4話「魔王軍襲来」

「た、大変だっ!!」


 丁度食事を終えたその時、一人の男性がそう叫びながら慌てた様子でバンと店の扉を開けた。


 そのただ事でない様子に、お店の中にいた人は全員驚いてその男性の方を振り向いた。



「監視からの伝達だ!ま、魔王軍がこの街へ向かって進軍を開始したとのことだ!!」


 な、なんだって!?


 それは、聞くまでもなくこの近くにいるとされる魔王軍幹部の一団と思って間違いないだろう。


 その報告を受けて、さっきまで楽しそうにお酒を飲んでいた冒険者達の顔付きが一瞬にして変わった。


 そして、すぐに脇に置いていた武器を手に取ると、そのままゾロゾロと店から出て行ってしまったのだ。


 その表情は、決して逃げるための顔付きではなく――これから戦いに出向く顔付きだった。



「ど、どうしよう」


 でも僕は、思わずそんな弱気な言葉を口にしてしまった。

 魔王軍の幹部相手に勝てる保証なんてないどころか、前回の戦いを考えるとこれだけの冒険者が束になっても恐らく不利だと思われるからだ。


 それに僕達も、もう勇者パーティーではないのだ。

 いくらミレイラの魔術が強力でも、僕と二人だけでどうにかなる相手かというと……五分五分、いや、それよりも若干分が悪いといったところだった。



「大丈夫、わたしが全て蹴散らす」


 しかしミレイラは、前回ギリギリの戦いだった事を忘れてしまったのか、そう言っていつもの無表情で立ち上がると、冒険者達に続いて扉へ向かって歩き出したのであった。


 僕は慌ててミレイラのあとに続くと、まずは自分に出来る事からやろうと思い直し、表の木にとまっていた一羽の烏をテイムしそのまま魔王軍の観測を行った。


 烏の目を通して状況を確認すると、既に街の兵士達、それに冒険者を合わせた一団が、魔王軍の使役する魔物達と既に戦っていた。


 魔物相手のため現在若干こちらが優勢のようではあるが、それでもこちら側の被害も決してゼロではなく、そこには悲惨な光景が繰り広げられていた。



「デイル、急ごう」


 僕の表情を見て大方の状況を理解したミレイラは、すぐに魔術で僕の身体を浮かすとそのまま現場まで飛び立った。



 ◇



「デイル、わたしに捕まって」


 上空から戦場を見下ろしながら、ミレイラはそう呟いた。


 僕はその一言で、これからミレイラが何をするのかすぐに理解し、言われた通りミレイラの両肩に手を置いた。



「――サンダーストーム」


 ミレイラはそう詠唱すると、手に持った杖を魔物の集団目がけて振り下ろした。


 すると、杖の先端から雷を帯びた竜巻のような暴風が飛び出し一気に魔物達を襲った。


 兵士と冒険者の一団も、急に上空から暴風が巻き起こった事に驚き、ぽかんと上空を見上げていた。



「おぉ!あれは勇者パーティーのミレイラちゃんじゃねぇか!」

「やっぱ噂通りすげーなぁ!!」


 そして、それがミレイラの魔術によるものだと分かると、全員から一気に歓声が沸き起こった。


 こうして、ミレイラの大魔術により一気に魔物の数が減り優勢になった事で、残りの魔物を一団が始末するのにはそれ程時間を要さなかった。


 でも、これで終わりなわけがない。

 この場をミレイラに任せていた僕は、魔王軍の中心へ飛ばしていた烏の目と再びリンクし状況を確認する。


 するとそこでは、魔王軍側も異変に気が付いたように慌てている様子が見えた。

 そして、魔王軍の幹部と思わしき魔族が立ち上がると、本軍をこちらへ向けて出立させるのが確認できた。


 だから僕は、急いでミレイラとこの場にいる全員へ状況を伝える。



「魔王軍の本軍が行動を開始しました!その数およそ100人前後!こちらへ向かってきます!」


 僕の言葉で、この場にいる全員に一気に緊張が走る。


 魔族を相手にするというのは、先ほどまでの魔物と戦うのとはわけが違うのだ。


 魔族も人間と同じように知識と意思を持っているため、魔物と戦うよりも当然読み合いが必要になる上、基本的に人間より魔族の方が全ての基礎能力が高いのだ。


 普通の魔族で危険度C、一部の上位魔族は危険度A~B、そして魔王軍幹部にもなるとその危険度はSとされている。


 この危険度のランクとは、そのまま冒険者のランクとイコールを意味している。

 つまりは、普通の魔族1人を相手にするのでもCランクの冒険者パーティーが必要という事だ。


 それだけ魔族というのは凶悪な存在であり、かつ現在そんな魔族が混合でおおよそ100人程こちらに進軍を開始しているのである。


 まさに絶体絶命の状況と言えるだろう。



「ふん、報告出来た事は褒めてやる。だがもう、お前たちの出番は不要だ」


 そこへ、先ほどお店で絡んできた叩き上げ一家の面々が遅れてやって来た。



「そんじゃ、さっさと蹴散らしますかっ」

「支援は任せて下さい」

「……あ、あんな魔術、わたしにも扱えるさ」


 他の3人も、どうやらやる気満々のようである。

 相変らず棘のある言い方をしてきたが、魔族が100人と聞いても全く臆する様子が無いのは、素直に凄い事だった。


 この街は必ず自分達が守るという意思のもと、行動している事が伝わってきた。


 そして、叩き上げ一家と遅れてやって来た冒険者達を混ぜたこちらの一団は、迫りくる魔族達との戦いの第2ラウンドへと突入するのであった。



「デイル」

「どうした?ミレイラ」

「下は危険。わたしにもっとしっかり掴まってて」

「え?どうやって?」


「簡単。後ろから手を回して、わたしを優しく抱きしめてくれればいい。そしたらわたしの魔力は、100倍に膨れ上がる仕組みになっている」


 こんな状況なのに、訳の分からない事を言い出したミレイラ。


 その全くもって緊張感の無いミレイラに思わず笑ってしまった僕は、「分かったよ」とここは言われた通りミレイラに後ろから抱きつく形でしっかりとしがみ付く事にした。



 ――それじゃあミレイラさん、100倍火力でよろしくお願いします!


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