45話「決着、そして――」
突如として現れた謎の少女。
そしてその背後には、自身のトラウマであるデスウォリアーが三体並んだその光景に、マルクスは久しく忘れていた感情を取り戻す。
それは、恐怖――。
今の自分は、当然あの頃とは比にならない程強くなっている。
それこそ、あの当時の部隊長など比較にならない程に――。
しかし、それでもマルクスは分かっているのだ。
ガクガクと震える足が、その全てを物語っていた。
マルクスの本能が、今すぐここから逃げろと全身に訴えかけてきているのだ。
目の前のこの強大な敵には、例えガラン達が加わったところでもうどうにもならない相手なのだという事を――。
――この少女が、デスウォリアーを使役しているとでもいうのか!?
そして何より信じられないのが、この恐ろしいデスウォリアーを三体も少女が使役しているという事だ。
一体でも災害級の存在を、同時に三体。
つまり少女は、このデスウォリアーなど比にならない存在とでも言うのか――!?
――馬鹿馬鹿しい! そんな存在いてたまるか!
一先ずこの場をなんとかしなければならないマルクスは、慎重に剣を構えると少し後ずさりをする。
「あら? おじさん、腰が引けてるわよ?」
「……生憎、犬死はしたくないものでね」
「うふふ、ちゃんと分かっているのね。今自分が置かれている状況を」
「ああ……出来ればこのまま逃がして欲しい一心だよ」
「ごめんなさい、それは無理♪」
そう言って不敵に微笑む少女の姿は、最早ただの少女などではなかった。
それはまるで、少女の皮を被った化け物。
そしてもうこの時点で、互いの力量差ははっきりとしていた。
この少女は、マルクス――いや、何なら五芒星の面々でも手に負えるか怪しいレベルの超越者なのだと――。
マルクスは強い。それこそ人類では最強に近い程にまで、その剣技に磨きをかけてきた。
しかし、それはあくまで人類での話だ。
目の前の化け物、それから本陣に控えているであろう五芒星の連中は、どれも人類の限界を超えたような超越者達なのだ。
そんな領域に、ただの人であるマルクスには当然踏み込む事など出来るはずもなかった。
「マルクス様! ご無事で!!」
するとそこへ、翡翠の剣との戦いを終えたガラン達が慌てて援護にやってくる。
「来るなっ! 今すぐ撤退せよっ!!」
「マ、マルクス様っ!?」
「いいから急げっ!!」
だからマルクスは、慌ててガラン達に撤退を命じる。
普段は温厚なマルクスの荒げた声に、ガラン達は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、だからこそ今がただ事では無い事を瞬時に判断したガラン達は、すぐにその命令に従ってくれた。
これで一先ず、この場を少しでも何とかできれば被害は最小に――
「駄目よ、逃がすわけないじゃない」
しかし、無情にも少女はそんな言葉を呟くと、全身から黒い霧が溢れ出す。
そしてその黒い霧は、全力で撤退するガラン達の辺り一帯を包み込むと、そのまま全員の身体を拘束する。
それはまるで黒い巨大な蛇のようで、全身に絡みつくようにきつく縛られたガラン達は一切の身動きを封じられてしまう。
「な、何をしたっ!?」
「逃げられないように拘束しただけよ。他の不届き者達もお仕置きが必要ね♪」
驚くマルクスを相手にする事なく、少女は更に黒い霧を辺り一帯に広げる。
そして少女は、いとも容易くこの場に集まっている兵士達の身体をガラン達同様に拘束してしまったのであった。
「――な、なんという……」
「さぁ、これでおじさんだけね」
少女の一言で、マルクスはようやく自身の置かれている状況を理解する。
この場へいる仲間は全て拘束され、自身の目の前には少女の皮を被った化け物とデスウォリアーが三体。
まさしく、絶体絶命の状況だった。
だからマルクスは、慌てて思考を巡らせると唯一の可能性に辿り着く。
それは、舌戦だった。
参謀であるマルクスは、咄嗟にこの場を回避するための言葉を少女へぶつける。
「……いいのか? 今回の作戦に参加しているのは、我々だけではないのだぞ? 今全方位から、あの街目がけて万を超える兵が侵攻を開始している」
「あら、それは大丈夫よ?」
急がなければ不味いぞと警告したつもりが、あっけらかんとした様子で答える少女。
その予想外の反応に、マルクスは逆に戸惑ってしまう。
しかしそれも、次の少女の一言ですぐに理由は分かった。
「先に全員、やっつけてきたから」
「――はっ?」
「ちょっと数が多くて少し手間取っちゃったから、流石にこっちまでは手が回らなかったのだけどね。でもあの子達が頑張ってくれたから、無事に街への被害は出ずに済んだわ」
あの子達とは、ウェバー達翡翠の剣、そして兵士達を必死に食い止めようとする冒険者や魔族達を差しているのだろう。
つまり、少女の言葉が本当ならば他の部隊は既に少女に敗北を喫しており、そして今度はここへ現れたという事だろう。
――信じられないが、恐らくそんな馬鹿げた話も真実なのだろうな
もう笑うしかないマルクスに、少女も不敵に微笑む。
「――いいこと? この街はもう、魔王城の一部だとお姉様がおっしゃっているの。だから、もし少しでもこの街に暮らす一般市民に被害が出ていたら、分かっているわよね?」
とても冷たい目をしながら語る少女の姿に、その言葉に一切の誇張など無い事を悟ったマルクスは恐怖で全身をぶるりと一度大きく震わせる。
だが、もう引くわけにもいかないマルクスを震える手で剣を構え直す。
いかなる状況だろうと、マルクスはアレジオール軍幹部の一人として例え結果の見えている戦いであったとしても引くわけにはいかないのだ。
「それは恐ろしいな……まぁせいぜい、最後に悪あがきぐらいさせて頂こう」
「うふふ、悪あがき、ね。ええ、そうね、貴方ではこの子達の一体にもきっと敵わないわ」
「ふん、だろうな」
そんなもの、言われなくても分かっているさ。
そう思いマルクスは、せめて悪あがきなら悪あがきらしく、これまでの人生で培ってきた全てを籠めた最高の一撃をお見舞いしてやることにした。
握る剣に一切の出し惜しみ無く魔力を通わせると、この一撃で一体だけでも確実に倒す事をイメージしながら剣を振り上げると、そのまま目の前のデスウォリアー目がけて全力で叩きつける。
そんな剣技も糞も無い、全身全霊の一撃は確実にデスウォリアーの胴体を捉えた――はずだった。
「――残念でした」
しかし聞こえてきたのはぶつかり合う金属音と、憐れむような少女の声。
そして視界に入ってきたのは、マルクスの全身全霊の一撃を握った剣で防ぐデスウォリアーの姿だった――。
――やはり、駄目か
そんな無念と共に己の最後を悟ったマルクスは、ふっと目を閉じる。
なんとも呆気ない最後だった事に、悔しさを滲ませながら――。
だが次の瞬間、そんな最後を悟るマルクスの辺り一帯が突然白い光に包まれる。
それは、先程少女の放った黒い霧とまるで対を為すようで、この絶体絶命の状況の中で救いの光のように感じられた――。
そして目を開けるとそこには、打撃を受けたのか地面に倒されているデスウォリアーと、一人の聖女の姿があった。
「――よく戦ったわね、マルクス。あとは私に任せなさい」
「あ、貴女は――」
「あとは引き受けたわ」
そう言うと聖女は、手に持つメイスを少女に向ける。
メイスを向けられた少女は、少しだけ驚くと面白そうに微笑む。
「――ふふ、やるじゃない。何者かしら?」
「私の名前は、セシリア・ローレンス。アレジオール軍五芒星の一人として、これより貴女に鉄槌を下します!」
そう、彼女こそアレジオール軍最高戦力である五芒星の一人、『鉄槌の聖女』ことセシリア・ローレンスが援軍に駆けつけて来てくれたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます