第一章

1話「新たな旅立ち」

 次の日。


 僕はミレイラと共に、泊まっていた宿を出た。


 一度立ち止まり、すっかりお日様が昇って明るくなった空をぼんやりと眺めながら、僕は昨日あった出来事を思い出した。



 これまで、打倒魔王を掲げて共に旅してきた幼馴染たちに突然追放されてしまったこと。


 まさかのガレスとアリシアが付き合っていたこと。



 そして、そんなパーティーを一緒に抜けて、僕と共に居ることを選んでくれたミレイラのこと。



 隣を向くと、ミレイラはいつも通りの無表情で前を向いて立っていた。


 そんな、昨日は色々あったけれど以前と変わらない様子のミレイラが居てくれるおかげで、僕は正直ほっとしていた。


 みんなとは離れてしまったけれど、それでも変わらずに隣に居てくれるたった一人の幼馴染の存在が、僕は嬉しくてたまらなかった。


 でも僕は、昨日ミレイラが言っていた事を思い出す。



『そんなの簡単。わたしが神だから』



 そう、ミレイラは自分のことを神だと言ったのだ。


 そして確かに、ミレイラはこれまで見たこともないような人知を超えた魔術を使ってみせた。


 それこそ、神でなければあり得ないような異次元の魔術を。



 じゃあ本当にミレイラは……そんな考え事をする僕の様子に気が付いたミレイラは、僕の顔を見ながら不思議そうに首を傾げていた。

 そのクリクリとしたキレイな瞳で真っすぐ見つめてくるミレイラの顔に、僕は思わずドキッとしてしまった。



「デイル、どうかした?」

「い、いや!なんでも無いよミレイラ!」


 まさかミレイラの事を考えていたなんて言えない僕は慌ててそう返事をすると、一言「そう」と呟くと、興味を無くしたように再び前を向いたミレイラ。


 フゥと僕は一安心していると、前を向いたミレイラは突然僕の手を握ってきた。



「それじゃあ、行こう」


 そう言って、ミレイラは驚く僕の手をそのまま引っ張りながら歩き出してしまった。


 こうして、いきなりミレイラに手を引かれる僕。


 そんな僕の手を取りながら前を歩くミレイラの頬は、変わらず無表情ながらも少しだけ赤く染まっていた。




 ◇



「今日は二人かい?頑張ってくれよなっ!」


「わっ!生ミレイラちゃん!?やっば!!」


「デイルくんだ、あの母性擽る感じがたまらないわよねぇ~」


 街を二人で歩いていると、次々と街行く人達から声を掛けられる。

 僕たちは勇者パーティーとして活動を開始して以降、こうして各地の人々から応援や羨望の眼差しを向けられる事はよくあることだった。


 だから、歩いているだけで周囲から声をかけられてしまう事にはもう慣れている。


 だが、昨日僕たちが勇者パーティーを抜けたことなんて知らない街のみんなから、口々に応援をされてしまうのはなんだかとても居たたまれない気持ちになってしまった。


 だってもう僕は、勇者を支える存在ではなくなってしまったから……。


 そんなことを考えていると、急に立ち止まったミレイラが僕の方を振り向き、そして僕の気持ちを読み取ったように「大丈夫、気にしないでいい」と一言フォローしてくれた。


 そのミレイラの一言に、僕はまたしても救われてしまった。

 本当、ミレイラにだけは感謝してもしきれないぐらい助けられてるなぁと、少し胸にじんと来るものを感じた。



 それから僕たちは、カリム達の居るこの街は早く出た方がいいだろうという事で、旅の荷物を買い込むとすぐに街から抜け出す事にした。


 力を失ってしまったカリム達の事が気にならないと言ったら嘘になる。


 でも、捨てられたのは僕の方なんだ。


 だから僕は、そんなかつての幼馴染み達の事よりも、これからの自分の事を考えるように頭を切り替えた。


 しかしそれもこれも、こうしてミレイラだけは変わらず幼馴染として変わらずに僕と接してくれているから出来る事だった。

 きっと本当に一人だったら、僕は昨日受けたショックに押しつぶされていたに違いないから……。



「デイル、次は北の街を目指そう」

「え?いいけどそこは魔王軍の幹部が近くに居るから、次の攻略対象として挙げていた街だよね?」

「そう、わたしはカリム達から力を返してもらった。だから、わたしが処理しないとみんなが困る」


 そっか、そういう事なら。


 たしかにカリム達が戦えないとなった今、それに準ずる……いや、それ以上の力を持つミレイラしかもう太刀打ちできる存在は居ないと言っても過言ではなかった。


 でも僕は、そんな勇者の力すらも実は与えていたのだというミレイラの底知れなさが、少しだけ怖かった――。


 今隣に居るミレイラは、本当に小さい頃からずっと一緒にいるあのミレイラなのか、僕はなんだか少しだけ不安に思えてきてしまったのだ。



 でも、それでも僕はミレイラの事を信じると誓ったんだ。


 だから、何があっても僕だけはずっとミレイラの幼馴染としてずっと隣に居続けようと再び決心した。




「デイル、考えごと?」


「う、うん、ごめんちょっとね……」


「そう、分かった」


 そんな僕の様子が可笑しいことに気が付いたミレイラだったが、僕が言葉をはぐらかすとそのまま気にする様子も無く再び無表情で先を歩き出した。




 ◇



「デイル、今日はあの森で野営しよう」

「うん、そうだね」


 それから暫く次の街を目指して歩き続けた僕たちは、先に見える森の中で今日は野営する事にした。


 テントセットについては、魔道具の中に収納しているため問題ない。

 だが、今まではパーティーのみんなで一緒に野営していたから良かったのだが、今はミレイラとたった二人きりなのだ。


 僕はそんな事を意識してしまうと、急に顔が熱くなってくるのを感じた。



 ――あれ?これちょっと不味いのでは?


 そう思っても、もう二人きりになった現状、どうしようもない事だと受け入れるしかなかった。


 まぁ昨日も一緒のベッドで寝たんだし、な、なんとかなるよね!?と思いながら、僕はテントの準備をした。






 そして、夜になった――



 食事を終え、燃える焚火を二人で眺めながらぼーっと座っていると、珍しくミレイラの方から声をかけてきた。


「デイル、もう夜も遅い。そろそろ寝よう」

「ん?まだそんなに経っては……うん、じゃあ僕が周囲を見張っておくから先に休んで!」


 ミレイラも疲れているのだろう。

 周囲にはミレイラの結界魔術が張り巡らされているため、もし魔物が現れてもよっぽど内側は安全と言える。


 だが、それでも以前は万が一に備えて交互に見張りを置いて周囲を警戒するルールでやっていたのだ。


 だから僕は、ミレイラを先に寝かせてる間は警戒役に回る事にした。



「今は力があるから、以前の10倍の結界を張った。これなら魔王でも簡単には入って来れない。ついでに、魔物が近づけば燃え尽きるように魔術も仕込んでおいた。だから大丈夫、デイルも一緒に寝よう」


「じゅ、10倍!?」


 それに、魔物が燃え尽きる結界ってなんだ!?


 そんなあり得ない説明をするミレイラは、少し頬を赤く染めながら驚く僕の腕を掴んだ。



「わっ!ちょっ!ミレイラっ!?」


「大丈夫、昨日も一緒に寝た。今日も寝るだけ」


 こうして、またしてもこんな力あったっけ?という凄まじい握力で僕の腕を掴みながら、そのまま僕をテントの中へと引きずり込むミレイラ。


 寝袋が置かれていたはずのテントの中は、何故か全面がフカフカのベッドのようになっていた。


 ミレイラはそのまま僕を引っ張って倒れさせると、お互いの身体の汚れを落とすように浄化の魔術を唱えた。


 すると、一瞬で身体と服の汚れや汗が消え去っていった。


 本当魔術って便利だな……って、それどころではなかった。


 「これでよし」と呟いたミレイラは、そのまま昨日と同じように僕の事を抱き枕にして抱きついてきたのであった。



 あぁもう、分かったよ……。


 そんな、今日も強引なミレイラに観念した僕は、またしてもミレイラ専用の抱き枕役を引き受ける事にした。



「デイルの匂い……落ち着く……」


 僕に抱きつきながら、目を閉じて幸せそうな表情を浮かべるミレイラ。


 そんな幸せそうなミレイラを見ていたら『まぁいっか』と思えてきた僕は、少し早いけど今日はそのまま一緒に眠る事にした。


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