51話「剣聖」

「剣聖、シリカ様……!!」


 突如現れた少女の姿に、レイネは驚きを隠せない。

 何故なら、今この絶対絶命の状況に現れたのは、これまでずっとレイネが見上げてきた存在だからだ。


 剣聖、シリカ。

 その名は、広大な国土を有するアレジオール、どこへ行っても全ての民が知っている程有名な名だ。

 かつての隣国との対戦において、単騎で敵部隊を殲滅。

 また、アレジオールへ押し寄せた魔族の軍勢も単騎で殲滅したなど、シリカに関する逸話は数知れず、またその全てが近年起きている真実なのであった。


 まさしく、戦場に舞い降りた理不尽。


 まだ歳の若いシリカだが、聞くところによると剣神に幼少の頃から鍛え上げられたという彼女。

 その実力は全ての者が認め、彼女が剣聖と呼ばれる事に対して異を唱える者など誰もいないのであった。


 剣聖にして百戦錬磨、そして、アレジオール最高戦力である五芒星の一人。

 それこそが、この小柄な少女の正体なのであった――。



「あとは私がやる」

「し、しかし!」

「足手纏い」


 自分もまだ戦えると訴えようとするも、シリカに足手纏いと言い捨てられてしまったレイネ。

 そう言われてしまってはもう、何も言い返す事など出来なかった。


 この圧倒的強者二人の前では、自分など足手纏いでしかない。

 それは、これまで常に技を磨き続ける事に人生のほとんどを捧げてきたレイネにとって、何よりも屈辱的だった。


 しかし同時に、たとえこの二人の間に自分が割り込んだところで、今の自分では結局足手纏いにしかならないという事を本能が悟ってしまっていた。

 そんな、弱く、情けない自分が嫌になりつつ、レイネはシリカの言葉に従って唇を噛みしめながらその場から撤退するしかなかった。



「レイネ!」


 レイネが離脱すると、慌てて駆け寄ってくるオグニ。

 オグニはオグニで、既にボロボロだった。


 そんな、部隊長と呼ばれる地位まで駆け上がったものの、結局何も出来ない事が、レイネ、そしてオグニの二人は悔しくて堪らなかった――。



 ◇



「強いのね」

「お嬢ちゃんこそ」


 シリカは、目の前の未知の相手と対峙する。

 赤い髪の魔族で、その実力は部隊長の二人を軽く倒せる程の強大な力を持っている。

 それは恐らく、自分達五芒星と同格以上と見て妥当だろう。


 だからシリカは、油断しない。

 一体どんな技を持っているのかも不明だが、それは相手からしても同じ事。


 ――だったら、一撃で沈める。


 出し惜しみは不要だ。

 手には大鎌を手にしているが、俊敏さでは自分が劣るはずがないと踏んだシリカは、近接戦で勝負を付ける事にした。


 ――懐にさえ入れれば、私の有利!


 そうしてシリカは、一気に魔族の女目がけて駆け出す。

 その速度は先程のレイネのそれとは比にならず、例えるなら光の速度。


 魔力による身体強化を発動させているが、これはシリカ自身の持つ類稀なる身体能力もあってのものだった。


 そして、相手へ剣の届く間合いに入ったシリカは、その剣を振るう。



五重連斬ごじゅうれんざん!」


 接近したシリカはその姿を五つに分身させると、それぞれが流れるように身を捻りながら違う角度から一斉に斬りかかる。

 その放たれた極致の剣技は、絶対不可避の一撃であり、まさに剣聖と呼ばれるに相応しい究極の一撃だった。



「やるわねっ!」


 しかし、そんな迫りくるシリカに向かって、魔族の女は手にした大鎌を横に一閃する。

 大きな鎌にもかかわらず素早く振りぬかれた鎌からは、黒い霧が吹き出す。


 そして、魔族の女の前には得体の知れない黒い霧の塊が出現する。


 ――これは多分、不味いやつ!


 本能で危険を察知したシリカは、急遽攻撃をキャンセルして霧から逃れるため必死で身をよじる。

 しかし、肩の部分が霧と接触してしまい、その結果シリカの持つ魔力がごっそりと奪われている事を体感する――。


 ――なるほど、魔力を奪う霧ね


 シリカの勘は当たっていた。

 仮にもしあのまま突っ込んでいたら、やられていたのは自分の方だったからだ。



「困った」

「――その言葉、そっくりそのままお返しするわ」


 余裕がなくなったシリカだが、どうやらそれは魔族の女も同じようであった。

 それはまさに、お互いに一歩間違えばやられていたであろう拮抗した戦い。


 そんな、剣神以外これまで経験したどの相手よりもギリギリの戦いに、思わずシリカは笑みを浮かべる。



「フフフ、すごい」

「あら、何がおかしいのかしら……?」

「こんなに強い相手、初めて」


 正直、こんな相手に対してどう攻め入るのが正解か、シリカはまだ答えを出せていない。

 しかしそんな状態でも、シリカはこの状況を楽しんでいた。


 初めて、自分の全てをぶつけても届くか否か測れない相手の存在に、高揚してしまっているのだ。



「どこまで、届くかな」

「さぁ? 試してごらんなさい! ダーク・ボール!」


 シリカの呟きに、今度は魔族の女の方から攻撃を仕掛けてくる。

 彼女はどうやら魔術師タイプのようで、黒い火の球を無数にシリカ目がけて放つ。


 しかし、その攻撃ではシリカには届かない。

 持ち前の俊敏さで全てを躱すと、お返しとばかりに剣を振るい光の一閃を彼女目がけて放つ。


 だが、その一閃も再び出現した黒い霧により無効化されると、今度は相手からシリカ目がけて凄い速度で飛び込んできた。


 てっきり距離を置いて戦うタイプだとばかり思っていたシリカは、そんな風にまさか相手から近付いてくるとは思っておらず、完全に意表を突かれてしまう。


 しかし、それこそが相手の狙いでもあり、その隙を見逃す事無く大鎌による攻撃をしかけてくる。

 シリカからしてみればただの力任せの一撃だが、その速度はシリカでも避けきる事の出来ない程の高速な一撃だった。

 そのため、慌ててシリカは剣で攻撃を受けるが、この体格差だ。

 攻撃の勢いを受けきる事が出来ず、弾き飛ばされてしまう。



「ぐぅ!」


 激しく弾き飛ばされたシリカは、後方の岩石にその身を強く打ち付ける。

 その衝撃で、骨の一、二本は持っていかれたのだろう、全身に激痛が走る。


 たった一撃受けただけで、このダメージ。

 どうやら相手は、魔法だけでなく、戦闘能力まで化け物クラスだったのだ。


 ――これは、不味い!


 誤算に次ぐ誤算により、シリカは初めてこの戦いで焦りを覚える。

 それは、これまでの人生で味わった事のない感情だった。


 ――このまま、私がやられる!?


 そんなあり得ない事が、現実に起きようとしている――?


 そんなはずはない! 私はまだまだやれるっ!!

 私の剣技全てを、お見舞いしてあげるっ!!



 しかし、シリカが立ち上がったその時だった――。


 突如天空が割れ、そこから真っ白な光が大地を突き刺す――。

 その光景に、シリカのみならず、オグニにレイネ、それから魔族の女までも視線を奪われしまう。


 そして割れた天空から、一体の巨大な龍が姿を現す――。


 ――あれは、神龍?


 そう、突如として姿を現したのは、神なる龍、神龍。

 そんな、絶対的なる神の登場に、シリカはただ困惑する。



「――この街へ攻め入ろうという不届き者は、貴様らか」


 そして、神なる龍の発したその言葉により、どうやらこの戦いは最初からもっと大きな力の上で転がされていただけだったのだと、ようやく理解したのであった――。

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