48話「オグニとレイネ」

「こりゃまた、大物のおでましだな!」


 目の前に現れた部隊長二人の姿に、デヴィスは不敵な笑みを浮かべる。

 ハッキリ言って、この二人は不味い。

 いくらSランク冒険者と言えど、この二人に関してはこれまで圧倒的超越者として見上げていたような存在なのだ。

 それ程までに、デヴィスからしても憧れに近い存在、それが今目の前に立つオグニとレイネという存在なのである。


 大剣使いのオグニと言えば、まだデヴィスが子供だった頃から存在は広く知られていた。

 その両手に握った大剣の前では、どんな巨大なオーガでも一刀両断だと聞く。

 それは実際こうして敵として対峙してみればすぐに分かる事で、この男は噂通り――いや、もしかしたら噂以上に強いのは確かだろう。


 そしてもう一人は、レイピア使いのレイネ。

 いつも気の抜けたような掴み表情を浮かべる、掴みどころの無い女性なのだが、そんな彼女も一度レイピアを手にすれば百戦錬磨の化け物と化す。

 何故かと言えば、それは彼女は実際に単騎で一軍を堕とした実績もあり、その鬼人のような光景を数多くの兵士達は実際にただ茫然と見ているしかなかったという。


 そんな、アレジオールの中でも指折りの実力者の二人が、デヴィス達『ゴールドハンター』の前で戦闘態勢を構えている。

 こんな絶望的な状況、ハッキリ言ってしまえば以前のデヴィスであれば真っ先に逃げ出していたに違いないだろう。


 しかし、今回はそんなわけにもいかなかった。

 何故なら、自分達にはこの街を必ず護り切らねばならぬ義務があるからだ。


 その思いは、隣に立つミリスとアーリャも同じであった。

 絶対にここより先へは通してなるものかという気迫が感じられた。


 ――俺も変わったが、この二人も変わっちまったよな


 デヴィスはそんな二人の姿に、思わず笑ってしまう。

 これまでは、自分の事を支えてくれていた二人。

 しかし今では、それぞれが自分の意志で強大な敵に立ち向かっているのだ。

 これを成長と呼ばずして、なんというのか。



「デイルくんに良いところ見せるんだからっ! 行くよミリス!」

「ええ、勿論!」


 ……まぁ、動機はともかくとしてだ。

 すっかりデイルくんに入れ込んでしまった二人だが、その事に対しては人の事を言えないデヴィスも剣を構える。



「デイルくん、それからレラジェ様――いいや、この街で暮らす皆のためにも、頑張らないとだよなぁ!」


 さぁ、かかってこいよ化け物どもと、デヴィスは確実に敗色濃厚な戦いへと挑むのであった――。



 ◇



「……不快ね」

「……ああ、不快だ」


 目の前に立ちはだかる、三人の男女。

 歳はまだ若く、青臭いと言ってしまえばそれまでの、オグニからすれば取るに足らない弱者だ。


 だが、自分達にこうして剣を向けてくる以上相手をしないわけにはいかない。

 そして何より、真実の愛を知ったオグニ、それからレイネからしてみれば、この三人の動機そのものが気に食わなかったのである。


 ――上辺の愛で我らに立ち向かうなど、甚だしい



「小童ども、知るが良い。真実の愛の力を――」


 だから、さっさと終わらせよう。

 そう考えたオグニは、愚かな三人に向かって大剣を構える。



「叩きなおしてあげるわ――」


 そしてそれは、レイネも同じ考えだった。

 腰に下げたレイピアを引き抜くと、三人に切っ先を向けて構える。


 こうして一度レイピアを手にしたレイネは、オグニからしても全くの別人であった。

 己の妨げになるもの全てを切り裂くような凄まじい気迫、それはまだオグニ自身も数回しか見た事のないそんなレイネの姿に思わず身震いしてしまう。


 ――美しいな、愛しのレイネよ


 何と頼もしく、そして美しいのだろう。

 そんなレイネの姿に満足したオグニは、自分も最愛の相手に良いところを見せるためにも一撃で終わらせる事にする。


 こうして、一気に三人に向かって駆け出す二人。

 すると、すぐさまゴールドハンターの聖女の女が反応して防御魔法を展開すると共に、魔術師の女から高位の炎系攻撃魔法を連射される。

 その連携は見事なもので、技の精度も高かった。

 流石はSランク冒険者といったところ、通常の兵士であれば近付く事すら難しいのも頷けた。


 しかし、それでもオグニの大剣の前では全てが無意味と化す。

 薙ぎ払った大剣が生み出す爆風は魔法をかき消すと共に、その勢いは止まらず聖女の展開した防御魔法を破壊し、そのまま三人を弾き飛ばす。


 そしてそこへ、まるでオグニがそうする事を悟っていたかのように透かさずレイネが接近すると、握ったレイピアを超速で三人目がけて突き刺す。


 ガキィィン!


 しかし、そんなレイネの超速の神業を、男はなんとその剣で受け止めたのであった。

 まさか止められるとは思っていなかったレイネは、集中した無表情の中にも少しだけ驚きの色を露わにすると、それから少しだけ微笑む。


 それは、どうやらこの男は自分達の敵足り得る存在だと認めたからであった。

 己のレイピアを受け止める事が出来た。

 その時点で、アレジオールという大国の中でも数える程しかいないのだ。


 だからレイネは、敵としてそれなりに骨のある相手が現れた事に喜びを隠せなかったのだ。

 そしてそれは、オグニも同じだった。

 一撃で終わらそうと思ったのだが、オグニとレイネ二人を相手にして立ち上がっているこの三人の事を、少々舐めていた事を理解する。



「やるではないか、小僧」

「――そりゃどうも。一分後には天国に行ってそうだけどな」

「あら、天国に行けるとでも?」

「それもそうね、デヴィスは地獄濃厚よね」

「――右に同じく」


「……お前達なぁ、まぁいい。生憎ここで死ぬ気は無いし、ここより先へ通すつもりもねぇからよ。せめて悪あがきはさせて貰うぜ!」


 そう言って、不敵に微笑むデヴィスという青年。

 そして青年と同じく、傷を負っても全く心の折れない二人の女性。


 そんな圧倒的不利な状況であるにも関わらず、諦める事無く立ち向かってくる三人に、オグニは思わず笑みが零れてしまう。



「――惜しいな。貴様らがこちら側につけば、良い兵士に成長しただろうな」

「そうね、だからこそ手加減は不要」


 レイネの言葉に、オグニは頷く。

 そう、きっとこの勝負の結末はすぐにやってくるだろう。

 だからこそ、この三人に対して手加減をするような真似は出来ないと、オグニは改めて大剣を構え直したのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る