9話「過ち」※アリシア視点

 わたし達は、12歳の頃突然神により力を与えられた。


 そして、その中でもカリムが勇者の力に目覚めた事により、わたし達は国王様より勇者パーティーとして魔王討伐の命を受けて旅立つ事になった。


 最初は、まさか幼馴染の自分達が世界を救う勇者パーティーなんて大きな使命を任された事に、みんな心が躍る思いだった。

 まるで物語の世界に入り込んだような不思議な感覚で、誰にも真似出来ない力を扱う事が出来る自分達ならきっと世界を救えるはずだとやる気に満ち溢れていた。


 でも、いつからだろう。

 その有り余る力を持つ事が当たり前になり、わたし達は次第に変わっていってしまった。


 わたしは、小さい頃からデイルの事が大好きだったはずなのに、わたし達より力を持たないデイルの事を、段々と疎ましくさえ思えてきてしまったのだ。


 その気持ちは、わたしのみならず全員日に日に強くなっていった。

 そしてその頃には、わたしは恋愛ってなんだっけ?と分からなくなってしまっていた。


 だからある日、その事をガレスに相談してみたのだ。

 これからわたしはどうしたらいいのかと。


 最初はガレスも、幼馴染のわたしに親身になって相談に乗ってくれていた。

 けれど、わたしの思いを寄せていた相手がデイルだと知ると、ガレスは露骨に不快感を露わにした。


 そして、ガレスはデイルなんかより俺にしろと迫ってきた。

 最初は、ただでさえ恋愛が分からなくなっているのに、そんな状態で別の人となんて考えられなかったわたしは、ガレスの申し出を断り続けていた。


 けれど、日に日に募っていくデイルへの不信感と、ガレスの「釣り合った関係じゃないと、恋愛はできない」という一言に押し切られたわたしは、ガレスと付き合ってみる事にしたのだ。


 それからは旅の最中、二人で抜け出しては二人きりの時間を過ごした。


 最初は何の感情も無かったけれど、一緒に居るうちにガレスの言う通りだと思うようになっていた。



 釣り合った関係じゃなくなったから、わたしはデイルへの想いが分からなくなってたんだ――。


 その事に気が付いたわたしは、その晩ガレスと初めてのキスをした。


 でも、次の日の朝何も変わらず微笑んでいるデイルを見て、わたしは胸の奥がチクりと痛むのを感じた。

 もうデイルへの気持ちは無くなっているはずなのに、昨晩ガレスとキスした事を知られたくないと思ってしまう。


 それと同時に、もうわたしは元には戻れない事を悟った。

 わたしの初めては、デイルではなくガレスにあげてしまったのだから……。


 それからは、ガレスへの気持ちはあるものの、キスをする事は無くなっていた。

 ガレスも、最初はゆっくりでいいと言ってくれていたけれど、段々と痺れを切らしている事が分かった。


 そしてガレスは、その原因はデイルにある事に気が付いた。

 デイルが居るから、わたしが悩んでいるのだと――。




 そんな中、ついに魔王軍の幹部との戦いがやってきた。


 これまでわたし達は、特に苦労も無く全ての戦いに勝ち続けていた。

 この神に祝福された力があれば、どんな相手でも倒せると思い込んでいた。



 ――しかし、その魔王軍の幹部の持つ力は絶大だった。


 カリムの聖剣も、ミレイラの魔術も致命傷には至らず、そしてガレスの盾も突破されてしまったのだ。

 わたしは必至に治癒魔術をみんなに使い続けたが、やがて限界が訪れた。



 絶体絶命の状況だった。

 そしてボロボロのわたし達の脳裏には、初めての『死』がよぎった。


 嫌だ、まだ死にたくない――

 そう思ったわたし達は、なんとかここから逃げ延びる術を探した。



 ――そしてわたし達が咄嗟に出した答えは、生贄を作る事だった。


 わたし達にはこれからがある。でも、デイルは――


 今になって思えば、とんでもない考えだった。

 それでもわたし達は、なんとかその場から逃げ延び、次こそは必ずこの魔を討つ使命があるから仕方のない犠牲だとあの時は本気で思ってしまったのだ。


 でもそれは、ただの言い訳。

 一度好きになった相手を見捨てて逃げ出すなんて、本当にあの時のわたしは頭がどうかしていたと思う。

 それだけ、自分達の持つ力に溺れていたということなのだろうけれど、根っこの部分まで薄汚れてしまっていた自分に嫌気が差す。



 ――でも、その時だった。


 わたし達が行動を開始しようとしたその時、既に魔力が尽きかけていたはずのミレイラだけはその場を動かなかった。


 そして、突如これまで見た事も無い大魔術を魔王軍目がけて放ったのである。


 その大魔術により形勢は一瞬にして逆転し、満身創痍状態となった幹部にカリムがとどめの一撃を加えた事で、何とかわたし達は勝利を収める事が出来たのであった。



 そうして九死に一生を得たわたし達は、それから更に関係が変わっていった。

 カリムはミレイラに入れ込むようになり、ガレスは戦闘に参加できないデイルへの苛立ちを強めていた。


 わたしも、一瞬でも死がよぎったあの瞬間を思い出すだけで身体が震えだし、そしてガレスと同じように何も出来なかったデイルへの不満が強まっていた。


 けれど、最初からデイルは幹部との戦いはまだ早いと反対していたし、道中はデイルのおかげで最短ルートを選択して少ない消費でアジトまでたどり着く事が出来たというのに、わたし達は自分達の力に溺れてデイルの話に一切耳を貸さなかったのだ。


 その結果があのざまであり、そしてわたし達は幼馴染であるデイルを見捨てようとした――。


 デイルを見る度、わたし達はその事を思い出してしまう。

 それも強いストレスになり、ついに限界になったわたし達はあの晩を迎えてしまう。



 ――デイルをパーティーから追放しよう


 満場一致だった。

 どのみち、これからの戦いにデイルは不要だと。



 だが、まさか不要なのはデイルではなく、わたし達の方だとは思いもしなかった。


 祝福していた神とは実はミレイラで、そんな驕ったわたし達から与えた力を取り上げたミレイラは、デイルと共にわたし達の前から去って行ってしまったのだ。



 そして、力が無くなり残されたわたし達はというと、これからどうしたら良いのかと途方に暮れていた。


 これまでの経験により、国の兵士達や冒険者に比べるとまだ力がある。


 でも、それだけだった――。


 再び冒険者からやり直そうと言うガレスに対して、勇者としての肩書が重荷となり渋るカリム。


 結局二人の意見は最後まで交わる事はなく、最終的にはあっさりと別々の道を進む事になってしまった。


 そして、ガレスはわたしに当然ついてくるだろ?と言った。

 でもわたしは、その申し出を断った。


 わたしは、もうこんな状態で旅なんて出来ないと思ってしまったのだ。

 そして、力を失い元のただのアリシアに戻ったわたしは、ガレスへの気持ちもよく分からなくなってしまっていた。


 でもそれはガレスも同じだったようで、断るわたしに一瞬驚いてはいたが、すぐに「そうかよ」と一言残して去って行ってしまった。


 そうして一人になったわたしは、気が付くとデイルの後を追っていた。



 まずはこれまでの事を謝らないと。それからわたしは――。


 大丈夫、きっと優しいデイルなら許してくれる。

 あれだけ近くにいた幼馴染のわたしをデイルが見捨てるはずなんてない、そう思っていた。


 けれど、数日ぶりに会ったデイルにわたしは拒絶されてしまった。

 そして、わたしはデイルに対してとても残酷な事をしていた事にようやく気が付いたのであった。



 先に見捨てたのは自分なのに、本当に馬鹿げた話だった。


 もう取り返しの付かないところまで進んでしまっていた事に、馬鹿なわたしは去っていくデイルの背中を見てようやく気付いたのであった。


 人前でみっともなく泣き喚いたわたしは、もうこれ以上かく恥も無かった。

 だからわたしは、一先ず故郷へと帰る事に決めた。


 まだ傷は癒えないし、本当に馬鹿げた過ちが理由で勇者パーティーじゃなくなってしまった事を親に報告するというのは、凄く恥ずかしいし、怖い。


 それでもわたしは、すべての過ちを受け入れたうえで、再びゼロから始めるしかないと思った。


 そしていつか、胸を張って再びデイルと会えるような人間になろうと心に誓った。


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