3.ネギーは友達、怖くないよ?
斗枡カイリは当惑していた。
先日はトラックに撥ねられても九死に一生を得たのに、今度は目の前にいるわけわからん瘴気の異形が自分に絡んできたりと良いことなし。
そういえば今年のくじ運は凶だったとか、甘えて不登校してる自分にヤキが回ったのだとか、そんなことが頭の中をぐるぐるしている。
話しかけられた以上は受け答えすべきである。
とにかく何かを、しかし下手に喋れば何をされるかわかったものではない。
変な汗をかく。妙に喉が渇く。目の奥が熱を持つ。
カイリはどことなく苦しい気分になってきた。
『む……言葉は通じるように翻訳してあるのだが。間違うたか』
よくわからないが気を遣われているようだ。
「いや…大丈夫、です。通じてます」
『そうか、ならよい』
恐る恐る気遣いに応えるように言葉を発するカイリ。
相手方もその言葉を飲み込む。
『さて黒いの。貴公の身体、少し居候させてもらうぞ。話はそこからしよう』
「え?」
何を言ってやがるんだ、という文句はカイリの全身を瘴気がベールのように包むことで遮られる。
レンは突如起こる瘴気の渦の風圧に
「……お?」
「だ、大丈夫っスか~…?」
ああ、うん。
数秒経ったのち、瘴気から解放されたカイリは戸惑いながらも体に異変がないことを確認し、頷く。
しかし何だったんだ今のは。
変な薬を飲んでから気分が悪くなって、魔人みたいなのが話しかけて、それからは__
覚えてないけど、今はなんともない。
レンが心配そうにしてるし、夢ではなさそう。
『ふむ、斗枡カイリ…貴公の名、しかと覚えた』
さっき聞いた重厚なしゃがれ声。レンも同じく聞こえるようだが、声の発生源はどこに。
『此処よ、我はここぞ』
カイリの背中から聞こえる。カイリは口を動かしていない。まさか、と思いカイリは着ている黒シャツの首元の左側を引き下げる。
左肩と首の間の皮膚が、黒い。それも漆黒と言っていいほどに。その漆黒に浮かび上がる…白い亀裂が三本。
まるで……二つの目と一つの口、まさしく『顔』だ。
数分後、カイリ達は落ち着いていた。
『顔』を見つけた瞬間は阿鼻叫喚であったが、今は日も暮れ、ご近所に迷惑である。
慌てふためいても意味はなくとにかく一旦冷静になることが、今は不可欠であった。
「オホン…えーと、とりあえず自己紹介をば。先程仰ったとおり、自分がカイリです。…そこのヘアバンドはレンと申します」
「スっす…」
妙なモノに取り憑かれて何をされるか分からないのでへりくだっている二人だが…
『敬語などよい。本来の喋り方に戻れ』
「あ…じゃあそうさせて貰うか。…こっちはアンタのことなんで呼べばいいんだ?」
そういうならと普段の喋り方に切り替えるカイリ。
まずはこの『顔』についての身辺調査だ。
『我の名前…そんなものは無いが…』
『顔』のある漆黒になっていた皮膚は左肩の首筋から左腕へずるずると移動する。そんなこともできるのか、と戸惑うカイリ。
「とりあえずネギとかどうっすか?」
「それはいくらなんでも」
名乗らない『顔』に埒があかないと評してレンは提案するが、直感で思い付いた野菜の名前とかは安直すぎて……とさすがにカイリも彼の想像力に哀れみを感じる。
『ネギー…今はネギーと言う名前で呼んでくれればよい』
いいのかよ。と、心の中でツッコミを入れるカイリ。
はてさて、呼称が決まったところでネギーは一体どうしてカイリに取り憑いたのか問いただしていこう。
「なぁネギー、アンタはナニモンなんだ?そしてなんで俺に取り憑いたんだ。教えてくれよ」
『ふむ、我は貴公の身体に"生み出された"のだ。取り憑いたなどといういわれはない』
「というと?」
カイリは食い入る。
『貴公から取り入れたではないのか?"あれ"を服用したのであろう』
「"あれ"って?」
『【チップ】だ。貴公が何もしなければ我は生まれぬ』
チップ…おそらくあの白い薬。カイリは怪しがって捨てようと思っていたが。
「チップ…?」
「レン、何か知ってんの?」
「知ってるも何も、有名なヤツっスよ!」
レンは電子端末を学生服のポケットから取り出し、検索結果が出された画面をカイリに見せる。
「チップっていうのはどんな薬でも治せる『万能薬』とも言われてる代物なんっスけど……めちゃくちゃ高いんス」
レンの説明はこうだ。
近年開発された新薬で、服用すればどんな疾患でも治せると噂されている『神からの慈愛』とか比喩されるような、そんな代物。
しかし…高すぎる。
一粒にして5…のあとに0が8個くらい付いてる、一般人には手も足も出ないような値段だ。
「そりゃまた大層な代物だ。それより聞きたいのはなんでネギーが俺の身体に…」
『教授しよう。【チップ】は人間が服用することでどんな怪我や病気でも治療が可能とは___先の話でも言っていたな?』
うんうん、と頷く二人。
『実際はそうではない。薬に【適合】するか否かで、結果が変わってくる』
『服用しても、適合率の高さによっては何の変化もない者も、或いは少なからずだが体調を崩す者もいる』
教鞭を執るかのように二人につらつらと語るネギー。
『そして……まれに適合率が群を抜いて高い者がおり、身体能力の向上や頭脳の明晰化、PSI(超能力)まで使うものも生み出してしまう。それが貴公の飲んだ薬だ』
『すなわち我は………貴公の薬との適合率の高さによって生み出された「異能」そのものであり、「もう一つの生命体」である!』
説明完了。
最後に話を整理して簡潔に述べてくれるとはこの生命体、良心的である。しかし気になることがあるカイリ。
「なんだ、超能力者にでもなったっていうのか俺は。その能力でお前を生み出したとでも?」
『おそらくな。薬に関しての記憶や意志をなぜ持っているのは我にもよく分からぬ』
超能力者なんて実感が湧かない。不思議と、今のカイリはネギーの説明に対して猜疑心は持たなかった。
確信を持って言えてないにしても、この不思議な生命体が身体に居ることは事実だからかもしれない。
『本来ならば貴公が能力を施行して我の身体を作って欲しいのだが…出来ぬのだろう』
「いやまず使い方わかんねえし」
ハンドサインでNoと答えるカイリ。目の前にはいかにも超能力を使って欲しそうな目で見るレンの姿が見えるが、無視。
『今イメージしておるだろう?超能力で我を
「カイリくん…!!」
人様の想像を勝手に覗くのはやめろ。とネギーにぶつける。
キラキラした目で見てくるヘアバンドマンは無視。
『しかしそうか、イメージしてもそれが全く施行不能…ならば、能力はそれとは違う別物と見て良いであろう』
手首周りをうぞうぞと動き、少し残念そうに吐露するネギー。
カイリもなんだかその事実を少し惜しく思ったりする。
『どれ、貴公の超能力……いや、【
「あ、ああうん。将来使うかわかんないけど」
目を瞑れ、というので大人しく従うカイリ。10秒ほど、静寂が時を包む___。
『____反物質。』
「は?」
『喜べ。貴公の渾名、決まったぞ』
『貴公と我とで、
「ださ」
カイリは二言で感想を述べた。
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