15話「模擬試合」

「(ま、魔王様!本当に宜しいので!?)」

「(そ、そうです!何もこんな事する必要なんて!)」


「(ええーい!煩い!貴様らは黙っておれ!)」


 決闘を行う平原まで移動する道中、ミレイラ達に聞こえないように部下のバアルとレラジェと秘密裏に会話をするイザベラ。


 たしかにさっきは部下の前で情けない姿を晒してしまったのは悪かったが、これは魔族にとって最大の好機なのだから仕方のない犠牲なのだ。


 模擬試合という事で、自身の安全を保った上で、このミレイラという計り知れない女と決闘をする状況を生み出す事に成功したのだから、そのためなら多少の屈辱など可愛いものだった。


 イザベラはこう考えた。

 もし戦ってみて倒してしまえそうなら、そのまま倒してしまえばいい。

 だが、仮にもし魔王である自身をもってしても敵わない相手ならば――その時は潔く自分が犠牲になろう。


 なに、それで多くの魔族の命が救われるのならば、自分のプライドなんて安いものだ。


 喜んで、そこのデイルという青年の配下にでも何でもなってやろうじゃないか。


 つまり、これはどっちに転んでも「魔族の安全維持」という目的は達せられるのだ。


 だからあとは、この魔王である自分が全力でミレイラと戦うのみであり、出来る事なら戦いに勝利し、これからも魔族の平穏を自身の手で守り続けられる事をイザベラは望んだ。



 そして、前を歩くミレイラがその足を止め、こちらを振り返る――。



「――ここでいい」


 ミレイラがそう呟いた事で、いよいよ模擬試合という名の決闘が始まる事となった。



 ◇



 先程の店にいた、人間の冒険者達がまた冒険者を呼び、街から離れた平原には数多くのギャラリーが集まっていた。


 だがそれも、イザベラからしたら好都合だった。

 ついでに自分の実力を奴らに見せつける事で、今後魔族に歯向かう事が出来ないように怖気づかせてやろうと考えたのだ。



「さっさとかかってくるといい」


 ミレイラが無表情で、そう煽ってくる。

 仮にも魔王である自分を前にして、こんな舐めた態度をとった者はこの女が初めてだった。



「――後悔するでないぞ」


 イザベラは語気を強めながら、そう返事をする。



 ――あまり舐めるなよ、人間ごときが。


 そしてイザベラは、自身の持つ魔力を一気に開放した――。



 イザベラが解放した魔力は、巨大な黒い龍の姿となり、イザベラの背後に顕現した。



 そしてその黒龍は、ミレイラ目がけて一気に襲い掛かる。


 その速度はどんな龍より速く、また元は魔力のため実態は存在しないが確実に相手にダメージを負わせると言う、まさに理不尽の塊のような存在。


 集まった冒険者達は、そんな黒龍を見て悲鳴を上げているが無理もない。

 奴らなぞこの黒龍にかかれば、1秒とかからず跡形も無く消し去る事が出来るであろう。


 だが、ミレイラは迫りくる黒龍を前にしても、その表情を少しも変えなかった。


 変わらぬ無表情で龍を見ながら、その右手を前に掲げるのみだった。



「ハッハッハッ!死ぬぞ!?」


 イザベラは勝利を確信し笑った。


 あんな細い女の腕で、自分の生み出した黒龍を止められるわけが無いのだ。


 このまま龍に骨ごと消し炭にされて終わり、そんな何とも呆気ない結末を迎えようとしていた。



 ――だが、次の瞬間あり得ない出来事が起きる。



 ――なんとミレイラは、その右手一本で龍の鼻を掴むと、まるで拾った木の枝を投げるようにそのまま黒龍を投げ飛ばしたのである。



「ハ、ハァ!?」


 イザベラは思わずそんな間抜けな声で叫んでしまう。



 いやいや、あり得ないだろ!そもそもなんで掴めた!?


 ミレイラのした行動に、全く考えが追い付かないイザベラ。

 それは部下の二人も同じで、たった今目の前で起きたあまりにも理不尽な光景に、口を大きく開けて驚いていた。



「――終わり?なら次はわたしの番」

「え、あ、ちょ、ちょっと待つのじゃ――」


「無理。――我が名はミレイラ、この名において顕現を許可する。全ての邪悪を喰らう聖なる龍――そして、いつかデイルが跨ってわたしを迎えに来てくれる白馬的な役目もあとでお願いする事になる――いでよ、神龍シェンロン


 ミレイラはそう詠唱?すると、突如天から白い光が降り注いだ。


 ――そしてその光の中から、ゆっくりと白金の龍が姿を現した。



「――ミレイラよ。なんだ今のは」

「詠唱よ」

「――いや」

「詠唱よ」

「――あ、あぁ。そうか。コホン、我が名は神龍。我を呼んだのは貴様か?では、願いを聞こうにんげ……ミ、ミレイラよ」


 え、何?お知り合い?

 だが、イザベラにはそんな事を考えている暇などどうやら無さそうだった。



 この龍は、絶対敵に回したらいけないやつだ――イザベラの本能が、激しくそう訴えかける。


 こんな化け物の前では、先程のイザベラの生み出した黒龍なんて、摘ままれてポイされるのも頷ける程の子供だましに思えた。


 というか、こんなのあり得ないだろ!

 これじゃまるで、神話の世界の――シェンロン?今たしかにシェンロンと言ったよな?


 イザベラは、昔読んだ古い書物に記されていた一文を思い出した。



『この地に現れた白金の龍により、魔族の国の一つが一瞬にして滅ぼされた。その龍の名は――神龍。未来永劫、決して敵対することなかれ――』


 それは、先代の魔王から代々引き継がれてきた書物に、しっかりと下に赤い線が引かれる程注意書きされていた一文だ。


 何代前の魔王がそう記したのかも分からないが、しかし、確かにそこで警告されていた、かつて魔族の国を滅ぼしたとされる龍。


 そんな神話レベルの化け物が、ただの模擬試合のはずなのに何故かミレイラにより顕現させられてしまったのであった。



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