2.幸福なのは地下なんです


『只今、午前0時をお知らせします』








「ていっ」


「痛っ」




 考え事で皿洗いの手を止めたカイリに弱いチョップをかますウネ。






「な~にボサッとしてんの!手ェ止めるな!!」




 へいへい、と頷いて食器を洗い始めるカイリ。


 食洗器を使えばいいのだが、古くなって使えないのをそのままにしているからどうしようもない。


 今、彼の居る場所は「飯屋とます」の厨房の炊事場。


 不登校になってから暫くしてから、祖母ウネの店を頻繁に手伝うようになり炊飯、皿洗い、接客、盛り付け……と色々させられている。








 PM0:00…


 ある人は作業の手を止め、ある人はコンビニで昼飯を買いに、ある人は目の前に出された糧にありがたく箸やフォークを進める。ある人は……






「おばさん!ご飯おかわりっス」


「はいよ、大盛りね!」






 威勢よくさば味噌煮定食のご飯大盛おかわりを頂戴する、黄色いヘアバンドの似合う彼は宇堂寺レンうどうじれん


 カイリの中学からの同級生であり、通う高校も一緒である。当のカイリは不登校だが。






「お前また学校抜け出してノコノコやってきたのか」




「いいじゃないっスか~学校から近いし学生にも優しい値段だし何より旨い!カイリくんお手製の味噌汁は毎日作ってもらいたいっス!」


「やめんか気色悪い」




 彼はカイリが不登校になってからも店に、というよりカイリ宅に足繫あししげく通っている。というのも……






「良いこといってくれてるし少しは素直になりなさいな!レン君、今日も帰りにウチくる?」




「もちろん行きまっス!今日STSのアプデあるんで!!」


「あぷで?よくわかんないけど、おやつ用意しとくね~」






 アプデの言葉の意味もよく分からずに厨房に戻るウネ。無理はない、キカイに疎い彼女には到底知り得ない話である。










 STS___『Sorcery To Survive』の略称。


 カイリ、レン達の中学時代から流行り始めたオンラインゲームである。


 魔法、ファンタジーを題材にしたMMORPGであり、カイリがクローズドβテスターに興味を持ち、参加する際にペアでの申請が必要であり…たまたま見かけたレンを誘ったのがカイリ宅に通い詰める発端となった。


 レンはPC機材ごとカイリの部屋に持ち込み、攻略を進めている。


 カイリも同じゲーム仲間であるはずなのだが……






「静かにやれよ、俺の読書の邪魔んなるから」










 こう見えても彼ら二人はこのゲーム界隈では、ペア部門バトルマッチでトップランカーとして有名であったが、カイリは中学卒業を機にアカウントを残しつつ「引退」という形でやらなくなった。


 レンは現在、他のユーザーとタッグを組んでペア部門の頂点に君臨している。






「んな事言ってアカウント消してないくせに~またペア組むっスか?学校でも人気者になれるっスよ」


「暇なときにウィークリークエストやる程度だろ。お前みたいにガッツリやるつもりは毛頭ないし、落ち着いて本読んでるのが最近は心地いいんだ。そっとしといてくれ」








「…そっスか……!」


「ぐぅ……!!」






 笑顔だがどこか名残惜しそうなレン。


 隙あらば引きずり込むオーラがなんとなく見えるようで冷や汗気味のカイリ。


 しかし罪悪感を感じればこのゲーム沼の思うつぼである。
















 夕方___


 5時ごろ、ホログラムで移された偽りの夕焼け空に疑似太陽が西に傾く。




 レンがカイリ宅に訪れ30分、自分の部屋にてベッドに横たわり積み上げた図書を一冊ずつ読破していくカイリ。


 それを後目に、同じ部屋にてPCのデスクトップの前で姿勢を崩さずに黙々とコントローラーを動かすレン。




「……」


「…」








 互いに互いを干渉することも、言葉を発するでもなく…ただ時間だけは過ぎていく。


 しかし双方に『苦』の感情は一切なく、むしろ心地良くとも思わせるような、そんな距離感。




『トイレいくっす』




 ゲーム内のチャット欄に一言書き込み、レンは座椅子から立ち上がり部屋から一旦離れようとする。




「トイレ借りるっスね~」


「あい~」




 本を読みながらレンに二つ返事で呼応するカイリ。


 バタンと戸が閉まるのを確認すると、むくりと起き上がる。




「……」


『"学校でも__"』








 昼間のレンの発言がなんとなく引っかかる。


 とくに考えずに言ったんだろうが、改めて認識させられる。






「このままではダメだよなぁ……」




 カイリは地上に興味がある。地下シェルターという殻の外にだ。




 カイリは地上へ出るという夢を小学生のころからずっと持ち続けている。


 できるわけがないだのと、とんだ絵空事だのと、同じクラスの奴に言われても堪えてきた。






 しかし、それに加えて去年の『父親が"粛正"対象』という事があり、その父親の噂も校内に伝番……


 徐々に精神を病み、高校生活しょっぱなから不登校という有様だ。










 不登校の状況を、本人も変えなければいけないことは分かっている。


 しかし、だ。




 現状を変えたくても、以前と同じような発言をすれば、疎まれ、忌避される。


 元の木阿弥もくあみに戻ってまた塞ぎこんでしまわないか。




 でも、自分の興味をずっと我慢して生涯を過ごさなければならないのも、苦しい。


 カイリは、表情には見せないが心中では不安なのである。






「ヒーローでも救世主でも来てくれないもんかね……」




 再び仰向けにベッドに寝転がり、天井に今読んでいた本をかざしながら、虚空に対して救いを求めるように独り呟くカイリ。奇しくも手中のそれはヒーローものの漫画であった。








「うぐっ」




 そのかざしていた漫画本の「のど」から、挟まれていた"何か"がカイリの額にコツリと落ち、反射的に目を瞑る。


「?」


 何が落ちたのだろう?カイリはそれの在処を探った。おそらく自身の紺色がかった黒髪の中だ。


 寝た状態のままもぞもぞと髪に手を入れ、摘まんで出てきたのは___












「カプセル?」






 よく病院での処方箋で目にするカプセル剤の、白く塗られたそれを天井に仰ぐ。


 何かの薬だろうか。






「とりあえず捨てておくか…」


 カイリがそう呟いたとき___




「カイリく〜ん!!今日は母さんからお泊り許可OK貰ったっス!!」


「おおっ!!?」




 唐突に扉を開け部屋に入り晴れやかな顔で報告をするレンにカイリは驚愕。


 寝た状態のままで眼前に摘まみ持っていた薬を指から滑らせ口にし、うっかり飲み込んでしまう。






「っ……!!!!馬鹿!お前バカ!!あほ!!!」


「急に語彙力無くなってどうしたんスか?」






 お前のせいで変な薬飲み込んじゃったろ、と叱咤するカイリと、口をすぼめながら全く意に介していないレン。カイリがさらに追求しようとしたその時、








 ゆらゆら、もやもや。


 うすいもや、黒い霧……二人を囲い包むような瘴気は、何やらただ事ではなさそう。


 互いに言い争いをやめ、無言になる。




 火事か?でも焦げ臭さはなく黒煙のようではない、しかし早く部屋から出ないと。


 二人の考えは一致し、行動に移そうとした……


 が、それよりも早く、瘴気が形を成して、片方に問う。










「黒いの。貴公か、我を従える"うつわ"は」








 魔人のような形をした瘴気は、カイリに、迫る。















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