55話「奥の手」
――さて、どうしたものですかね
ホーキンスは、グレイズに代わり目の前に立つ魔族の男を注視する。
これまでにも何度か魔族とはやりあってきたが、この男からは感じられる圧がまるで違っていた。
それこそ、自分と同じくアレジオールの切り札である五芒星の面々ですら、劣っていると感じられる程に。
気を抜けば、すぐに飲み込まれてしまいそうになる程凄まじかった……。
そんな、明らかな強者といえる敵を前にしたホーキンスは、慎重に行動を開始する。
科学と魔法を織り交ぜた攻撃を得意とするホーキンスが、現在持ち合わせている攻撃パターンは残りあと二つ。
恐らく最初に見せたグレイズへの攻撃は、もうこの男には通用するとは思えなかった。
――であれば、あれを試してみましょうかね。
楽な仕事だと思っていたが、なんて厳しい戦いなのだとここへ来た事を後悔する。
しかし、この男に負けるつもりなどないホーキンスは、さっさと決着をつけて仕事を終えるため二つ目の攻撃を仕掛ける。
それは、相手を屠るための一撃。
先程の攻撃が不可避の一撃ならば、こちらは必殺の一撃。
まずホーキンスは、魔力で強化した身体能力をもって、男へ向かってガラス瓶を投擲する。
そして、それと合わせてすぐさま火炎魔法を男目掛けて放つ。
その結果、油断する男に投擲した瓶が当たり割れたタイミングで、火炎魔法が迫る。
だがホーキンスの火炎魔法は、とてもじゃないが高度な魔法とは言えなかった。
せいぜい中級魔術師レベルがいいところだろう。
本来この程度の魔法では、この魔族の男へ届くはずもなかった。
しかし、その魔法は相手を倒す事を目的とはしていなかった。
では何のためかと言えば、それは確実に直撃させる事を目的としており、そのため威力は弱まるが広範囲に炎を広げる。
その結果、その異様さを察知した魔族の男は回避を試みるものの、僅かに身体に炎が触れる――。
ドゴォーン!!
その瞬間、大爆発が起きる。
それは勿論、ホーキンスの放った魔法の威力だけではない。
その理由は、ホーキンスが魔法の前に投擲したガラス瓶にある。
あの瓶の中には、引火性の強い独自で調合した液体が含まれており、僅かにでも引火すればたちまち上級魔法以上の大爆発を巻き起こすのだ。
更にその液体は粘着性を帯びている事から、確実に相手の全身に絡み付きながら爆発を巻き起こす。
「クフフフ、他愛もありませんね」
いくらあの魔族の男でも、今の大爆発を受けて無事であるはずがない。
そう確信したホーキンスは、勝利を確信し愉快に嗤う。
「……ほう、やるではないか」
しかし燃え上がる炎の中から、ゆっくりと歩み寄ってくる大男が一人。
全身を爆発で焼き尽くし、その肌はボロボロにながらも、それがまるで何事でもないように平然にゆっくりと歩くその姿は、まさしく鬼神のようであった。
「な、何故歩ける……?」
「この身を焼かれただけだ。大した事はない」
何を言っているのだ、この男は……。
通常、それだけのダメージを負えば、最早身動きを取る事すら出来ない致命傷のはず。
しかし男は、その見た目のダメージなど気にする素振りも見せない。
そして近付いてきた男は、一気に魔力を開放する――。
解放された魔力は漆黒の渦となり、男の全身を包み込む。
そして肥大化した漆黒のオーラが飛散したかと思うと、そこにはもう男の姿はなかった。
代わりに現れたのは、禍々しい悪魔だった――。
それは、先程対峙したグレイズなどとは比にならない、悪魔の中の悪魔。
「……ば、化け物!」
後ずさりをしながら、ホーキンスは悲鳴を上げる。
それはもう、五芒星や狂気の科学者と呼ばれた男の面影など微塵もなく、禍々しくも圧倒的な存在を前にしただ怯えるだけの一人の人間だった。
しかし、その圧倒的な悪魔を前にし、ここから逃げ出せるはずもないと観念したホーキンスに残された選択肢は、最早一つのみであった。
――使いたくはありませんが、一か八か試すしかないようですね……!
それは、ホーキンスが持ち合わせている最後の攻撃。
そしてそれは、ホーキンス自身にとって、奥の手とも言える最終兵器であった。
「……もう、どうなってもしりませんよぉ!!」
半ば自棄を起こすように、狂気の表情を浮かべながら懐から取り出したのは、一本の注射器。
そしてホーキンスは、その注射器を自身の首に射ち込む。
「――クフ、クフフフフフ! クハハハハハ!!」
両手を広げ、狂気的な嗤いを上げるホーキンス。
その目は白目となり、肌の色は赤く変色していくと、全身の筋肉が服を突き破り二倍、三倍と膨れ上がっていく。
「……フン、ヒトヲステタカ」
「それは貴方も同じでしょう! クハハハハハ!」
悪魔程ではないが、全身を三倍以上の大きさに巨大化させたホーキンスのそれもまた、人外の領域だった。
こうして、二体の化け物が向かい合う。
それはもう、この場に居合わせる全ての者にとって、先の展開など全く予想はつかなかった。
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