54話「ゴールドマン・ホーキンス」

「さて……どういう仕組みなのでしょうね」


 ホーキンスは、目の前に立つ男の分析を始める。


 Sランク冒険者グレイズ。

 自身の分身体を生み出し、その数で相手を圧倒する冒険者内の序列二位の実力者。

 ざっくり言えば、こんなところだ。

 ホーキンスにとって、それだけ知っていれば十分な存在だったのだ。

 冒険者など、序列一位のアレはともかく、あとの存在はホーキンス達五芒星には遠く及ばない。

 だから、それだけ知っていれば事足りているような存在。


 ――だが、目の前のこれは、もうそういう次元ではないようですねぇ。


 禍々しい姿に変えた今のグレイズは、まるで上級悪魔と対峙しているようであった。

 ちなみに上級悪魔とは、それは場合によっては単体で一つの国を堕とせる存在とも言われる恐ろしい存在。


 それはこのホーキンスをもってして、相手が務まるかどうかも不明と言える程の強者。

 つまりは、今のこのグレイズは、小さく見積もっても自分の敵足り得る相手だと見るのが妥当と考えるべきだった。


 だがそれでも、ホーキンスは愉快に口角をあげて嗤う。

 それは、ホーキンスという男が常に戦いを求めているからに他ならない。

 通称、狂気の科学者とも呼ばれるこの男は、これまでも数え切れぬ奇行や事件を繰り返している程、その本質は戦闘狂であり要注意人物でもあるのだ。


 はっきり言ってしまえば、この男はアレジオール内でも異端者であり危険人物、本来は国をあげて警戒すべき対象だったのだ。

 しかしそれでも、この男の持つ力と知識は、国にとって大きな財産でもあった。

 だからアレジオールは、このホーキンスという危険な男と敵対するのではなく受け入れる事を選び、こうして今では五芒星の一人としての席まで用意されているのであった。


 そんな、お互いに人外の領域に踏み出している、まさに悪魔と悪魔の戦いが今、始まろうとしているのであった――。



 ◇



「クフフ、では小手調べという事で」


 ホーキンスは、革のコートの中から瓶に入った薬品を取り出すと、それをグレイズに向かって放り投げる。

 すると、その便が地面に衝突するのと同時に、突然辺りは眩い光に包まれる。


 目くらましだった。

 眩い光は視界を奪い、グレイズはホーキンスの姿を捉えられない。

 対してホーキンスは、かけている特殊な黒い眼鏡によりその光を無効化させている。


 だが、グレイズからしてみれば、致命的な問題ではなかった。

 視界は奪われたものの、その研ぎ澄まされた感覚が周囲の異変を察知すると、すぐさま後ろへ飛び退く。

 すると、先程までグレイズのいた場所へ、小さなナイフが三本突き刺さるのが見えた。

 それは本当にタッチの差で、少しでも遅れていればそのナイフはグレイズに突き刺さっていたに違いないだろう。

 しかも、それはただのナイフではなく、高度な魔法が付与されており、もしも魔法障壁でそれを阻止しようと思っていたら間違いなく貫通してきていただろう。


 そんな、相手の不利的状況を生み出し、リスクを負わない確実な攻撃。

 地味ではあるものの、相手を確実に仕留めるという意味では無駄の無い的確な攻撃と言えた。


 そしてその攻撃は、これで終わりではなかった。

 すぐに次の攻撃が飛んでくるため、グレイズはまた慌てて回避を試みるが、そのうちの一本が右肩を掠めてしまう。


 幸い致命傷は避けられたが、視界が奪われた状態でこの攻撃を前に、グレイズをもってして余裕はなかった。



「クフフ、ヒットですね」


 だが、攻撃を躱されたはずのホーキンスは、不敵に嗤い出す。

 たしかにグレイズの不利的状況ではあるが、それでもこの程度の攻撃で致命傷を負うグレイズでもないのだ。


 何がそんなにおかしいと思っていると、グレイズも自身の身体の異変に気が付く。

 それは、先程ナイフの掠めた右肩の傷口を中心に、濃い緑色へと変色が始まっているのであった。


 その原因は、先程のナイフに塗られた猛毒によるもの。

 ホーキンス自ら調合した特別な猛毒がナイフに塗り付けられている事で、それが少しでも相手に触れればそこから猛毒が全身を蝕みだす。


 それは、いくら人外の領域に踏み込んでいるグレイズであっても、元は同じ人間。

 その、最も人間を蝕むように調合された猛毒は、相手がグレイズであっても変わらず身体を侵食していく。



「……なるほど、これは少々不味そうですね」


 これには、グレイズも余裕がなくなる。

 この猛毒を放置していれば、確実に自分を死に追いやるものである事を本能で理解したからだ。


 物理攻撃、もしくは魔法攻撃であれば恐らく負ける事はないだろう。

 しかし、猛毒による身体への浸食には、いくら力をつけたグレイズでも対処する事は出来ない。


 そして、既にその猛毒の影響で右腕は機能しなくもなっていた。

 こうして、片方の腕を容易く封じられてしまったグレイズは、早速窮地に立たされてしまったのであった――。



「なるほど、厄介な相手だな」


 すると、そんなグレイズの危機的状況に、一人の男が歩み出る。

 それは、ずっと後方から戦況を見守っていたバアルだった。



「――いえ、まだ私でも」

「駄目だ。その傷では、命に係わるだろう。すぐに引いて診て貰え」


 たしかに、グレイズはまだまともに戦えてすらいなかった。

 全力を出せば、ホーキンスが相手でも負ける事はないとも思われる。


 しかし、それでもこのホーキンスという男は、まだまだ隠し玉を持っているに違いないのだ。

 その状況で、既に毒に侵されているグレイズをこれ以上戦わせるわけにはいかなかった。


 だからここは、あとはバアルが引き受ける。

 グレイズにしてみれば不完全燃焼だろうが、相手の手の内さえ分かっていればグレイズが負ける事はない。

 それは、バアルという圧倒的強者の目で見れば、既に明らかなこと。


 だからこそ、ここはバアルがすぐに片を付ける事にする。


「ここまでよく戦った。あとは俺に任せろ」

「おや、選手交代でしょうか? クフフ」

「ああ、貴様は俺がここで葬る」

「これはこれは、恐ろしい……」


 こうして、グレイズに代わりバアルと対峙する事となったホーキンス。

 更なる未知の敵を前に、口では余裕を表わしているものの、それがグレイズ以上の強者である事は明らかだった。


 つまりは、ここより先の戦いは、まさしく生死を別ける戦いとなる事を本能で悟ったのであった――。


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