10.物事は無為不言では成り立たず

「そ。んじゃちゃっちゃと済ませちまいな!明日からでも行きゃいいさ」




 店を閉める時、カイリはウネに本日あったメトロの要件を離すと、ウネはつっけんどんな言い方でカイリにそれを放任した。




「いやバーちゃん、別にすぐにとか急いでる訳じゃねーんだ。都合が合う日ならいつでもいいし一人ずつゆっくり……」


「甘いね~あんたは!そうやって先延ばしにしてると先方からの信頼なんてすぐ無くしちゃうモンなんだよ。出された課題はすぐやる!!ウチのことは気にすんな!」






 カイリはウネにそう言われると、「分かったよ」とだけ言い残して自分の部屋に戻る。ウネは飯屋とますの暖簾を仕舞おうとする。すると…




「おや?あんた達いたのかい」






「どもっス、おばさん…」


「こんばんはウネさん」




 店の前には、聞き耳を立てていた常連のグラムとレンが。
















「覗き見なんてヤだねえ、はいお茶」




 店は閉めたが、二人を店内のテーブルへ招き緑茶を出す。






「どもっス………おばさんはカイリくんから話、聞いたっスよね?お店の事もあるし…どうなのかなって」


「お茶おいし…」






 茶に満足しているグラムは置いといて、カイリの受けた依頼についてウネの見解を求めるレン。


 血の繋がった孫を心配するのは当たり前なのだが、ウネはその素振りを見せないことにレンはやや不可解に思っているようだ。








「……あたしはね、あの子が好奇心持って行動してるって思うと嬉しいんだ」


「えっ…」






 "粛正"によって逃げざるを得なくなったカイリの父であり実の息子ツラヌキ。


 実父の、言うなれば両親のいない孫カイリとは寂しく思う境遇も一緒であり、なるべく一緒にいてあげたいと双方が思っているはず。




 だが、実はそれが彼を一番縛り付けているのではないか、とウネは言う。




「あたしゃあいつを応援してあげたい訳よ、たったひとりの孫だし。地上に出てみたいとかはお上に咎められてるけども…あいつが自分から行動したいなんてそうそう無いからね。でも、あいつは意地でも家族を放っておいてどこかへ勝手にほっつき歩くような人間じゃないからね」


「なるほど………」


「誰に似たんだかね、優しすぎるんだよあいつは」










 グラムが茶のお代わりを所望し、あいよと承りカウンターへ淹れに行くウネ。その背中はどこか寂しそうではある。








「あいつが行くって言ったときは着いてってくれんのかい。守ってくれんのかい、お二人さんは」








 グラムの湯飲みに茶を淹れなおしたウネは二人を見る。


 その目線はキッと厳しい。






「もちろん行きますよ!!カイリのボディーガードとして!友達として!!」


「自分も!自分も、学校休んで行きまっス!!」






 胸をどんと叩いて自信ありげにボディーガードを自称するグラムと、それに続くように相応の覚悟を見せるレン。










「……あんたらがウチの孫の友達になってくれて、嬉しいねぇ…頼もしいや」




 日は暮れ、ホログラムの"偽りの月"が夜を照らす。


























 数日後。


 カイリとレン、グラムの計三名は『駅』からリニアモーターカーに乗り、T地区に向かう。T地区のSIが住まう住所も事前に手に入れており、準備万端。






 T地区_______


 地上時代の北米の血を受け継ぐ者が多く、人種も多様である。他地区に比べて治安はマシな方だが、M地区のように全て安心していい訳ではなく、裏路地に入ればどうなるか分かったものではない。






「おお………」


「すっげ」


「駅おっきーい!!」






 駅に着くなり発する三人の感嘆の声。T地区のプラットフォームは他地区よりもスケールが大きく、施設内も販売店やサービス等が充足している。






 駅から出ればそこは大都会。


 スクランブル交差点には3Dホログラムの道路標識、ストリートには様々な人種の人間で溢れかえり、大広場には電子端末で待ち合わせをしている方々が屯たむろしている。








「なんか……M地区とはまたえらい違うな」


「ザ・都会って感じがして眩しいくらいっス……」




 カイリとレンは大広場でそう話しながら、グラムの露天でのフランクフルトの購入を待っている。








「こぉんなに買っちゃった!」




 バゲット一杯のフランクフルトにご満悦のグラム。これだけの量を買われてその店は売り切れただとかなんとか。








「さて……今からT地区の代表に会いに行きたい訳だけど…」


「この書いてる住所なら結構近くなんスけど、裏路地通らないとだから…迂回した方が」








 現在地からは決して遠くないその住所は裏路地さえ通り抜ければ近い方だが、この地区の治安の噂を考えるとやや通り難く思わされる。迂回すべきなので、一旦そのルートを電子端末で検索してみることに。








「こ、工事中」


「また更に迂回しなきゃっスね……」


 面倒なことにメインの迂回路の間には工事中のマークが。面倒だが更に迂回するしかなさそうだ。






「おにーさんたち、どしたの?」








 ふと足元を見れば、小学生?幼稚園児?程度の背丈の白色のローブを羽織った少年がカイリとレンの間に立っていた。耳元の派手なピアスがキラリと目立つ。






「おっ?おお、なんだ少年」


「おにーさん達、行きたい所、あるんでしょ。顔に書いてるよ」




 何を知りえたのか、少年は一向の目的を看破してくる。








「裏路地の中でしょ?安全な道、案内してあげてもいいよ。行く先いっしょだし、僕の道の方が早く着くと思うよ」


「ホントっスか!」




 それは助かるっス、と快く案内してもらおうとするレンだが…カイリはそこで一旦レンに耳打ちする。








「(鵜呑みにして良いのか?言ってただのガキンチョだぞ、裏路地ならとくに。罠かもしれん)」


「(疑り過ぎっスよ!善意で案内してくれるなら良いじゃないっスか。カイリくんも早く着いて説得して戻ってこれるなら良いでしょ?)」






 カイリとレンはこそこそあーだこーだ言ってるうちに、グラムはバゲットに詰められたフランクフルトを平らげてしまっていた。






「おにーさーん。着いてこないなら置いてっちゃうよー」


「カイリ!この子案内してくれるってーー!!はやく!!!」






 グラムは勝手に少年に付いていき、カイリ達を仰ぐ。


「あ、ああ。しゃーねえ付いてくか…」






 急かされたことに折れ、三人は少年の言う通りの道をついて行く。しかし…








「おいおい少年…この狭い隙間通るのか?流石に慣れてるとかでもちょっと……」


「大丈夫。間違えずに着いてきてくれれば無事に着くよ」




 少年は先頭に立ちするすると裏路地のその狭い建物同士の間を掻い潜るように歩き抜ける。


 まっすぐついていくグラムと半信半疑で少年について行く二人だが、不思議と不審な人物を見かける事はなかった。
















「ほら、この辺りでしょ?その住所」






 かかった時間は30分。迂回路のルートで行けば2時間以上は掛かったであろう道を、入り組んだ道で4分の1の時間で切り抜けることが出来た。当の住所の場所は裏路地内の建物の階段を登って扉を開けた中のようである。






「ちょっと疲れたけど、なんとか着いたな…」


「そうだね〜…でもあそこの部屋の電気付いてないし、もしかしたらセカンズ居ないかも」




「セカンズ?」




 裏路地にてとある建物を指しながら、グラムは「セカンズ」という名前を出した。


 おそらくそのSIのメンバーの名前であろう。






「うん、その人結構普段はあそこに居るときは電気が着いてるんだけど…着いてないからあそこの部屋に今はいないね」


「じゃあここまで来ても、また帰ってくるまで待たないといけない訳かよ……」






 カイリはその事実に項垂うなだれた。










「…ぷっ、あははははは」


 突如笑い出す案内役の少年。






「おい少年。何がおかしいんだ」










「どう見てもおかしく思わないのか?少年たちよ」




 急に案内をしてくれていた少年の口ぶりが変わった。


 見るや、少年の身体は骨格が大きくなり、腕や脚も少年のか弱い肉付きから強靭な大人のスリムでマッシヴな肉体に変わっていく。










「おおおお……」


「あれ、もしかして…」




 ただただ驚くしかないカイリとレンに対し、何かに気づいたようなグラム。












「セカンズじゃない?」






 少年の肉体、それに伴って服装は大人の恰好へと変貌し、その人物はささっと指輪や追加のピアスなどの装飾品を上着の内ポケットから取り出し身につける。






「ご名答!!久しぶりだなグラム!そっちの二人は、初めまして。俺がセカンズだ」








 この青色のスパイラルパーマの髪型と派手な装飾品が目立つ彼こそが、カイリらの探していたT地区代表のSI、セカンズである。




















「なんか似てると思ってたんだよねー!ほんと久しぶり!」


「そういう事気づいたなら言ってくれや…」








 あははー、と健気に笑うグラムに対して、カイリはため息。


 今現在、カイリたちがセカンズによって案内された場所は裏路地の中のとあるアジト。セカンズは常にそこに身を隠しているそうだ。日光のあまり差し込まない、蛍光灯だけが頼りの殺風景な居場所だ。


 なぜそんな辺鄙へんぴなところに住んでいるか?その答えはこうだ。






「いろんな奴に恨み持たれてるからな」


 警察の上層だけでなく政府ともコネクションを持つ彼は、過去にテロ組織や違法薬物犯罪取引の元手を根絶したりと偉業をこなした過去を持つ。




 しかし、その遺恨は後に、現在裏で暗躍する者に狙われる遠因となっているため、ひっそり身を隠しているという。


 能力で"子供"の姿をしていたのも、そういう輩からの襲撃を搔い潜るための手段だ。








 カイリ達三人はその蛍光灯が照らす殺風景な部屋に案内され、古びたソファに並んで座る。セカンズはコーヒーを淹れ机に三つ置き、向かいのチェアに座る。










「はいよ、コーヒー。客にもてなす物なんてこんな物しか置いてなくてな」




「いや、十分だ。ありがとう…まっず」


「え、そうか?たまに表に出て買ってくるんだがどれが良いのか分からなくて、すまねえな」






 出されたコーヒーの壊滅的な味に渋い表情をする三人を酒を飲みながらクックッとほくそ笑むセカンズ。






 「だいたいなんでアンタは酒なんだよ。客をもてなす態度かそれが」


「客なんて今まで指で数えるくらいしか来たことないからな。酒は俺のいつものスタイルだから笑って許してくれ」








 当人曰くテレビと酒以外まともな娯楽がないこのアジトでは常に酔っていないとやっていられないそう。


 置かれているのはテーブルとソファとチェア、寝泊りの道具と冷蔵庫くらい。


 電話等は特定される故に、置かず持たずで公衆電話を使用するほかないとのこと。






「………んで、少年。君たちが来る事はグラムから聞いていたよ。チップや能力の事も知っているし、何なら能力も使えるとまで聞いたよ。それと何でも、"親友"だってね」


「え?……………………まあ、そうです」






 カイリは少しの間、その"親友"という言葉を聞き返答に詰まる。が、グラムの方をちらりと見たのち、目を閉じYesの返事をする。


 グラムはやや不安そうに見ていたが、返答の瞬間にその空色の目を開き、口角を上げ嬉しそうにはにかむ。


 カイリは少しぎこちなさそうだが。




「であれば先程の俺の"変態アレ"も能力と分かるよな?どんな能力か当てれたら酒を一杯奢ってやろう」


「いや未成年なんでいいです………というか、話を本題へ移しませんか」




 つれない奴だな、とカイリを評して酒瓶を呷るセカンズ。








「えー本日は誠にお日柄も良く、快適な相談日和で、折り入ってお話が………」




 しかしいざ本腰に入って話すとなると、どうも話の入り方が掴めないカイリ。






「ハハハッ!!なんだその口上は、面白いな!他地区のジョークか何かか?」


「いや……どう話したらいいのやらね……」


「なんでもいいさ。ド直球な質問でもなんでも来い!グラムの親友ならなおさらだ」






 懐を大きくかまえるセカンズを見てカイリは、内心では些細な事なのでもう言っちゃうか、と開き直る。








「アンタには近いうちに開催する【会議アンサンブル】に参加してほしいんだ。ただそれだけ」






 カイリの言い分。


 会議【アンサンブル】________ごく単純に言ってしまえばSI内の「会議」。


 全地区での違法チップの流通動向や、犯罪組織の取締の報告などを名目として行う、とメトロは謳うたっている。


 メトロはカイリにはその会議に残り4名を出席するように"収集"を任されたのである。




 人徳を見込んでとは言うが、ある意味試されているような上手く利用されているような……と思ったが、その過程でチップに関わる情報など聞けたらいいなとカイリは思っていたりする。








「いいぞ」


「即決かよ!!!」




 即答、それもYesの判断。彼は答えに迷いなどなかった。






「言ってただの会議じゃないか。出るだけで良いのなら承諾しよう」






 あっさり了承してくれるとはカイリも思ってもみなかったが、これは好都合。


 このまま他の地区も迅速に集めれれば________と、そんな理想を思い浮かべていたら。










 ドゴン!!!!!!!












 背後で爆発音。三人は背後から聞こえた破砕に反応し、振り向く。






 瓦礫の先、暗闇から出づるは、ローブの恰好や、覆面やターバンを被った男、三人。


「へへ……偶然にも見つけちまったぜ、T地区代表。本来ならまんまと裏路地に入ってくそこのガキを攫って、金にするつもりだったんだがな」


「まさかここがアナタの隠れ家だったなんてネ。驚き桃の木山椒の木だワ」


「この恨み晴らさいでかァ!!」




 セカンズに恨みを持った三人は、マシンガンや拳銃などを構えている。カイリ達の跡をつけて、偶々セカンズのアジトへ辿り着いたのだろう。






「………」


「動くな!!そこのガキ!!何かすればわかってるな?」






 警戒するグラムをリーダー格のターバンで顔を隠した男が銃で制止し、セカンズに対しては残りの二人がマシンガンの銃先を向けている。






「ほ、ほぁぁぁぁ………」


「お、おちおちおちち落ち着け斗桝カイリ」


『貴公、言葉と感情が噛み合ってないぞ』




 自分を言い聞かせ落ち着こうとするカイリを冷静にたしなめるネギー。レンは恐怖で何も言えなくなっている。










「おいおいお三方、お前たちは俺への恨みを晴らすのが目的なのか?だったら少年達は関係ないだろう」


「あら、元々少年らは目掛けてたわヨ?金にもなるし、特にそこの黒髪の子はアタシ好みの中性的な顔立ち。可愛がってあげたいくらいよン」




 オカマ口調の覆面男は色づいた眼差しでカイリを見る。カイリはその気色悪い視線に気づき悪寒を覚え、冷静さを取り戻す。






「うっげ………あのオカマにだけは捕まりたくねえ。グラム、お前ボディーガードだろ。どうにかしてくれ」


「う……でも…」


「なんだ?どうした。前みたいに超人的な力使って叩きのめしてくれよ」




 カイリはグラムにターバン男達をボコすように指示を出すが________








「今のボクのパワーじゃ……撃たれるのが早い、かも」


「ど、どゆこと?」


「相手が遠いから、今じゃスピード負けするってこと」






 グラムの言う事がいまいち理解できない。




「な、なあセカンズ。アンタはどうなんだよ。この状況なんとか___」


「同じだ、犠牲なしではきつい。とだけ言っておこう」






 カイリの頼みを冷たくあしらうセカンズ。その目線はやや怪訝そうだ。




『貴公、慌てるな。グラムの言い分も、そのセカンズとやらの言い分も今の状況では大方合っている。致し方なしなのだ』


「………それ、説明できる?」


『無論。その頼み、承ろう』










 カイリはネギーに教えを請う。


 今の状況を、何故二人がためらっているのかを。


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