35話「結末」

 このわたしが、負ける……?


 弾き飛ばされ尻餅をつく自分と、ゆっくりと歩きながら近づいてくる魔王。

 その信じられないが現実に起きてしまっている有り得ない状況に、カレンは絶望する。


 まさか自分が負けるだなんて、これっぽっちも考えていなかったのだ。

 ここまで力の差があるだなんて、考えもしなかった。


 ――だったら、せめて仕事だけはさせて貰うわ


 残念ながら、魔王には敵わなかった。

 だが今すぐ一目散にここから逃げ出せば、多分逃げ切ることは可能だろう。


 しかし、カレンはSランク冒険者最後の砦。

 普段は浮ついているような振舞いをしているが、自分に課せられている責任ぐらいは理解している。


 そしてその責任と共に腹を括ったカレンが取った行動とは、イザベラではなくミレイラへの攻撃だった。

 魔王には届かない。しかし、この元勇者パーティーの裏切り者だけは、せめてこの手で確実に屠ってやる事に決めたカレンは、自身の身命を賭して結果を残す事を選んだ。


 先程イザベラに向けた漆黒の炎を生み出すと、そのままミレイラとデイル二人のいる場所へ超高速で飛び掛かる。



「焼かれろぉおお!!」


 渾身の一撃だった。

 確実にこの一撃で相手を倒しきるという、カレンの全身全霊の一撃。


 相手が魔王ならともかく、この二人にはこの攻撃を防げるはずもない。

 大きな鎌を二人の居る場所へ薙ぎ払うように横に一閃する。

 これで、二人がいた痕跡もろとも全て焼き尽くす――――はずだった。


 しかし、結果は違った。目の前では、あり得ないことが起きていた。



「――不意打ちは卑怯」


 そう静かに告げるミレイラは、何と指一本でカレンの振りかざした鎌を受け止めているのであった。



「なっ!?」


 驚いたカレンは慌てて鎌を引き離そうとするが、今度は指二本で切っ先をミレイラに摘ままれているせいでびくともせず、引き離す事も出来なかった。



「ハッハッハッ! 何をしておるのじゃ? 相手は我であろう?」

「う、うるさいっ!」

「相手の力量も分からぬとは、まだまだよの」


 馬鹿にするように笑いかけてくる魔王。

 嘲笑われている事に苛つきつつも、カレンが今すべき事はたった一つだった。


 それは、この場からの逃亡。


 どうやら、この元勇者パーティーの実力もカレン以上のもののようだ。

 というか、今の攻撃を指一本で防ぐだなんて、普通に考えて有り得ないのだ。


 あの魔王ですら同じ攻撃で相殺したというのに、このミレイラという女は魔法使いのはずなのに指一本で防いでみせたのだ。


 その理解が及ばない状況に恐れをなしたカレンは、掴まれた鎌を諦めて手放すと急いでその場から飛び去る。


 一度本部へ戻り戦況の報告、そしてこんな化け物達を野放しにする事など世界の危機以外の何物でもないと、絶対に国中に広めなければならない。


 そう判断したカレンは、今はとにかく最高速で飛び去りこの場から撤退する事を選んだ。

 そして遠く離れた深い森の中に落ち立つと、そっとその身を潜ませる。

 まさかこの速度について来れるとは思わないが、相手は人知の及ばない化け物だ。

 何が起きるか想像もつかないため、距離は取ったもののまだ油断はならない。



「勝手に逃げないで」


 そう、こんな風にあとを追ってくるかもしれ……な……。



「……嘘でしょ」

「嘘じゃない。貴女はこのわたしとデイルに攻撃をした。ただで逃げられると思わないで」


 驚きながら、カレンはゆっくりとその顔を上げる。

 するとそこには、息一つ切らさず何事も無かったかのような涼しい顔をしたミレイラの姿があった。

 気のせいだろうか、ミレイラの身体は白く発光しているようで、神々しいオーラすら感じられた。


 そして、ここに来てようやくカレンは理解する。

 今目の前にいるこの女は、先程の魔王などの比ではない上位の存在なのだと。


 その無表情の奥に隠れた怒りの感情は、凄まじい圧となってカレンに降りかかる。

 決して触れてはならぬ存在を怒らせてしまったのだという、取返しの付かない事をしでかしてしまった事をようやく自覚したカレンは、その身をガタガタと震わせる。



「……い、嫌……来ないで……」

「何を言っているの? 攻めてきたのは貴女達の方」

「嫌……嫌よ、死にたくない……」


 涙を流しつつ、ガタガタと全身を震わせながら首を横に振るカレン。

 しかし、そんなカレンの事など気にする素振りも見せず、相変わらず無表情の裏に怒りの感情を秘めたミレイラは一歩、また一歩と怯えるカレンに近付く。


 そのゆっくりと迫りくる足音は、まさしく死の宣告だった。

 これまで感じた事の無い恐怖で失禁するカレンは、自分の身体をぎゅっと抱きしめながら震えるしかなかった。



「もういいよ、ミレイラ」


 しかしそんな緊迫した状況に、声がかけられる。

 その声は、カレンも知っている声だった。



「――そう」


 そしてその声に応じるように、ミレイラから発せられていた凄まじい圧は見る見る消え去っていく。

 腰を抜かして呆気に取られているカレンに向かって、横からそっと手が差し伸べられる。



「立てる?」


 その声に振り向くとそこには、デイルがいた。

 優しく微笑んだ彼は、カレンに向けて手を差し伸べてくれているのであった。



「ど、どうして……」

「はは、まぁ何て言うか、もう懲りましたか?」


 懲りましたか?とは、どういう意味だろうか。

 その言葉の意味が理解できないカレンは、呆気に取られてポカンと口を開ける事しか出来なかった。



「まぁ、とりあえず戻りましょう」


 そう言ってカレンの手を取ったデイルは、ミレイラに向かって頷く。

 それに応えるように頷いたミレイラは、巨大な魔法陣を展開する。


 そして視界が真っ白な光で包まれると、一瞬にして周囲の景色が切り替わる。



「な、何っ!?」


 その有り得ない状況を前に、カレンはただ驚く。



「――やはり、貴女でも無理でしたか」


 すると、突然隣からそんな声が聞こえてくる。

 驚いたカレンは咄嗟に隣を振り向くと、そこには同じSランク冒険者であるグレイズの姿があった。


 そしてそこに居たのはグレイズだけではなく、この街へ共にやってきたSランク冒険者達が全員揃っていた。

 全員ロープでその身を拘束されており、その姿は全身ボロボロの状態だった。

 その光景は、他のSランク冒険者達も全員戦いに敗れたことを物語っていた。



「さて、不届きものは全員揃ったかのぉ」


 そして、そんなSランク冒険者達に向かって声をかけてきたのは、先程までカレンが対峙していた魔王イザベラだった。


 腕を組みながらカレン達Sランク冒険者を見下ろす魔王は、満足そうに怪しく微笑んでいるのであった。


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