8.救世主(ヒーロー)は早めにやってこい

 なんということだ。




 カイリはそう思った。まさか自分に先程の強盗と同じ、違法のチップを使った疑いがかけられているだなどど、思ってすらいなかったのだ。






 事件の後、手錠をかけられたことについて全く理解が追いついてなかったカイリは、アンペイルと共に地区警察本部へ連行され、違法薬物使用者の重要参考人として第一会議室にて詰問されている。


 強盗は同署にて別の尋問室にて聴収されているみたいだ。




 レン達については、アンペイルがカイリの事を含め説明し、レプトメットも事を理解してくれたらしい……が、今回は件の事件もあったので二人はとりあえず解散したという。


 アンペイルから二人は帰るように強く言っていたので、レプトメットは自宅へ戻り、レンは駅へ向かったが……








「なあ、何もしないからこの手錠はずしてくんないかな」


「やだね。逃亡でもされたらこっちのメンツに傷がついちまう」


「んなことしませんっての…」




 手錠は痛いから外せとカイリはアンペイルに請うが、"疑い"を持つものへの慈悲はアンペイルにはない。


 先程アンペイルの正体を聞き、なぜ拘束されたかは納得しているが、どうやらすぐさま逮捕などというわけではなさそう。






「てめぇはどこで古いチップの情報を知った?んでもっていつ飲んだ?答えろ」


「チップについてはインターネットから。古いのが違法とか何とかはアンタから言い出したんだろーがよ」


「うっせぇ!!非常時なんだからそこまで頭回ってねーよ!てめぇが違法のチップを服用した疑いはもう上がってんだ!!!神妙にお縄を頂戴しやがれ!」






 言い訳じみた強がりを言うアンペイルに呆れ気味の態度を見せるカイリ。


 しかしカイリ自身も内心、この状況を打破するにはどうすればいいのか路頭に迷っていた。






「フン、斗桝カイリ。てめぇがクスリやってる証拠ならオレがこの目で能力を使っているのを見たからな!!そのネギーだのなんだのが動かぬ証拠なんだろうが」




 そう言いながらカイリを指さすアンペイル。超能力を使用していた証明としては確かに証拠たりうる事実である。








『威勢の良さは褒めてやりたい所だな、うら若き者よ』


「おおっっ!!??」






 カイリの服の左腕の裾からにゅるりを身を出すネギーの『顔』に、驚き若干身をこわばらせるアンペイル。




『我としては貴様の戯れにこの宿主を立ち往生させるのは、些か不服である』


「……戯れだと?このオレの誇りある仕事がか?」




『この宿主に救われしその身をもってして、仇として返しているのは理解できぬか?』






 何やら険悪な雰囲気に。






「能力の一端ごときに言われたくねぇな。オレの意地プライドけなす無駄な知識まで蓄えやがって」


『そこにいる矮小な者は「恩」という概念の勉強を怠ってきたようだのう、貴公よ』


「んだとコラァ!!!!!」






 ネギーの圧倒的な煽りにまんまと乗せられるアンペイルの両手には青い電気がほとばしる。


 このままではまずい、と引き留めるカイリ。




「ま、まあ落ち着け二人とも、ネギーも抑えろ。アンペイルもそれ、鎮めて。ちゃんと話すから」


『ふむ、貴公がそういうのであれば。大人しくしておこう』










 アンペイルも静かに腕を下ろし、拳をきゅっと握り両手に帯びた電気を鎮める。


 そこからカイリは自身の能力やネギーの誕生についての経緯を話し、チップの出どころを探している事も述べた。








「ふうん。うっかりで飲み込んでしまったと。なんで出どころが気になるんだ?」


「取扱いが怖いんだよ。自分の能力がめちゃくちゃ危険なのは知ってるし、アンタみたくチップについて知ってそうな人に聞いたらどうかなって自分で思って。安全に能力を無くす方法があるなら知りたいよ」






 カイリの答えに、意外そうに視線を送るアンペイル。




「お前、その能力要らないってのか?」


「いや、別にネギーが要らないって訳ではないけど……爆弾抱えてるのと一緒なら、被害無く処理した方が……ね」






 カイリが抱える爆弾_______


 そう、『反物質』は体内に100グラム少々と僅か。


 しかしその僅かでも町一つ、いや地区一つは壊滅させられるエネルギーを抱え込んでいる。




 これを易々を適当な場所に吐き出せば被害は測り知れない。






『我は貴公の望む通りに従うのみよ。消えろというなら消えるが、その方法がわからぬ』


「いや、ネギーはいてくれないと自分で能力使えないから困るんだけど……」








 カイリは優しい。自身が犯罪者の疑いをかけられているにもかかわらず、周りに被害の無いようにするにはどうすればよいのか、「その先」を見て尽力している。


 その優しさに身に覚えがあるアンペイルは、どこか行き場のない歯がゆい感触を覚える。




「……けどてめぇは薬の服用者だ。【真っ白な】チップを飲んだ疑いがあるってこの資料には書かれて_______」






 アンペイルはその右手の資料をカイリに見せつけるように掲示する。


 カイリはふと思った、第一にあのレンと二人しか見ていなかった状況を誰が盗み見たのだろうか?


 レンは誰かに情報を勝手に漏らすような人間ではないし。










 そんなことを考えていると、カイリの目の前は大きな破壊音と共に土埃にまみれた。










「_____よかった!ケガとかなさそうで」


「ウネさんから聞いたときは心配してたけど、大丈夫そうでよかったよ!」






 瓦礫から出てきた、飯屋とますで聞いたことのある元気そうな声。カイリはその声に聞き覚えがある。










「…………オイ、会議室丸ごとぶっ壊して入室してんじゃねーぞ、クソグラム」




 土埃が晴れたその先には、かつての店の大喰らいただ飯野郎、グラムが立っていた。アンペイルはそのグラムを睨むように投げかける。






「ごめーんアンペイル!カイリくんがI地区に拘束されてるって聞いたから直接飛んできちゃった」


「てめぇの"直接"は物理的にだろうが!!まず何しに来やがった」






 この対面にして二人のこの口ぶりは、両者とも知り合いなのであろう。




 カイリは土埃でむせながら破壊された会議室を見ている。


 グラムはおそらく、おそらくだが何らかの能力でこの部屋の窓の外から物凄いスピードで部屋へ突撃してきたのであろう、とカイリは勝手に思う。




 というより、何故グラムが此処に来ているのかという事自体が理解できていないが。






「うん、このカイリくんだけど、M地区の人間だから"ボクの"管轄なんだ。当然こっちも通さないと、わかるよね?」




「うぐ…………しかし違法薬物取締捜査班のメンツがだなぁ」


「それってちゃんと調べたの?その資料も正しいの?冷静に調査しないとそれこそだよ。ボクは読めないけど」






 グラムは空色の瞳でアンペイルに、疑い一辺倒でカイリを捕縛していたのはおかしい、と詰め寄る。その意見は至極真っ当である。




「……ちょっと待ってくれ。"ボクの"管轄ってなんだよ?」


「あれ?話してなかったっけ、ボクのこと」








 管轄、という言葉に引っ掛かりカイリはグラムに聞く。グラムはそれに、答える。












「改めて、ボクはグラム。M地区の公営自警団に所属してます。たまたまお店に寄ってた時に君の友人って人からカイリくんが捕まったって連絡があったのをウネさんから聞いて、ここまで"走って"来たんだ」


「アンペイルとは『SIエスアイ』になってから知った仲だよ」






 公営自警団?『SI』?知らない単語ばかり出てきて頭が混乱しそうなカイリ。










「……よくわかんないけど、味方してくれるんだよな?」


「同じM地区の仲だからね!ゴハンもお世話になってるし、それに『友達』だし!」




 フンスと鼻息を鳴らすグラムがカイリには頼もしく見えた。


 彼はしばしば店に昼飯を食べに来る常連程度の感覚なのだが、それで『友達』と言われてやや懐疑の念を覚えるカイリ。




「友達…………」


「うん!」


「まあ、いいよ、それで………頼りになるぜ」








 とりあえず一応友達、としてカイリは認める。


 店で妙に自身に話しかけてくるし態度良く接してくるのは分かっていたが、『友達』とは彼の口から初めて耳にする。






「………で、どうなんだアンペイル。M地区の代表さんとやらがこうまで言ってるぞ」






「……あーもう、わかったよ。上には知らせておいてやる、『斗桝カイリは現在嫌疑の余地なし。違法薬物犯罪の範疇に当たらず』ってな。長らく拘束して悪かった」




 アンペイルの降参である。


 独断、それも居場所がI地区であるという特権を以てして拘束したという行為は、M地区の立場ある人間から直接物申されればこちらが不利になるからだ。


 アンペイルはカイリにかけた手錠の鍵を取り出し、拘束を外す。


 カイリもほっと一安心。




「一応おめぇは今回はオレが勘違いした形で見逃してやる。感謝しろよ」


「あ、ああ。ありがとよ。それにグラムも」






 ううん、と笑顔でカイリに返すグラム。それは太陽のようで眩しいくらいだ。














「なあグラム、それにアンペイル、アンタらの言う『SI』てのは_____」


「ねえカイリくん、友人さんもまだI地区の駅で待ってるって言ってたよ?」


「マジか」






 グラムが先程言っていた『SI』についての質問は遮られ、レンについて言及される。レンはウネに今回の件を話し、駅で待ちぼうけなのだとか。




「そりゃ悪いことしたな……今から駅向かうか、グラムも来るか?」


「いや、良いよボク"自分の足で"帰るから」


「いや、I地区からM地区までリニアで1時間半かかるのにどうやっ_____」








 瞬間、目の前でグラムは急に膝を曲げ屈んだかと思えば、会議室だった穴開きの部屋からジャンプするように飛び立つ。部屋がまた土埃にまみれ、瓦礫の破片が少し飛び散る。






 飛び立つ、というより、跳躍ぶ、という表現がそれっぽいであろう。


 グラムは、M地区の方向、北西へ飛び立ったのちその影は夕日の中でどんどん小さくなり見えなくなった。










「……………………バケモンかな?」


「てめぇもそう思うか……あいつは超能力もだが身体能力もイカれてやがる」






 唖然とする二人と穴開きの会議室には、いつも通りの夕日が降り注ぐ。


















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