41話「参謀マルクス」

 アレジオール軍参謀を務めるマルクスは、上からの命令に応じて部下二千名超を率いて西側からの侵攻を開始する。



「……馬鹿馬鹿しい」


 しかし殿の馬車の中、マルクスはうんざりとした様子でそんな言葉を漏らす。

 何故なら、誇り高きアレジオール軍の我々が、たかが港町一つを相手にまるで一国と戦争をするような過剰戦力をもって侵攻を開始しているからだ。


 マルクスは、人一倍正義感の強い男だ。

 国民達、そして弱き者達を救うため軍に所属しているわけであり、何も知らない平民の子供達も生活しているはずのこの街をこれから滅ぼさなければならないという事に、本音を言えば今回の作戦は嫌気しかなかった。


 だが、上からの命令は絶対だ。

 個人的心情など、軍に所属した時点で捨てなければならない事ぐらい、参謀を務めるマルクスにとっては重々承知をしている事であった。


 ――罪のない者達には申し訳ないが、極力命は救いつつ最善を尽くすしかないか


 そんな事を考えながら、気乗りしない任務がいよいよ開始されると思われた――その時だった。


 突然軍の最前線で、大きな爆発音が鳴り響く。



「――何事だっ!?」

「はっ! どうやら以前この街へ侵攻したはずのSランク冒険者達が、我々の侵攻を妨害している模様です! 既に被害は相当数出ております!」


 部下からの報告に、マルクスは目を丸くして驚いた。


 ――なんだと!? つまり冒険者達は、この街に住むと言われる魔族側についたということか!?


 これまで魔族を狩る事を生業としていた彼らが、まさか相手側についている事に驚きを隠せないマルクスは馬車から飛び降りる。

 そして最前線の戦いへ目を凝らすと、そこには確かにSランク冒険者達の姿があった。


 ――あれは確か、『翡翠の剣』か


 長い間Sランク冒険者をやっている事から、マルクスも面識のある連中だった。

 彼らの実力は、マルクスから見ても大したものだと評価していただけに、それが今敵として現れている事にやはりマルクスは驚きを隠せない。


 アレジオール軍とは、日々鍛錬を積み重ねている戦闘のプロとも呼べる集団だ。

 それこそ、冒険者で言えばCランク以上の強者達の集まりであり、そして我々は互いに連携を取りつつ個ではなく軍として相手を攻略する事だって出来る。


 しかし、それでも『翡翠の剣』の面々の連携は、我々アレジオール軍のそれを大きく上回っていた。


 ――それどころか、以前より確実に実力を付けているのでは?


 全く無駄の無い連携、それから一つ一つの技も以前見たそれよりも明らかに上回っていた。


 そんなまさかの状態に、マルクスはようやく理解する。

 どうやら今回の作戦は、決して容易な戦いではないという事を――。



「――前線の者達へ命令。一時退避せよ。それからガラン達に私の元へ集結するように伝達」

「はっ! 直ちに!!」


 あまりにも一方的なその戦況に、これ以上兵士を戦わせてもこちらが消耗するだけだと悟ったマルクスは、兵士達に一時撤退を命令する。


 そしてマルクスは、自身の直属の部下であるガラン、それから他四名の集結を命令する。



「ガラン及び他四名、集結致しました」

「そうか、では行くとしよう」

「はっ」


 こうしてマルクスは、ガラン達部下五名を率いて戦場の最前線へと向かう。

 集結したガラン達の実力は、一人一人が大将クラスであり冒険者基準で言えばSランクに準ずる実力者達。

 そして、参謀を務めるマルクスに至ってはそれ以上の実力者である。


 だから戦力で言えば、圧倒的に優位と言える今回の対面なのだが、しかしマルクスには一切の油断は無かった。

 何故なら、目の前に待ち構える『翡翠の剣』の面々の顔付が、マルクスの登場をもってしても一切揺らがなかったからだ。


 ――甘く見られたものだ。……いや、違うな。きっと私などより圧倒的強者がこの街に潜んでいると見るべきか


 やれやれ、とんでもない作戦に送り込まれてしまったものだと、自分の運命を恨みつつマルクスは『翡翠の剣』のリーダーであるウェバーへ話しかける。



「こちらは、アレジオール軍参謀のマルクスだ。――久しいなウェバー」


 そんなマルクスの声かけに、ウェバーは無表情を崩さずに返事をする。



「――はい、お久しぶりですマルクス殿」


 そんなウェバーの様子が気になったマルクスは、ここでいきなり戦いを始めるのも何だか野暮に思えたため、一つ質問をしてみる事にした。



「それで? ウェバーよ。何故、我々より先にこの街へ向かったはずの君達が、今ではそちら側へ付いて我々の邪魔をするのかについて聞かせて貰ってもいいだろうか?」


 そんなマルクスの質問に、それまで無表情だったウェバーはふっと笑った。



「――なに、我々は大きな勘違いをしていたのですよ」

「勘違い?」

「はい、勘違いです。以前は、魔族は必ず滅ぼさなければならない対象だと思ってきました。ですが、この街で暫く生活をしてみて分かったのですよ。そんな事は無かったのだと」

「――ほう、興味がある」

「ここでは、人の子も魔族の子も同じなのです。互いが手を取り合って楽しそうに遊び、そしてそんな子供達の姿を、人や魔族の大人達が楽しそうに笑いながら眺めているんですよ。――ですから、我々はそんな彼らの平穏な日常を守りたいのです」


 ウェバーの言葉に、顔には出さないが驚くマルクス。

 ウェバーが嘘を付くような男ではないため、今の言葉はきっと真実なのだろう。


 であれば、今自分達がしようとしているのは、噂通り行われている人と魔族の平和を壊す行為に他ならないのではないか――。


 ――全く、これではどっちが悪者か分かったものじゃないな



「我々はこの目で、しっかりと人と魔族の融和を知った。そして今では、快い魔族達の世話にもなっている。――ですから、残念ながら貴方達をここより先に通すわけにはいかないのです」


 そんなウェバーの言葉に賛同するように、『翡翠の剣』のメンバー達は頷く。

 全員、覚悟と決意を籠めた本当に良い表情をしている。



「――そうか、では我々は、ここでしっかり君達に止められなければならぬのだろうな」


 そんなマルクスの言葉が予想外だったのだろう、ウェバー達の表情に戸惑いが生まれる。



「だが、それでも我々は誇り高きアレジオール軍の一員だ。戦いにおいて、決して手を抜くわけにはいかない。――だから『翡翠の剣』よ! 全力で止めてみたまえ!!」

「――成る程、ではそうさせて頂きます!」


 こうして、ついにマルクス達とSランク冒険者『翡翠の剣』の戦いの火蓋が切られたのであった――。


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