであった。
それだけに、やはりこのデイルという平凡な少年が、この死神を使役している事がやはり信じられなかった。
だが、それは一先ず置いておくとしよう。
問題は、アックスがカレンの相手をするならば、この少年の相手は誰がするのかだ。
――だがしかし、そんな事は考えるまでもなかった。
何故なら、この場に最も適任だと言える存在が、丁度居合わせているからである。
「よかろう。ならばそちらの少年の相手は、彼にお願いするとしよう」
そう言ってアックスは、背後のテントへと目を向ける。
すると、まるでそれに合わせるように、一人の男がテントからゆっくりと出てきた。
その男の姿を一目見た少年は、驚きを隠せない。
それもそのはず、今出てきた男こそ五芒星の一人にして、かつては勇者と呼ばれた男――カリムだからである。
「――よぅ、デイル。久しぶりだな」
「カリム――」
こうして、かつては同じ勇者パーティーだった二人は、今では敵同士としてこの地で邂逅したのであった――。
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