44話「乱入者」

 戦場に鳴り響く爆発音。

 Sランク冒険者チームである『翡翠の剣』の面々と対峙するマルクス及びガラン達配下。


 やはりSランク冒険者ということもあり、その実力は確かなものであった。

 しかしそれでも、アレジオール軍の幹部であるマルクス達の方が明らかに優勢であった。


 そして――、



「どうした、ウェバーよ? その程度で、私達を止めようとしていたのか?」

「……クソッ」


 自身の剣を支えによろよろよと起き上がるウェバー。

 そう、マルクスは『翡翠の剣』のリーダーであるウェバーと、敢えて一騎打ちをするような状況を作り出したのであった。


 当然今の戦況は、はっきり言ってマルクス達の優勢である。

 いくらSランク冒険者チームのリーダーと言っても、アレジオール軍の参謀を務めるマルクスには届かない。

 そう、それ程までに、アレジオール軍の幹部へと昇り詰めるというのは伊達ではないのである。


 では、何故そのうえでマルクスがウェバーとの一騎打ちを望んだのかと言えば、それは先程の話が気になったからに他ならない。

 冒険者として、あれだけ与えられたミッションに従順だったウェバーという男が、何故こうも変わったのか。

 そして、その話にあった通り仮に「我々はこの目で、しっかりと人と魔族の融和を知った。そして今では、快い魔族達の世話にもなっている。――ですから、残念ながら貴方達をここより先に通すわけにはいかないのです」という言葉が真実であった場合、この戦いの意味とは? という疑念を抱かずにはいられなかったからだ。


 マルクスは、その身も心も全てをアレジオールへと捧げている。

 しかし、それと同じく己の信念として、常に我々力を持つものは弱き者を護らなければならないとずっと考えてきたのである。


 であれば、今回の作戦はどうだ?

 この街からしてみれば、そんな民が営む平和を壊す行為に他ならないのではないか?

 そんな葛藤が、どうしても自分の中で拭いきれないマルクスは、この目の前に立つウェバーという男と向き合う事で何か得られるのではないかと考えたのであった。


 辺りへ目を向ければ、日々マルクスの直属の配下として鍛錬を続けているガラン達の連携は『翡翠の剣』のそれを完全に上回っており、そちらもこのまま運べば難なく勝利を収められそうな状況であった。


 そして、『翡翠の剣』の面々がマルクス達に抑えられている事で、再び進軍を開始するアレジオール軍。

 駆けつけてきた街の冒険者や魔族が応戦するが、所詮は多勢に無勢。

 彼らに我々アレジオール軍が止められる事は無いだろう。


 ――そして、それはつまりこの街へ侵攻するのだということ


 マルクスは、一度深いため息をつく

 それは今回の作戦の意味について、そして、残念ながら自分達を止める事の出来なかった『翡翠の剣』への落胆――。



「……我々を止める事は出来なかったな。残念だ」

「ハァ、ハァ、まだ勝負は決していませんよ!」


 落胆するマルクスへ向かって、再びウェバーは剣を振るう。

 その剣術は大したもので、アレジオール軍でも幹部クラスには達しているように思われる。


 それだけこのウェバーという男も、この街で過ごす中で鍛錬を続けてきたのだろう。

 そしてそれは、自分達のためではなくこの街の民を護るため高めて来たものだというのが、理屈ではなく感覚的に伝わってくる。


 何故それが分かるのかと言えば、自身もまた同じ気持ちで鍛錬を続けてきたからだ。

 我々の力は、苦しむ民のため、そしてそんな民達が暮らす国を護る為に振るわれるもの。


 そんな、必ず守るのだという強い意思が、ウェバーの剣からは犇々と感じられるのであった。


 だが、それでもマルクスには届かない――。

 振るわれる剣技の全てを、マルクスは剣で受け止める。


 そして、そこで生じた僅かな隙を見逃さないマルクスは、ウェバーの腹目がけて魔力を籠めた蹴りを入れる。



「ぐわぁ!」


 蹴られた反動で、大きく後ろへ弾かれて倒れるウェバー。

 既に見るからに、満身創痍といった感じだった。


 しかしそれでも、再び起き上がろうとするウェバーの目は、決して死んでなどいなかった。



「……ほう、頑張るじゃないか」

「……ええ、こ、ここで私が、諦めるわけには、いかないですからね」


 良い心意気だ。

 決して諦めようとしないその心意気に、マルクスは思わず笑みが零れてしまう。


 ――だが、だからこそ次で終わらせてやろう


 ウェバー、そして『翡翠の剣』のメンバーの決意をしかと見届けたマルクスは、その意志に敬意を払うと共に、彼らが全力で護ろうとしたこの街への被害は最小限に収める事を決意する。


 そして、それと共に自身の剣に力を籠める。

 全身に魔力を纏い、自身の身体能力を高めると共に、これまで磨き上げてきた最高の剣技をウェバー目がけて放った――。



 ガキィイン!



「――何!?」


 しかし、マルクスの放った一撃は、何者かの剣に阻まれウェバーへ届く事は無かった。

 そして、その予期せぬ事態に驚いて振り向いたマルクスの目には、信じられない光景が飛び込む――。



「デスウォリアー……だと……!?」


 そこには、アンデッド最上位種とされるデスウォリアーの姿があった。

 この存在を見た者は、これまで数えるほどしかないとされる最強のアンデッド。


 その攻略難度は判定不能とされているのは、これまで対峙した者は必ず滅ぼされてきたためである。


 では何故今目の前にいるアンデッドがデスウォリアーだと分かったのかと言えば、それは以前マルクスは一度だけその姿を見た事があるからである。


 それは、まだマルクスが役職を与えられる以前の駆け出しの時である。

 とある作戦に参加したマルクスは、百人以上の部隊と一緒に深い森にある湿地帯を移動している時の事だった。

 突然前方に一体のアンデッドが現れたのである。


 すると、そのアンデッドは物凄い速度でこちらへ移動してきたかと思うと、共に作戦に参加する兵士達に向かって次々に斬りかかってきた。

 そのため、マルクス達も慌てて応戦するがそのアンデッドの持つ力はあまりに強大で、まだ役職も無いマルクス達一般の兵士では成すすべなくただ命を狩り取られていくだけだった……。


 しかし、そんな絶望的な戦況に駆けつけてきた当時の部隊長が、そのアンデッドに応戦をしてくれた事であまりにも一方的だった戦況にも僅かな隙が生まれる。



「不味い、こいつはデスウォリアーだ! すぐに全軍撤退しろっ! 死にたくなければ急げ!」


 何でこんなところにこんな化け物がいやがるんだ! と憤りながらも、なんとか応戦する部隊長の指示に従い、マルクス達は慌てて四方へと散り撤退した。


 それから一目散に国へ目がけて走り続けたマルクスは、何とかその森から抜け出す事に成功したのであった。


 しかし、後の知らせでマルクスは知る。

 あの時応戦してくれた当時の部隊長含め、逃げ出した兵士達のほとんどがやられてしまったという事を……。


 たった一体のアンデッド相手に、部隊長含む百名以上の兵士があっという間に殺されてしまったのだ。

 そんな有り得ない現実に、まだ力の無いマルクスはただただ恐怖する事しか出来なかった。


 そして今、そのトラウマとも呼べる化け物が自身の前に現れたのである。

 そのうえ、その化け物はまるでウェバーのことを護るようにたちはだかっている事に、驚きを隠せないマルクス。





「この街のために、よく頑張ったわね。――ありがとう。あとはわたしに任せてゆっくり休みなさい」

「……カトレア、様」




 すると、どこから現れたのか、突如として姿を現した一人の少女。

 少女は優しく膝をつくウェバーの頬を撫でると、これまで戦ったウェバーを褒めるようにふっと優しく微笑む。


 そんな少女の姿を見たウェバーはというと、安心したようにふっと微笑むとそのまま意識を失った。



「この子達のおかげで、街への被害は出なくて済んだわ」

「何者、でしょうか……」

「私? ふふ、いつもなら別に教えてあげるんだけど、今の私は駄目みたい」

「駄目?」

「――ええ、だって私ね、今とっても怒ってるの」


 そう言って微笑む少女からは、確かに只者ならぬ気配が感じられた。



「だから、この子達の時みたいなお遊びは抜きよ」


 そして、怪しく微笑む少女の背後には、デスウォリアーが三体並んでいるのであった――。


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