53話「覚醒」

 決着を付けると宣言したグレイズは、分身体を全て消滅させる。

 そして、百体を超える分身体が姿を消し去った結果、最奥に一人の男が姿を現す。


 その男は、先程までいた分身体のオリジナル。

 しかし、オムニスの目には同じなのだが全く異なる存在にしか見えないのであった。


 ――姿、形は同じだが、感じられる気迫がまるで違うな


 その変化には、当然ザインとガーラも気付いているようで、その表情にはもう先程までの余裕は一切無くなっていた。

 今目の前に立つこの男は、先程までの分身体などとは比較にならない、明らかな強者である事を本能が察しているのだ。


 Sランク冒険者ナンバー2。

 その肩書は、自分達部隊長にも準ずるレベルと言えるだろう。

 しかし、以前会った彼からはここまでの気迫は感じられなかった。


 確かに強者だが、良くも悪くもそれまでというのがこれまでのグレイズに対する評価だったのだ。

 つまり、グレイズはこの短期間――恐らくは、この街で過ごすようになってから、ここまで腕を上げたと見るのが妥当だろう。


 そしてそれは、先程の「修行の成果」という言葉からして、背後に立つあの謎の男のもと行われたものなのだろう。



「では――再戦といきましょうか」


 そしてグレイズは、その言葉と共に持てる魔力を一気に開放する。

 それは、もはや冒険者と呼ぶにはあまりにも烏滸がましい存在感であり、そして禍々しさまでも感じられた。


 黒く膨れ上がった魔力のオーラは、さながら上級悪魔のようでもあった。



「ふん、ついに人である事を捨てたか」

「これは……おっかないのぅ」


 ザインとガーラも、その様子に一切余裕は無くなっていた。

 この目の前に立つ男は、確実に自分達を超える存在なのだと認めるしかなかった。


 しかし、誇り高きアレジオール軍で部隊長を務める我らが、敵前で引く事など許されない。

 こんな化け物と化した男を野放しにしては、確実に国の存続の危機だと言えよう。



「……同時に行くぞ。チャンスは一回きりだと見るのが妥当だろう」

「ああ、分かった……」

「やれやれ、とんだ災難じゃのぅ」


 ザインもガーラも、確かな実力者だ。

 それ以上言葉など交わさなくても。お互いがお互いのすべき事を長年の経験から理解する。



「では行くぞ!!」


 そしてオムニスの掛け声と共に、行動を開始する三人。

 ザインは神速でグレイズの元へと剣を振り上げて斬り掛かり、ガーラは極大魔法の詠唱を開始する。

 そしてオムニスは、手に持った剣に魔力を籠めつつ、いつでも攻撃を仕掛けられる位置でグレイズの隙を窺う。



 ――だが、次の瞬間、目の前では信じられない光景が飛び込む。



 グレイズの伸ばした手は、黒く禍々しい巨大な姿へと変貌すると、そのまま斬り掛かるザインを剣ごと鷲掴みする。

 そしてその勢いは止まる事なく、ガーラの放つ巨大な火の球と衝突する。

 その結果、火の球に全身を焼かれたザインは気を失い、そのまま伸び続ける手に弾き飛ばされたガーラも全身を強く打ち付けて気絶してしまう。


 そんなあまりにも呆気ない決着、そして一切の隙すら無かった事に、オムニスは戦慄する。

 もはや今のグレイズは、人の領域からはみ出ており、そのあまりにも一方的な結末など誰が予測出来ただろうか……。



「さぁ、残るは貴方だけです」


 そして、禍々しい存在と化したグレイズは、オムニスに向かって静かにそう告げる――。

 それはまさしく死の宣告であり、この凶悪な相手を前に、もうオムニスには成す術は何も残されてなどいないのであった――。



「クフフ、これはこれは、恐ろしいですね」


 するとそこへ、一人の男が姿を現す。

 無造作に伸ばしたボサボサの黒い髪に、不健康な白すぎる肌。

 そして、全身を黒い革のコートで覆った見るからに怪しい男。



「……ホーキンス殿か」

「貴方は引っ込んでいて下さい。あれは私の獲物です」


 その男の名は、ゴールドマン・ホーキンス。

 アレジオールの最高戦力である五芒星の一人であり、それから国で一番の科学者としても知られているという、オムニスをもってしてもその素性の良く分からない謎の多い男だ。



「あれは一体、どういうカラクリなのでしょうねぇ? 是非とも生け捕りして解剖したいところですが……クフフ、そんな簡単なお相手では無さそうですねぇ」


 舌なめずりをするホーキンスは、余裕こそ無さそうだが、そんな相手を前に楽しそうに嗤う。

 その姿は、今の禍々しいオーラを纏うグレイズ以上に、人外を思わせる不気味さを帯びているのであった。


 こうして、対峙するグレイズとホーキンス。

 もはやオムニスが踏み込める次元ではない戦いが、今始まろうとしているのであった――。


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