黒いシミ

@271147

第1話

 「ねえ、知ってます?『黒いシミ』って怪談」

 仕事の休憩時間中、暇を持て余して机に身体を預けていた私に話しかけてきたのは、こちらも休憩時間に手持ち無沙汰になったのだろう、最近入社したばかりの後輩だった。

「「黒いシミ」ねぇ…あいにくだけど聞いた事は無いね。どんな話なんだい?」

働きたくないわけではないけれど、さりとて休憩時間が(例え暇だったとしても)いらないわけでもない。仕事までの暇潰しに話を聞いてみる事にした。


 「妹が、ああ、大学生の妹がいるんすけど、そいつが飲み会かなんかで聞いた話なんですって」ちょいと失礼と、手元の珈琲を飲みながらこちらを見やる。


 何でも、同じ大学の学生が1人、夏前休み後から急に視界に黒いシミのようなモノが見えたんですって。最初は、目にゴミが入っただけなんじゃないかとか、夏休み遊び呆けたせいで身体が疲れたままだからだとか、色々理由をつけて気にしてはいなかったんですが、いよいよ寝不足か何かでも理由が付かないとおかしいぞ?ノートやスマホも読みにくくなってきたし、最近物にもぶつかるようになってきた……って段階で重い腰を上げて眼科に行ったんですよ。でも、どこの眼科に行っても眼には異常なしの一点張り。どちらかというと精神科の領分~だなんて言われて駅前の病院を紹介されたんです。仕方無しに予約だけして、目の前が暗くなる中で帰宅した彼は、予約した日に病院に姿を現さなかったんです。

しばらくの間、大学にも姿を現さないもんで友人の1人が様子を家まで様子を見に行ったら……布団の上に人型の黒いシミだけが残ってたんです。仲間内でも最近は様子がおかしい、視界に黒いシミが映るって話はしてたみたいで、たちまちの内に学校中で黒いシミが視界から現実に影響を与えたんだ~とか、見えなくなった部分がシミ取り替わったんだ~とか色々な噂話が流れるようになったんです。


 後輩は話を終わらせると珈琲を再び口にする。私もちょっと興味が出てきたので身体を起こしながら聞くことにした。


 それで終わればまあよくある学校の噂話の一つで済んだと思うんですけど、その内にその話を聞いてた奴の内の1人が同じような事を言い出したんですよね。そいつは結構早い段階で精神科まで行きましたけど、ここも特に異常は見あたらない。ただ怖い話を聞いたから気分が落ち込んでるだけなんじゃないですか。なんて医者に言われた、なんて仲間に言ったみたいなんですけど、やっぱりこの人もベッドの上に黒いシミを残して消えちゃったんですよね。そんなのが続いて1カ月で4,5人居なくなったんです。何で黒いシミを見ると視界からシミに汚染されて、最後は黒いシミに乗っ取られる。なんて怪談が『黒いシミ』の話です。


 「どうです?あんま聞かないタイプの怪談だと思うんですけど」

「まあ、物珍しくはあったけどね。気になるのは何で4,5人なんて曖昧なのかって部分と……布団の上の人型の黒いシミってただのカビじゃない?夏休み明けなら台風シーズンだし、汗で人型にカビが生えたんだと思うよ?」

「うわ~、先輩ってもしかして全滅で終わる怪談で誰がその話を伝えたか気になっちゃうタイプっすか?」

「いや、まあねぇ。いい大人になって来るとそういうのも科学的に話がついちゃうって思っちゃうんだよね。でも、いい暇潰しにはなったよ。ありがとう」

「まあ、俺も別に信じてる訳じゃないんですけどね。子供じゃあるまいしオカルトなんてありえないって話ですよ。実際に何人か夏休み開けら来てないらしいですけどね。そのくらいの歳ならよくある事ですし」

などと、つい昨年で同じ大学生だったハズ

後輩は笑う。つられてなんともなしに面白くり、2人で笑いながら後輩君は珈琲の片づけに行く。休憩時間もいい感じに追わりそうだ。この後も頑張ろう。


……それはそうと、今、視界の隅に何か黒いモノが映ったような?シミの話を聞いたから、錯覚でも受けたかな?ばかばかしい、最近腰も痛む、認めたくないが、加齢が来ただけだろうさ。今だって、後輩君の名前をド忘れしてしまっている。衰えているのは、認めない

とな。そう思う私の視界の端で、黒いシミが少し動いた気がた。


 

 「こんにちわー。お邪魔しまーすっと…ここももうダメすね。ものの見事に『黒いシミ』になってます」

「ったく……しょうがねえなぁ。次の場所行くぞ。生きてる奴を見つけて話を広めている元凶を突き止めねえと、国がみーんな『黒いシミ』になっちまう」

「へーい、じゃあ次の候補者まで車出します」



 あとにはただ、寒々とした人の気配が消えた部屋中に、人型の黒いシミだけが残った。

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