46話「セシリア・ローレンス」
「一先ず、四人……いや、三人には戦況の偵察へ回って欲しい。相手はSランク冒険者を退ける程の実力者だ。どんな化け物が潜んでいるかも分からないからな」
そんな、今回の作戦の騎士団長を務めるアックスからの命令に従い、セシリアは他の二人と別れて偵察へと向かう事にした。
残りの一人の新入りはまだ待機のようだが、何だかヤバそうだし関わりたく無いセシリアはその事に対して何も言わないでおいた。
それ程までに、あれにだけは関わらない方が良いとセシリアの本能が訴えかけてくるのであった。
というわけで、各部隊長が侵攻を開始しているであろうポイントへと向かったセシリアだが、目の前で起きている光景は本当にアックスの言う通りであった事に驚く。
――デスウォリアーが、三体!? 災害級なんてレベルじゃない事になってるじゃない
そう、そこには一体で災害級と言われる恐ろしい最上位アンデッドの姿があったのだ。
しかも三体。はっきり言ってこれは異常事態だった。
そして、そんなデスウォリアー三体に対してマルクス一人で立ちはだかっているという、誰がどう見ても勝ち目ゼロな対面になってしまっている事にセシリアは一度深いため息をつく。
――こんなのもう、数なんて関係ないわね
どうやら相手は、根本的に違う存在のようだ。
だからセシリアは、たかが一つの街へ攻め入るにしては過剰戦力だと思っていたが、どうやら事態はそんな状況ではない事を悟り、急いでマルクスの援護へと向かったのであった。
◇
「――ふふ、やるじゃない。何者かしら?」
「私の名前は、セシリア・ローレンス。アレジオール軍五芒星の一人として、これより貴女に鉄槌を下します!」
駆けつけてみると、デスウォリアーの他に少女が一人いた。
そしてこの少女が、どうやらこのデスウォリアーを使役しているのであった。
だが、セシリアは一目見て分かった。
この少女は、少女の皮を被った化け物であるとセシリアの本能が危機を知らせてくるのであった。
「――デスウォリアー、やっておしまい」
そして少女もまた、セシリアの実力には気付いているのだろう。
容赦なく、デスウォリアー三体へ攻撃を命令する。
一人でデスウォリアー三体の相手なんて、普通ならば即死だ。
だが、聖女であるセシリアにとって、アンデッドというのは相性の良い相手なのだ。
だからセシリアは、一先ず再びホーリーライトという聖属性の広範囲魔法を展開する。
この光により、継続してアンデッドへのダメージを与えると共に、その視界を奪う効果もある。
こうしてセシリアは、まずは自分に優位な状況を生み出す。
――と言っても、デスウォリアーが相手じゃね
そう、相手はアンデッドの最上位種。
光で視界を奪われる事も無ければ、この程度では大したダメージを与えられてもいなかった。
一目散にセシリア目がけて高速で駆け寄ってくるデスウォリアー三体は、手に持つ禍々しい剣で三方向から躊躇なく斬りかかってくる。
しかし、セシリアはそれを素早くメイスで受け止めながら躱すと、代わりに一体の胴体へそのメイスを勢いよく振り抜き、一体を激しく弾き飛ばす。
こうして攻撃を躱しつつ隙を見てメイスを打ち込む事で、順にデスウォリアーを退けて行く。
だが、デスウォリアーもその程度では致命傷にはならず、疲労を見せないアンデッドは入れ替わりに休みなく攻撃を仕掛けてくるのであった。
「これじゃ、キリがないわね」
戦い自体は有利でも、状況としては若干不利な状況に憤るセシリア。
このままこの戦いを続けていれば、先に疲弊するのはセシリアの方だからだ。
しかしそもそも、聖女であるセシリアが物理攻撃で応戦出来ているという事自体が異常であった。
聖女であるセシリアが、何故前線でデスウォリアーという恐ろしいアンデッドを相手に戦えるのか。
それは、セシリアが聖女という枠に収まらない特別な存在だからである。
鉄槌の聖女――。
その名は、アレジオールの外までも広く知られているのだが、それはセシリア自身が元々教会の大聖女として国を問わずあらゆる場所で活動していたからである。
聖女としての才能、それから人外の領域に足を踏み入れた圧倒的な戦闘能力。
その二つが合わさったセシリアは、まさしく奇跡の存在であった。
しかし、そんな本来は大聖女として教会に属しているはずのセシリアが、何故今アレジオール軍に属しているのかと言えば、それはセシリア自身が大聖女という役割に疑問を抱いたからだった。
それは、大聖女として務めている間、事後として聞かされる数々の惨劇に対して何も出来なかった事に憤りを感じていたからである。
大聖女という役割から、教会が非常時と認める場合にしか己の力を振るえないセシリアは、何度も自分なら助けられたであろう惨劇の結末だけを聞かされてきたのだ。
勿論、役割があるのは理解していた。それでもセシリアは、そんな役割よりも一つでも多くの命を救うべくこの力は使われるべきではないかとずっと疑問を抱いていたのである。
そしてその結果導き出したのが、最大の国力を持つ聖王国アレジオールに取り入り、大聖女からアレジオール軍へ加わる事であった。
当然、セシリアの力が手に入るアレジオール国王も喜んで協力してくれた事で、若干の教会との溝を作りつつもセシリアを引き抜いてくれた。
オマケに、希望通り自由に動けるように四天王というポジションまで用意してくれた事で、今では自分の正義に従って自由に行動出来ているのであった。
「出し惜しみしてる余裕もないから、一気にケリをつけるよ!」
そんなわけで、現在はアレジオール軍の五芒星の一人として、強敵であるデスウォリアーを一人で三体も同時に相手をしなければならないセシリアは、一気にケリをつける事にした。
「――アイアンメイデン!」
三体のデスウォリアーを立て続けに弾き飛ばしたセシリアは、透かさず魔法を唱える。
アイアンメイデン――。
それは、聖属性において数少ない攻撃魔法の一つにして、絶大な威力を持つ最上級魔法。
セシリアの唱えたその魔法により、起き上がるデスウォリアーの背後に突如として女性の形をした人形が現れる。
そしてその人形の前部の扉が開かれると、そのままデスウォリアーの全身を魔力で拘束すると中へ取り込む。
開かれた人形の中には無数の鋭い針が存在し、その中へ取り込まれてしまったデスウォリアーはその針に全身を貫かれる事となる。
これこそが、セシリアの得意とする絶対不可避の攻撃魔法アイアンメイデンなのであった。
そして閉ざされた扉は二度と開かれる事無く、デスウォリアー三体を取り込んだまま消えてしまったのであった。
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