第二章

38話「奉仕」

「やはり冒険者とやらも、使い物にはならんかったというわけか……」

「はい……」


 配下より、例の街への襲撃が失敗に終わったという知らせを聞いた国王は、玉座に腰掛けながら深いため息を吐く。


 聖王国アレジオールーー。

 この国は、元々カリムに勇者としての地位を授けていた国であり、何より魔族を忌み嫌い女神を崇拝する宗教国である。

 そして何を隠そう、今回のSランク冒険者をミレイラ達が暮らす街へ仕向けた国でもある。


 アレジオール国王であるバレン・アレジオールは、その敗北の知らせに不愉快そうに眉を潜ませながら、どうしたものかと次の手を考える。

 アレジオールとして、そんな魔族が我が物顔でのさばっている状況など、到底受け入れられるはずが無いのだ。

 それだというのに、人の切り札と呼ばれたSランク冒険者を仕向けたにも関わらず結果は惨敗。

 それは、この上ない屈辱であった。



「やはり、あれを出すしか無いか……」

「あれ、ですか……しかし、もう宜しいので?」

「ふん、あれはもう駄目だし、元々使い捨ての存在だ。並行して新たな者の用意は進んでおるのだろう?」

「は、はい! それは勿論! では、早急に向かわせる準備をいたします」


 国王の命に従い、慌てて部屋から飛び出して行く配下の者達。

 こうして、冒険者では失敗に終わった魔族討伐作戦、アレジオール聖王国は次なる手を早速打つ事に決めたのであった。



 ◇



「それで、何をしているの?」

「いや、こ、これは……」


 仁王立ちするミレイラに、怯えた様子のカレン。

 何故こんな状況になっているのかと言えば、それは何でもない、デイルの寝込みをカレンが襲おうとしていたのが、部屋へ戻ってきたミレイラに見つかったからである。

 カレンが専属のメイドになって早数週間、すっかりメイドという役割にも慣れてきたカレンは、最初こそミレイラやイザベラの力に怯えてしおらしくしていたのだが、その必要が無いことを悟るとこうしてデイルに対して逆セクハラを試みようとするようになっていた。

 そしてその悪事はすぐにミレイラに見つかり、結果こうして静かに怒られるというのが最近のお決まりになりつつあるのであった。



「カレン、これで三度目。女神の顔も三度までという」

「な、なんですのそれは?」

「ということで、貴女には罰が必要。今日は他のお仲間と一緒に働いてらっしゃい」


 こうしてミレイラの一声により、罰を言い渡されたカレンは今日一日他の冒険者達と同じ仕事をするように命じられた。

 ちなみに他の冒険者達は、街の郊外の開発要員に回されており、同時に外部からの侵入者の警備も兼務させられている。

 仮にもSランク冒険者である彼らの力を考えて見れば、それはあまりにも過剰戦力に他ならないのだが、それでもこの街へ攻め入ってきたことに対する罰として現在その任務が与えられているのであった。

 現場には四天王の二人にカトレアが持ち回りで現場監督をしているため、彼らに自由は与えられてはいない。

 そんなわけで、ミレイラから平たく言えば肉体労働を言い渡されたカレンはというと、それは見事な土下座を決め込むとミレイラに向かって軽やかに頭を下げる。



「もう致しませんので、どうかそれだけは」

「駄目」

「そこを何とかぁ!」

「何度も言わせないで」


 しかし、そんなことで首を縦に振るミレイラではない。

 何を言っても無駄だと察したカレンは、今度は涙目でデイルへ訴えかける。

 しかし、そもそも寝込みを襲われて迷惑を受けた張本人であるデイルとしては、苦笑いを浮かべるしかなかった。



「……頑張って、カレン」

「うぅ……、みんな酷いわ」

「酷いのは貴女。さっさと行く」


 こうして渋々カレンが迎えに来た魔族達に連行されていくところを見送ったデイルは、ようやく落ち着きを取り戻したのであった。



「デイル、大丈夫?」

「え? うん。大丈夫だよ。起きたらいきなりカレンが覆いかぶさっていたのには驚いたけどね」

「デイルに惹かれるのは仕方のないこと。ただし、物事には順序がある」

「順序?」

「そう。あの子がわたしより先にデイルに触れるのは、許されない」


 そう言ってミレイラは、ベッドに腰掛けるデイルの隣に座ると、そのまま隣からぎゅっと抱きつく。



「デイルが望むなら、いつでもわたしを好きにしていい」


 そしてデイルを誘うように、そう耳元で囁くミレイラ。

 その甘い言葉と吐息に、デイルの全身がぶわっと鳥肌立つ。



「ミ、ミレイラ!?」

「ふふ、デイルは恥ずかしがり屋さん――」


 照れるデイルを面白がるように、デイルのふとももを下から上へとそっと指でなぞるミレイラ。

 そんなミレイラの誘惑に、デイルもそろそろ限界になろうかというその時、



「ミレイラおるか? ちょっと相談――って、お前たちは一体何をしておるのじゃ……」


 部屋へとやってきたのは、イザベラだった。

 どうやらお店での仕事の休憩中のようで、エプロンを腰に巻いたままのイザベラはミレイラとデイルの状況を見て飽きれた様に溜め息をついた。



「丁度良いところにきた。イザベラ、デイルの隣に座りなさい」

「え? な、なんじゃと言うんじゃ」

「いいから」


 ミレイラの無言の圧に従い、イザベラは渋々デイルの逆隣に腰掛ける。

 褐色な肌だが、恥ずかしいのか少し赤く染まっているのが見て分かった。



「さぁ、イザベラもデイルに奉仕するのよ」

「は、はぁ!? な、なんで我まで!?」

「じゃあ、わたしだけする」


 そう言って、再びデイルに抱きついてスリスリし出すミレイラ。

 そんなミレイラの行動に、イザベラは驚きつつも悩んだ仕草をみせる。



「――ふん! こ、これは仕方なくじゃからなっ!」


 そして謎の言い訳と共に、ミレイラと同じくデイルに抱きつくイザベラ。

 こうして右に女神、左に魔王を従えたデイル少年は、当然訳が分からなくなりつつその顔を真っ赤に染めることしか出来なかった。



「それでイザベラ。話って、何?」

「――え? そ、そうじゃった! こんなことをしている場合ではないのだ!」


 ようやく話を戻したミレイラにより、ここへ来た要件を思い出したイザベラは慌てて立ち上がる。



「暫く魔王城へ戻ろうと思うのじゃ!」


 そしてイザベラの口からは、確かにそんなことしている場合では無い内容が語られたのであった。


 

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