43話「圧倒」
「や、やめてくれぇー!」
「グワァー!」
戦場のあちこちから聞こえてくる爆発音と悲鳴。
そして実際にその目には、次々とやられていく兵士達の姿が目に飛び込んでくるのであった。
「い、一体何が起きている!?」
今回の作戦の部隊長を務める、策士オムニスは予想外の状況にただ慌てるしかなかった。
そしてそれは、同じく今回の作戦に部隊長として参加している剣士ザインと魔術師ガーラの率いる部隊も同じ状況なのであった。
これから三つに別れて作戦を実行しようとした矢先の出来事である。
突如何者かに侵攻を阻まれてしまっているのであった。
つまり今は、六千を超えるアレジオール軍の兵士達、それから三人の部隊長を要するこちら側が、信じがたいがその何者かに完全に押されてしまっているのであった。
――何が起きているというのだ!?
策士と呼ばれるオムニスをもってして、このあまりに予想外の状況を前にただ戸惑うしか無かった。
「おい! オムニス!! これは一体なんだ!?」
「見る見る兵達が減っておるなぁ」
慌ててやってきたザイン、そしてどこか愉快そうに笑う初老のガーラがオムニスのところへと集結する。
二人共、この予想外の事態にオムニスへ指示を貰いに来たのだろう。
二人共実力はオムニス以上だが、その実力を買われて今の地位にいるだけであり、軍を率いる器はまだ持ち合わせてはいないのだ。
「今至急確認しているところだ、一体何が――」
そんな苦悩を呟くオムニスは、目の前で繰り広げられるあまりに一方的な戦況の中で一瞬を見逃さなかった。
――あれは確か……冒険者グレイズ!
そう、一瞬兵達の隙間から見えたのは、間違いなくSランク冒険者グレイズの姿だった。
グレイズと言えば、たしか今回の作戦前にこの街へ侵攻を開始したSランク冒険者の一人だったはずだ。
そもそも、彼らの作戦失敗によりこうしてアレジオール軍が国からの指示で動いているわけだが、それにしてもどうして以前同じくこの街へ侵攻した言わば味方であるはずの彼がこうして自分達へ敵対しているのか、オムニスはその理由が分からなかった。
「あれは――グレイズか」
「ほぉー、あの男か」
そんなグレイズの姿には、当然ザインとガーラも気が付く。
そして相手が分かればこの状況にも納得したのだろう、二人は不敵に笑った。
「確かにあいつが相手じゃあ、兵士達ではキツいだろうなぁ」
「そうだな、では我々も行くとしようか」
まごうことなき強敵の登場に、ザインもガーラも一瞬にしてその目の色を変える。
それはもう、この軍を率いる部隊長としてのそれではなく、一人の男として強敵の存在に喜んでいるようであった。
――Sランク冒険者は、確かにどれも強敵だ。だがしかし、不幸にもこの二人を相手しなければならない事を悔やむといい。
そう、己の実力のみでここまで駆け上がってきたこの二人は、今回参加する部隊長の中でも指折りの実力者なのだ。
その実力は、単体でSランク冒険者以上と言われる程に――。
そんな二人を同時に相手をするのだ。
いくらSランク冒険者ナンバー2のグレイズとは言え、はっきり言って一溜まりもないないだろう……。
こうして、相手の姿を確実に捉えたオムニスもまた、策士と呼ばれるに相応しい機転を利かせ次なる作戦をすぐに練り出すのであった。
◇
無数の兵達の相手をするグレイズ。
しかし、その実力は正直どれも大したことが無かった。
己の分身体を生み出すと、次々と兵士達を倒していく。
――やれやれ、国と敵対するなど本意ではないのですがね
だが、それでもグレイズはこの場を引くわけにはいかなかった。
何故かと言えば、それはこの街に対する罪滅ぼしのためである。
グレイズは一度、この街への侵攻を行った。
その結果、自分など歯が立たない程の強敵の前に成すすべなく、敗北を喫してしまったのである。
それは、これまで負けた事など数える程しか無かったグレイズにとって、そのあまりに一方的な敗北は新鮮な出来事でもあった。
一歩間違えば命が無かったというのに、こんな事を思うのはきっとおかしいだろう。
しかしそれでも、グレイズは自分など全く歯が立たない強敵の存在に、あの瞬間少なからず喜びを覚えてしまったのである。
確かに、同じ冒険者にもカレンという絶対に敵わない存在はいた。
しかしそれでも、一方的に負ける事はないだろう。
だからこそ、あの晩敵対したバアル、そして魔王イザベラから感じられた圧というのは本当に凄まじかったのだ。
正直イザベラと敵対した時点で、あの作戦の危険性は十分に理解していた。
しかしそれでも、グレイズはワクワクしてしまっていたのだ。
久々に本気を出しても届くか分からない強敵の存在に――。
しかし、結果それは全てが間違いであった。
少しでもやれると思ってしまっていた自分自身の浅はかさ、そして何より、この街を落とそうとした愚かな行いそのものが――。
この街で生活するようになって、グレイズはこの街の人々には本当に良くして貰っている。
そして何より、この街はこれまで行ったどの街よりも笑顔で溢れているのである。
人と魔族、互いに分け隔てなく助け合う姿、そして、こんな余所者で侵略者だった自分でさえも温かく受け入れてくれた人々。
そう、ここには誰しも一度は夢見た暖かい平和が、確かに存在しているのであった。
だからこそ、グレイズは後悔した。
あの日自分が、この平和を壊そうとしていたのだということを――。
冒険者とは、人々のためにある職業だと思っている。
恐ろしい魔物や、人々の暮らしを脅かす状況に対して、己の実力をもってして助けを行うヒーローのような存在。
そう思って、グレイズはこれまでやれる限りの事に努めてきたつもりだった。
しかし、あの日グレイズはそんな己の理念とは真逆の行動をしてしまったのである。
だからこそ、これまでの全てを台無しにするようなあの日の愚かさ、そして浅はかさ、その何もかもが悔しくて、情けなかった。
――だからせめて、ここで罪滅ぼしさせて頂きましょう! 命を賭して、何人たりともここから先へは通しませんよ!
更に分身体を百体追加するグレイズ。
こうして戦況は、更にグレイズの圧倒的優位な状況となるのであった。
あの二人が現れるまでは――。
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