16話「あっけない決着」

「今は模擬試合中。向こうが蛇を出してきたから、こっちも蛇で蛇バトルをする事にした」

「――ミレイラよ、我を蛇呼ばわりするのはやめよと何度も――」

「――なに?」

「――いや、もういい。それで、そこの小娘の相手をしたらいいのか?」

「そう」


 今ミレイラ、この神龍の事を蛇と言ったよな?

 自分の生み出したあのちっぽな黒い龍の事なら蛇とでも何でも言ってくれて構わない。


 でもミレイラよ、この神龍相手にそれはいくらなんでも不味いだろう……。

 そして神龍も神龍だ、何故簡単に認めておるのだ……。


 仮にも魔族の国を一瞬で滅ぼしたとされる龍が、たった今目の前でミレイラの尻に敷かれているその様は、正直あまりにも情けなかった。



 ――だが、そんな事よりイザベラは今、絶体絶命のピンチに陥ってしまっているのだ。


 伝承にあった龍が、天空からイザベラの事を鋭く睨みつけてきているこの状況は、最早逃げ出す事も不可能と思われるほど、文字通り絶体絶命の状況なのであった。


 模擬試合じゃなかったのか!と叫びたい気持ちでいっぱいのイザベラだが、神龍から浴びせられる圧に身動きが取れなくなっていた。


 存在レベルでの格の違い――

 そう、今イザベラの前にいるこの龍は、伝承通りこの世界に顕現してはいけない圧倒的な存在なのである。

 その気になれば、魔族の国どころではない、この世界だって簡単に破壊し尽くす事も容易だろうと思える程、魔王であるイザベラをもってしてもこれまで味わった事の無い圧倒的な圧力を放っていた。


 そして、先程のやり取りを見て、どう考えてもこの神龍より格上だと思えるミレイラという少女の計り知れなさは、最早恐怖でしかなかった。


 この女だけは、絶対に敵に回しては駄目だ――本能でそう悟ったイザベラ。


 それは、先程までは不満げだった部下の二人も流石に分かったのだろう。

 身を震わしながら天空の龍を、そしてそれを召喚した一人の少女を恐る恐る見る事しか出来ないでいた。



「――どうする?」


 無表情のミレイラが、イザベラを見つめながらそう呟く。

 そう、彼女はこの圧倒的な力の差を見せつけた上で、あくまで最後はイザベラに決めさせようとしているのだ。


 ――ここで滅ぼされるか、それともデイルの配下となるかを。


 ミレイラには、イザベラの魂胆なんてお見通しだったという訳だ。


 ――選ぶもクソも無いじゃないか。こんなもの、魔族の国に向けられた瞬間、我々の国など容易く滅ぼされる。



「――降参じゃ」


 イザベラは両手を挙げながら、自らの敗北を宣言した。

 そんな様子に、周りのギャラリーから歓声が沸き起こる。


 まさかギャラリーによって、逆の意味で魔王の敗北を知れ渡らされる事になるとは思ってもみなかったイザベラだが、もうどうでも良かった。


 もしかしたら敵対を続けていたかもしれない相手が、まさかこれほどまでに力を持つ存在だと知れたのだから、もうそれで良しとするしか無かった。

 もしあのまま世間知らずにも敵対を続けていたらと思うと、その恐ろしさに魔王であるイザベラをもってして震えが止まらなかった――。



「――そう、じゃあ今日から『姉さん』と呼ぶこと」

「――いや、それは」

「呼ぶこと」

「――は、はい、姉さん」


 こうしてイザベラは、正式にデイルの配下となり、そしてミレイラの妹になったのであった。



 ◇



「デ、デイルよ……その、か、肩を揉んでやろう……」

「――デイル様、お肩をお揉み致しましょうか」


「――ッ!!デ、デイル様、お、お肩をお揉み、い、致しましょうか?」


 宿へ戻った僕は、何故か魔王に肩を揉まれているのであった。

 かつては勇者パーティーとして打倒を誓っていた相手に、何故か今部屋で肩を揉まれているのである。

 これはもう、全くもって訳の分からない状況だった。



「も、もう良いじゃろ!?」

「――ダメ。デイルが良いって言うまでやる」

「ク、クソッ!」


 しかし、仮にも魔王である。

 それが、こんなただの人間の少年である僕の肩を揉むなんて、プライドとか諸々がきっと許さないのだろう。

 しかし、それすらもミレイラの狙いのようであるのだから恐ろしい子だ。



「う、うん、僕はもういいよ。イザベラさんも疲れたでしょ、一緒に休憩しよう」


 実際、僕は肩を凝っているわけでもないため、肩を揉まれても困るのだ。

 だから僕は、流石にイザベラが可哀そうになってきたため、この茶番を終わらせる事にした。


 そんな僕の一言に、イザベラは勿論、部屋の端で直立している配下の二人もほっとした様子だった。



「――むぅ、デイル甘い」

「まぁまぁミレイラ、仲良くしようよ」

「――デイルが言うなら、分かった」


 不満を漏らすミレイラに、僕が優しく頭を撫でながら説得すると、ミレイラは少し嬉しそうな顔をしてすんなり引いてくれた。


 そんな僕達の様子を見て、まるで電撃が走ったかのように驚くイザベラとその配下達。


 そして、後ろで僕の肩を揉んでいたイザベラが、そっと僕の耳元に顔を寄せてきた。



「デイルと言ったな――その、改めてこれから宜しく頼む」


 まるで何かを決心したように、少し頬を赤くしながらイザベラは、そう僕にだけ聞こえる声で囁いてきたのであった――。


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