37話「そして……」※第一章完結

「……ミレイラ」

「なに、デイル」

「いや、これは一体……」


 宿に戻ったミレイラとデイル。

 そして目の前の状況に、ただただ困るデイル。


 しかしミレイラはというと、困るデイルとは対照的に何も変わらずいつも通りだった。


 相変わらずの無表情で、デイルの事を少し不思議そうに見つめる。



「何か、問題?」


 そしてこんな風に、さも当然かのように淡々と聞いてくるのであった。



「いや、問題っていうかこれは……」

「よく分からないわ。さぁ、貴女も挨拶しなさい」


 首を傾げたミレイラは、隣に立つ女性にそう告げる。



「よ、宜しくお願いします……ご、ご主人様……」

「声が小さいわ」

「よ、よろしくお願いしますぅ! ご主人様ぁ!!」

「よくできました」

「うぅ……」


 ミレイラに言われ、自棄になったように大声を上げてデイルに挨拶をする女の子。

 それは、昨日この街へ攻め入ってきたSランク冒険者の一人だった。

 彼女の名はカレン、Sランク冒険者の頂点にして『漆黒の死神』という異名を持つ、圧倒的な力を持つ少女だった。



「いや、えっと、ご主人様って?」

「この子は今日からデイルの召使い。だから、デイルの言うことは何でも聞く」


 ミレイラのその一言に、驚くデイルとカレン。

 どうやらカレンも、まさかデイルの言うことを何でも聞かなければならないとまでは聞かされていなかったのだろう。


 しかし、ミレイラの冷たい視線にビクッと身体を震わせたカレンは、泣きべそを浮かべながらコクコクと頷く。

 そんな哀れなカレンはというと、元のゴシックドレスからメイド服に着替えさせられていた。

 明らかに不服そうにしているのだが、綺麗な銀髪の縦ロールにその姿は正直よく似合っていた。


 でもここは、唯一ミレイラと対等に会話の出来る僕がちゃんと言わないと駄目だろうなという責任感のもと、デイルは口を開いた。



「えっと、ミレイラ。こういうのは無理矢理やらせちゃ駄目だと思うんだ」

「大丈夫よ」

「大丈夫?」

「ええ、この子は自ら進んで志願しているわ」


 そう言って、また無言の圧をカレンに浴びせるミレイラ。

 その圧は完全に女神のそれで、人ならざる者の凄まじい圧力に怯えたカレンは、その身をガタガタと震わせながらコクコクと頷いた。



「も、勿論ですわっ! デ、デイル様のお世話をさせて頂く事が、わ、わしくしの喜びですわっ!」

「――と言っている」


 うん、言わせてるだけですよね。


 しかしこれでは埒が明かないため、あとでカレンは解放してあげる事にして、一先ずデイルはこの場は一旦受け入れて穏便に済ませる事にした。



「それじゃあ、わたしは可愛い妹のところへ行ってくる」


 そして満足したのか、ミレイラはイザベラのところへ行くと言ってそのまま宿から出て行った。

 可愛いと形容する辺り、ミレイラの中でも今回の一件でイザベラの評価が上がっているのかもしれない。



「えっと、カレンさん?」

「はい……」

「その、ミレイラがごめんね」

「なんなんですの、あれは……」


 俺が謝ると、ようやく張りつめていた緊張が解けたのか、力なくカレンはベッドに腰掛けた。

 ミレイラに敗れ、そしてミレイラに振り回される彼女はもう、踏んだり蹴ったりといったところだろう。



「何て言うか、僕は別にメイドとか要らないからさ、ほとぼりが冷めたら自由に――とまではいかないかもだけど、せめて他のみんなと同じにして貰うよう僕からも頼んでみるよ」


 だからデイルは、出来るだけ優しくそう声をかける。

 こんな茶番は今だけだからと、申し訳ない気持ちになりながら。



「――いえ、それは困るわ。そんな事になったら、次はアレにどんな事されるか分かったものじゃないわ」


 深い深いため息をつくカレン。

 しかし、何かに気が付いた様子のカレンはゆっくりと立ち上がると、そのままデイルの前まで歩み寄ってくる。

 そして不敵に微笑みながら、デイルの顎の下を指でツーっとなぞる。



「――それに、よく見たら貴方可愛い顔してるじゃない? ふふ、どう? 貴方、わたしのモノにならない?」


 妖艶な雰囲気を放つカレンは、デイルを誘うようにその身を正面から近付ける。

 そして、吐息が感じられる程の距離に顔を近づけてくる。

 見た目は少女のようだが、感じられる色気は大人以上のものがあった。


 当然そういうことに免疫の無いデイルは、その顔を真っ赤にさせながら困惑するしかなかった。





「言い忘れていたわ。もし、わたしのデイルに勝手に何かしたら、魂のカケラ一つ残さず消し飛ばすから」

「ふぇ!?」


 するとカレンのすぐ背後に、先程出て行ったはずのミレイラが変わらず無表情で現れると、少しの怒りの籠った声でカレンに釘を刺した。

 そんな不測の事態に、当然驚いたカレンは滝のように汗をダラダラと流す。



「でも、デイルの魅力に自分でちゃんと気付けたのは偉いわ。だから今回は大目に見てあげる。これからは、にしなさい」


 それだけ言うと、ミレイラはまたどこかへ転移してしまった。



「そう――あくまでわたしは召使いってわけね。分かったわよ……」


 再び緊張から解放されたカレンは、ゲッソリと項垂れながらそう呟いた。



「えっと、カレンさん?」

「カレンでいいわ。今日からわたしは、貴方専属の召使いよ」


 そう言ってカレンは一歩後ろに下がると、スカートの裾を両手で摘まみ、そして優雅にその頭を下げる。



「――だから、もしわたしの身体が欲しくなりましたら、いつでもお声かけ下さいね♪♪」


 したり顔で、妖艶に微笑むカレンの姿に、デイルは再び顔を真っ赤にさせるしかなかった。


 こうして新たに、漆黒の死神改め専属メイドのカレンが仲間に加わったのであった。


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