8話「貸しポイント」

 色々あった一日だけど、ようやく休む事が出来る事に安堵した僕は自分のベッドへと潜り込んだ。


 すると、ずーんと身体全身に今日一日の疲労が押し寄せてくる。

 ああやっと眠れると、ようやく訪れた憩いの時間に果てしない喜びを感じながら、僕はそっと目を閉じる。




 ――ムギュ



 瞳を閉じる僕の背中に、何やら柔らかいものが当たる感触がした。



「……貸しポイント」


 そして、背中から少し不満そうな呟きが聞こえてくる。

 なるほど、そういえばそうだった。


 シャワーを浴びたらすっかり忘れていたっけ。



「はいはい」


 僕はそう言うと寝返りをうち、ベッドに忍び込んできたミレイラと向き合う。


 顔を合わせると、ミレイラはほんのりとその頬を赤く染めながらじーっと僕を見つめてくる。



「分かったから、後ろ向いて」


 僕がそう言うと、ミレイラは何も言わずにゴロンと寝返りを打つ。


 そして僕は、小さい頃よくしていたようにミレイラの背中から手を回した。


 こうして僕の手の中にすっぽりと入る形になったミレイラは、満足そうに俺の回した手をきゅっと握った。


 全くいつまで経っても子供だなぁと思っていると、そのまま僕の手を抱き寄せるミレイラ。

 すると、何やら柔らかいものに手が触れているような感触がしたのだが、これはきっと気のせいだろうと僕は邪念を払いながらさっさと眠る事にした。


 しかし、邪念の原因であるミレイラはというと、僕の腕の中が安心したのかすぐに寝息が聞こえてきた。


 やっぱり子供だなと思いながら、僕はそんなすぐに眠ってしまったミレイラを見て思わず微笑みながら、そのまま一緒に眠った。




 ◇



 目覚めると、昨日寝た状態とほとんど変わらない姿勢でミレイラは僕の腕の中で丸まっていた。


 スヤスヤと寝息を立てているため、どうやらこれは前回みたいに嘘寝ではなさそうだった。


 昨日の大仕事もあった事だし、やはりミレイラも疲れているのだろう。

 そう思った僕は、もう少しだけミレイラを寝かせてあげる事にした。


 ミレイラを起こさないようにそっとベッドから起き上がると、僕はする事も無いし気分転換のため朝の散歩をする事にした。



 外へ出ると、既に朝日は昇っていて気持ちの良い朝だった。


 僕は一度背伸びをしてから、せっかくだからこの街名物の朝市を見て回る事にした。


 周りを見渡すと、昨日の出来事なんてまるで無かったかのように、変わらずこの街には活気が溢れていた。


 そして、道行く人やお店の人々から口々に昨日のお礼を言われた。

 昨日のあれは全てミレイラのおかげなのだが、どうやら僕達はまだ勇者パーティーと思われているようで、昨日も勇者パーティーとして魔王軍の幹部の討伐にやってきた僕にもお礼を言ってくれているようだった。


 だからこれから先、いつか僕達がもう勇者パーティーじゃない事がバレたらみんなはどう思うんだろうな……なんて事を考えたら、僕は少し不安になった。


 今はこうして笑みを向けてくれる人々も、勇者パーティーじゃないと知ったらどんな顔をするかなんて分からないから。

 そんな事無いと信じたい自分と、ネガティブな考えをどうしてもしてしまう自分がいた。


 そんな事を考えながら、僕は朝市の中を一人歩いていると、突然前方に立つ人に声をかけられた。


 そしてその声は、僕がよく知っている人の声だった。



「デイル!デイルよね!?わ、わたしよ!アリシアよ!」


 そこに居たのは、前の街で別れたはずのアリシアだった。


 なんでここに?と思ったけど、きっとミレイラなら次の魔王軍幹部の討伐のためこの街へとやってくる事ぐらい幼馴染なら分かったのだろう。


 しかし、こうして僕の前に姿を現したのはどうやらアリシアだけで、カリムとガレスの姿は見えなかった。



「……一人?」

「え、えぇ、あれからわたし達は別々になったの……」

「どうして?」

「それは……その……言い合いになって……」

「……ガレスとも?」

「……ええ」


 そうか、結局力を失ってしまった三人は、あれから言い合いになって別々になってしまったのか。


 もう関係ないはずなのに、僕はそれが少し悲しかった。

 自分だけ切り離された事の悲しさと、かつての幼馴染の絆が完全に失われてしまった事への悲しみ。


 目の前で悲痛な表情を浮かべるアリシアの事も、正直これ以上見ているだけでも辛かった。



「ご、ごめんなさいっ!謝って済む話じゃないと思うし、本当都合の良い事を言うようだけれど、わ、わたしは小さい頃からデイルの事が――」

「アリシア!」


 僕は、今まさに絶対に言ってはいけない事を言おうとしたアリシアを強い言葉で止めた。

 自分でも、こんな声出せたんだと驚く程、その声には自分の中の怒りの感情が込められていた。



「それ以上は聞きたくない。もう全部遅いよ」

「ま、待ってデイル!置いていかないで!」


 これ以上、こんなアリシアを見ていたら僕も可笑しくなりそうだった。

だから僕は、色んな感情をぐっと堪えながらアリシアに背を向けて歩きだした。


 しかし、アリシアは泣きながら僕の事を追いかけてくると、僕の服をぎゅっと両手で掴んだ。



「お願い!もう一度一緒に!わ、わたし達幼馴染でしょ!?」


 そしてアリシアは、僕が一番聞きたくなかった言葉を言った。



『わたし達幼馴染でしょ!?』



 ――じゃあなんで、あの時僕を切り捨てる事が出来たの?


 自分でも、謝る相手に女々しい事を言っている自覚はある。


 それでも、これまで小さい頃からずっと一緒だった幼馴染に切り捨てられた僕の気持ちなんて、アリシアには分かるはずが……いや、今のアリシア達ならようやく分かったのかもしれないね。


 だから僕は、そんなアリシアの方を振り返って一言「もう遅いよ……」とだけ告げて、涙を流すアリシアを置いて再び歩き出した。


 僕の気持ちが伝わったのか、もうアリシアは追っては来なかった。

 一度振り返ると、アリシアの表情は焦りから絶望の色へと変わり、ようやく自分達が僕にした事を、そして先ほど自分が口にした事の残酷さを理解した様子だった。



 ごめんね、アリシア。

 でもアリシアならきっとやり直せるはずさ。


 だって君は、本当は根が優しくて、他人を思いやれる子だったはずだから。


 誤ったのは、ここ数年の話。

 勇者パーティーとして周囲に持てはやされて、力に溺れたこの数年だけだから……そう思う僕もまた、胸が張り裂けそうになる程辛かった。



 気が付くと、僕はアリシアから、そして現実から逃げるように走り出していた。


 急いで来た道を戻り、そして宿に戻るとミレイラの待つ部屋の扉を開けた。



 そして扉を開くとそこには、丁度起きたばかりの様子のミレイラが、ベッドの上で眠そうにぼーっとしていた。


 そして、



「デイル、どこに行ってたの」


 僕がいない事を不安に思ったのだろう、ミレイラは少しいじけた様子でそう聞いてきた。


 そんな、唯一変わらない幼馴染の存在に、荒んだ僕の心が少しずつ癒されていくのを感じる。



「……どこにも行かないよ。僕はミレイラの側にずっといる」


 僕がそう答えると、僕の様子がおかしい事に気が付いたのであろうミレイラは、優しく微笑んでくれた。



「わたしも、ずっとデイルと一緒だよ」


 そう言って、ミレイラは両手を開いて僕を迎え入れてくれる。

 僕はそれが嬉しくて、安心して、思わず泣きそうになりながらその腕の中へと飛びついてしまった。


 それから僕達は、今度は僕がミレイラに抱かれる形になり再び眠りについた。


 ミレイラの腕の中は、これまでよりずっと温かく感じられた。



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