52話「三人の部隊長」
一方その頃。
アレジオール軍を見事に封殺していたグレイズの前に現れたのは、部隊長であるザインとガーラだった。
「そこまでだ、グレイズ」
「ほっほっほ、派手にやってくれたのぉ」
百体を超える分身体により、既に集った軍勢の半数以上がやられてしまっていた。
確かに彼らでは、グレイズには恐らく敵わないだろう。
しかし、それでも彼らは誇り高きアレジオール軍なのだ。
中には冒険者でいうところのAランク相当の実力者も多数いたはずなのに、こうも簡単に、しかも一方的に押されてしまうとは思わなかった。
だが、だからこそ二人は笑う。
自分達の敵足り得る存在が現れた事が嬉しいのだ。
戦闘狂。人は彼らの事をそう呼ぶ。
それは、結局彼らは部隊長である以前に、常に全力でぶつかれる相手を求めてしまっているが故だった。
だから、このグレイズというSランク冒険者の存在は、丁度良かった。
最初は一つの街を堕とすだけのミッションに飽き飽きしていたのだが、これは嬉しい誤算というやつだ。
「これはこれは、大物のおでましですか」
「ふん、その言葉、そっくりそのまま返そう」
「そうじゃな、これは一筋縄ではいくまい」
「その割には、随分楽しそうですね」
その言葉と共に、グレイズの分身体が五体、ザインとガーラのもとへと飛び掛かってくる。
しかし、ザインの剣により三体、そしてガーラの火炎魔法により残りの二体が一瞬にして葬られる。
「――なるほど、やはり実力は確かなようで」
その圧倒的力の差に、先程までのグレイズの余裕はなくなってしまっていた。
ザインとガーラ、この二人の前では、いくら分身体を増やしたところで敵わないと悟ったのだろう。
「ほれ、どうした若造? もう終わりかのぉ?」
「来ないならば、こちらから全て切り捨てる」
そして、自分達の優位を確信した二人は、今度はお返しにグレイズへ向かって攻撃を仕掛ける。
ガーラの放つ極大の火炎魔法、そして、流れるようなザインの剣技により、グレイズの分身体は次から次へと葬られていく。
しかし、それでもグレイズも引かない。
負けじと次から次へと分身体を増やしていき、そんな二人に向かって分身体の波状攻撃を仕掛ける。
そしてこれには、流石の二人も次第に顔色を変える。
たしかに押しているのは二の方で、分身体の生成速度より数が減っていく方が早かった。
しかし、それでも次から次へと接近戦を仕掛けてくる相手は、中々に厄介であった。
「くそ、羽虫のように増えやがるっ!」
「ええい、鬱陶しい!」
グレイズの分身体の対応に追われ、徐々に消耗していく二人。
対してグレイズはというと、こちらも決して余裕があるわけではなさそうだった。
しかし、絶え間なく分身体を増やし続けている割には、まだ余裕がありそうな様子に二人は眉を顰める。
――これは一体、どんなカラクリだ?
これだけ無尽蔵に分身体を増やしているのに、何故そんなに余裕なのだ?
そんな謎を前に、二人は徐々にペースまでも乱されてしまう。
「二人とも、一旦引け!!」
しかし、その時だった。
殿に控えていたオムニスの一言に、二人は素直に従って一度前線から引き下がる。
「あんなのとまともにやりあっていたら、こちらがじり貧になるだけだ」
オムニスの言葉のとおりだった。
あのまま真正面からぶつかっていたら、きっと自分達が押され負けていただろう。
「ほう、オムニスさんまでおいでですか」
「久しいな、グレイズ」
三人目の部隊長の登場に、グレイズの言葉にはいよいよ余裕はなくなっていた。
ザインとガーラの二人が戦闘狂なら、オムニスは策士。
つまり、この圧倒的力を有する二人と、オムニスの熟練の知恵が合わさってしまう事は、グレイズからしてみれば最悪の状況と言えた。
そして、早速オムニスはその才能を発揮する。
「惑わされるな、あれは分身体で、本体は当然一体のみだ。奴らの動きをしっかりと注視しろ。お前達の目があれば、本物を見抜く事など容易いだろう」
「――ああ、そうだな。目の前の敵にとらわれ過ぎていたようだ」
「そうじゃな、これは失態」
オムニスの一言は、グレイズの弱点を的確に捉えているのであった。
いくら分身体を生成したところで、所詮は分身。
本体がやられてしまえば、分身体も全て消え去るのであった。
そして、グレイズ本体と目の前の部隊長三人。
グレイズからしてみれば、一人でも手に負えない相手なのであった。
オムニスの登場により、一気に窮地に立たされてしまうグレイズ。
先程と同じように、分身体を増やし続けるだけでは負けは濃厚だった。
しかし、それでもグレイズは狼狽えない。
何故なら、そんな今の状況よりもっと絶望的な状況を経験しているからだ。
目の前の三人なんて、霞んで見えてしまう程の圧倒的強敵。
あの時の光景を思い出すだけでも身震いがしてくる程の絶望――。
自分が一体どんな化け物を相手にしているのか、理解した瞬間終わりがやってきたのだ。
あの時の絶望に比べれば、今の状況などなんと生易しい事か。
「貴様、何を笑っておる」
「いえ、ここにきて私も、成長したものだなと思いましてね」
気付けば、グレイズは自然と笑みが零れてしまっていたようだ。
そんなグレイズの態度に、眉を顰めるオムニス。
まだこの男は何か隠し玉を持っているのかと、警戒を高める。
「――助けは、不要か?」
すると、突如としてグレイズの背後から、大男の人影が現れる。
それはどうやら魔族のようで、一目見ただけでグレイズ以上の力を持っている事が窺えた。
「ええ、大丈夫です。これまでお付き合い頂いた修行の成果を、ここで発揮させて頂きます」
「ふん、そうか。ならば引き続き見守るとしよう」
その大男の言葉に返事をすると、グレイズは出現させていた分身体を全て消滅させる。
そして、三人に向かってその両手を広げて宣言する。
「さぁ、決着をつけると致しましょうか」
その姿は、さながら魔王軍の四天王が現れたような、先程までのグレイズとは別人のような威圧感が感じられたのであった――。
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