2話「北の街」
多分、もうお昼時を過ぎた頃だろうか。
僕は未だに、ミレイラが魔術で魔改造したのであろう謎のフカフカなテントで横になっている。
今日起きるのは、これで2回目だ。
最初に起きた時は、隣で僕に抱き付きながら気持ち良さそうに眠っているミレイラを起こすのは悪い気がして、僕も色々あった疲れもあり二度寝をしてしまったのだ。
そして今2回目の起床をしたわけだが、ミレイラは1回目の時と何も変わらない様子で、隣で僕に抱き付きながら眠り続けていた。
だから僕は、仕方ないからそんなミレイラの頬っぺたをぎゅっと摘まんだ。
「……いちゃい」
「おはようミレイラ、起きてるよね」
「……まだ寝てる」
起きてるじゃないか。
僕は、謎の寝たふりをするミレイラの事を起こすと、よいしょと立ち上がった。
それから外の様子を確認するためテントの外へ出ようとする僕の足首を、ミレイラは寝転がったままの状態でガシッと掴んできた。
こうして、とても寝起きの人とは思えない程の握力で足首を掴まれた僕は、身動きが取れなくなってしまった。
「待ってデイル、大変」
「ん?どうかした?」
「昨日魔力を使いすぎて枯渇してしまった。だからあと半日は横になっていないといけない」
うん、魔術が使えない僕でも分かる。嘘だ。
それに半日もこのままで居たら、結局また夜になってしまうじゃないか。
「そうだ、ミレイラ」
「なに?」
「今からすぐに支度したら、借りポイントを1点あげるよ」
僕は動こうとしないミレイラを起こすため、必殺技を使用する事にした。
――借りポイント
これは、僕とミレイラが小さい頃から二人でやり取りしてるポイント制の事だ。
ポイント制と言っても、お互いに何かして貰ったら『借り』が出来たという事で相手に1ポイントを渡すというだけの話だ。
ちなみに、このポイント1点毎に、相手は一つ言うことを聞くというのが僕たちのルールになっている。
あとは、一度に使用するポイント数に応じて、お願い事出来るレベルを上げれるといった具合だ。
だから僕は、起きようとしないミレイラを動かす代わりに、ミレイラも僕に一つ言うことを聞かせられるようにこの借りポイントを与えるというフェアな提案をしてみた。
よく考えると、フェアじゃなくて一方的に僕が損しているような気もするけど良しとしよう。
するとミレイラは、さっきまでの自称魔力枯渇状態が嘘のように、普通に何事も無かったかのようにすくっと立ち上がった。
「デイル、支度する」
そう言って、ミレイラはとても寝起きとは思えないしっかりとした足取りで、先にテントから出て行ってしまった。
僕はそんなミレイラの背中を眺めながら、やれやれと笑うしかなかった――。
◇
野営の片づけを終え、それから僕たちは北の街目指して歩いた。
そして、あのタイミングで移動を開始したおかげで、日が落ちる前になんとか北の街バーデンへと到着する事ができた。
北の街バーデン。
この街は漁業が盛んな街で、とにかく活気が良い事で有名だ。
それは噂のみならず、まだ日が昇っている時間帯にも関わらず、既に街のあちこちでは楽しそうにお酒を飲む人々で溢れ返っていた。
「うお!?もしかして勇者様御一行かっ!?」
「おいマジかよ!酒持ってこい!今日は宴だっ!」
僕たちがバーデンに到着するや否や、僕たちの存在に気が付いた酔っぱらった人々が次々に騒ぎ出した。
「生ミレイラちゃんを生きてるうちに拝めるなんて……感動で死にそうだぜ……」
「分かる……乾杯!!」
ミレイラを見ただけで、涙を流しながら乾杯する人まで現れていた。
今まで色んな街へ行ったけど、たしかにこの街は噂通り一番活気に溢れているかもしれないな。
「とりあえず、宿をとろうか」
「分かった」
人で溢れている事もあり、部屋が埋まる事は無いと思うが僕達は早めに今日の宿を探すことにした。
「デイル、あそこは?」
宿を探して暫く歩いていると、ミレイラが宿らしき建物を見つけた。
よし行ってみようという事で、僕たちはその建物の扉を開けた。
「いらっしゃぁ~い!あら?あらあらあら~ん!?もしかして、勇者様御一行のミレイラちゃんとデイルくん!?うっそぉ~ん!まさか会えるなんて感激ぃ~!」
扉を開けると、筋肉ムキムキで髭がクルンと綺麗にカールした店主が駆け寄って来た。
しかし僕は、そのあまりにも強すぎるキャラに気圧されてしまいすぐにこの店から引き返そうとしたのだが、そんな僕の腕をガシッと掴んだミレイラにより逃げ出す事は許されなかった。
「わたしとデイル、今日の宿を探している」
「あらそう?じゃあうちに泊まっていきなさぁ~い!お安くさせて頂くわぁ!」
両手を握って、腰をフリフリしながらもちゃんと部屋を貸してくれる様子の店主のおかげで、一応なんとか今日の宿を確保する事が出来そうだ。
「今お部屋確認するわね!え~っと?あらぁ……ごめんなさい、最上級の部屋は今一部屋しか空いてなくてぇ、ワンランク下がっちゃうお部屋なら二部屋ご用意できる状態ねぇ~」
申し訳なさそうに、店主さんは空き状況を教えてくれた。
とりあえず、ちゃんと仕事はしてくれている事に安心した僕は店主さんに伝える。
「いえいえ、お部屋はどちらでも構いませんよ!では、その空いてるお部屋を二部――」
「最上級を一部屋」
僕の言葉を遮るように、最上級の部屋を借りようとするミレイラ。
うん、このパターン覚えがあるぞ。
「デイル?二人なんだからこれからは同じ部屋に泊まる。そっちの方が経済的」
いや、経済的というなら、そもそも最上級を借りるのは違うんじゃないだろうかミレイラさん。
「で、でもミレイラは女の子なんだから、いつも男の僕と一緒じゃ色々困るでしょ?」
「困らない」
「いや、でも着替えとかさ――」
「困らない。見せたい」
「でも……え、見せたい!?」
み、見せたいってなんだ?
だがミレイラは、そんな僕の事を置いてそのままさっさと部屋を借りる手続きを終えてしまっていた。
こうして僕は、またしてもミレイラと同じ部屋に泊まる事になってしまった。
これはもう、今だけでなく今後ずっとこのパターンは続きそうだなと、僕は半ば諦めていた。
「デイル、今日は沢山歩いた。ちょっと休もう」
「それはそうだね、正直僕も疲れたよ」
ミレイラの提案に僕が頷くと、一瞬ミレイラの目の色が変わった事を僕は見逃さなかった。
こうして僕は、案の定食事の時間までミレイラ専用の抱き枕として同じベッドで横になったのでした。
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