34話「第二ラウンド」

 イザベラの全身から、黒いオーラが溢れ出す。

 その瞳は真紅の輝きを放ち、先程までのイザベラとは感じられる圧がまるで違った。


 ――ふーん、これが本気ってわけね


 その様子を見て、カレンもまた不適に微笑む。

 明らかにこれまで対峙してきたどの相手よりも強い目の前の相手に、怯えるどころかワクワクが止まらなくなっていた。


 これは、確実に魔王だ。

 仮にこんな存在が魔族側にゴロゴロいるのだとしたら、それこそ世界の終わりだ。



「うふふ、楽しくなってきたわね♪」

「ああ、そうじゃな!」


 返事をすると共に、有り得ない速度で飛び掛かってくるイザベラ。

 その勢いに、不意を突かれたカレンはギリギリの所で振り下ろされた腕を大きな鎌で防ぐ。


 ガキィイイン!!


 物凄い衝突音が鳴り響く。

 音は振動となり、周囲の建物のガラスを吹き飛ばす――。



「場所が悪いな」

「あら、魔王が人の心配をするの?」

「ふざけろ、今一方的に攻めてきておるのは貴様らの方じゃろうて!」


 そう言ってイザベラは、カレンに向かって今度は回し蹴りを食らわす。

 当然それも防御するカレンだが、勢いまでは防ぐ事が出来ず大きく後ろに弾き飛ばされてしまう。


 そして弾き飛ばされた先は、街の外れにある広い丘の上だった。



「ほれ、ここなら遠慮なく戦えるわ。さっさと立つがよい」


 手招きしながら、余裕の笑みで挑発するイザベラ。

 そんなイザベラの挑発に、これまでずっと余裕を表していたカレンは初めて舌打ちをする。



「あら、ここじゃ困るのよ。あの元勇者パーティーに、貴女が無残にもやられるところを見せたかったもの」


「だったら必要ない、ここで見ている」


 売り言葉に買い言葉。

 挑発してくるイザベラに対して、カレンも同じく挑発をする。


 しかし、返ってきた返事はイザベラのものでなく、自分のすぐ背後から聞こえてきた事に驚くカレン。


 慌てて構えつつ振り返ると、そこにはさっきまで宿に居たはずのミレイラとデイルの姿があった。

 時間こそ立ってはいないが、それでも全く背後にいる気配も感じなかったことにカレンは警戒度を一気に引き上げる。


 ――まさか、魔王以上?そ、そんなはずないわよね


 一瞬ありえない仮説が脳裏をよぎるが、すぐさまその考えを否定する。

 そんな存在、居て貰っては困るのだ。


 きっと何か転移魔法が得意とか、そういう特出した技を扱えるだけだろう。

 現に、この二人からはイザベラ程の圧は全く感じられないのだ。



「そ、そう。じゃあ、しかと見ておくことね。次は貴女達の番よ」


 気を取り直してカレンは、そう宣言をしイザベラに向き直る。



「もう話はいいか?」

「ええ、いつでもいいわよ」

「そうか、やはり貴様など我の――いいや、ミレイラの敵たり得ぬ存在じゃな!」


 嘲笑うような笑みを浮かべながら、再びイザベラが猛スピードで迫ってくる。

 その態度にイラッとしながらも、カレンも鎌を振り上げて受けて立つ。


 イザベラの振り下ろした鉄のように硬化した腕と鎌のぶつかる金属音が、周囲に響き渡る。

 常人の目では追う事は不可能な速度で、何度も何度も互いの攻撃が交わり合う。

 ぶつかり合う度周囲に大きな振動を生み出し、周囲の木々はその衝撃に耐えきれず折れてしまう程凄まじかった。


 しかし、二人の攻防は平行線で、何度ぶつかり合っても勝敗は決しない。



「どうした?貴様からも攻めてくるがよい!」

「うるさいわね!」


 しかし、攻撃を仕掛け続けるイザベラと、その攻撃を防ぎ続けるカレン。

 状態は拮抗しているようで、一方的なのであった。


 カレンは高速で行動するイザベラを前に、防御するので手一杯だったのだ。

 まさか自分が、ここまで防戦一方になるだなんて思いもしなかったカレンの表情は、流石に焦りの色が現れ出す。


 ――不味いわね


 圧倒的不利な状況に、流石のカレンも認めるしか無かった。

 このままではじり貧で自分が負けてしまうと――。


 だからカレンは、多少無理をしてでも相手の攻撃を防ぎながら自分も攻撃に転じる。

 先程と同じく無数の漆黒の蝙蝠や狼を生み出すと、迫りくるイザベラ目がけて一斉に解き放つ。



「やっておしまい!」

「なんじゃ?ついに一人じゃ無理と悟ったか?」

「うるさいっ!早く喰われろっ!!」


 カレンの生み出した眷属達に周囲を囲まれるイザベラ。

 そしてカレンはその隙を見逃さない。

 手に持つその大きな漆黒の鎌に魔力を籠めると、一気にイザベラの居た場所へ振り下ろす。


 籠められた魔力は漆黒の炎を生み出し、眷属もろとも漆黒の劫火で燃やし尽くす。


 この漆黒の炎は通常の炎と異なり、生命力を燃やす。

 つまり、いくら自己回復する能力を持つイザベラでも、この炎からは不可避であるという事だ。



「まだこんな、えげつない技を隠し持っておったか」


 この攻撃には、流石のイザベラも驚いた。

 まさかこんな禁忌の技まで扱えるとは思っていなかったのだ。


 それこそ、魔王軍四天王が一人、レラジェが奥の手で扱うものと同じなのだ。

 そんな、四天王クラスの攻撃まで仕掛けてきた事に、イザベラは素直に感心した。


 ただの人間に、ここまでの技が扱えるなど思ってもいなかったのだ。



「貴様、本当に人間か?」

「当たり前じゃない」

「そうか、ならば人もやはり侮れぬという事じゃな」

「何?強がりかしら?どうやって避けたのかは分からないけれど、次は外さないわよ」


 この攻撃ならば、相手にダメージを与えうる事を確信したカレンは、再び余裕の笑みを浮かべる。


 しかし――、



「避けたのではない。相殺したまでじゃ」

「――相殺?」

「そうじゃ、こうやってな」


 そういうとイザベラは、大きく右手を横に振るう。

 するとその軌道をなぞるように、カレンの生み出したものと同じく漆黒の炎が燃え広がる。

 しかもその威力は、先程カレンが振るったそれ以上の勢いがあった。



「ウソ……」

「ふん、扱えるのは貴様だけかと思ったか?」


 余裕の笑みを浮かべるイザベラに、カレンはもう絶句するしかなかった。


 どうやら今目の前にいるこの相手は、自分の敵たり得る存在を通り越して、己を凌駕するほどの強大な力を持つ相手なのだとようやく本当の意味で理解したのであった――。


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