第3話 “永遠”に翻弄される少年
約束の日曜日、ヤマトはバス停から降りると駅の出入口周辺を見渡す。
――なんだ、今日はやけに人が多いな。
駅の近くに大型ショッピングモールがあり、そこを利用する人で駅前いつもは混雑している。だが、それを考慮しても今日の駅前はいつも以上に人が混み合っている。改札口に通じる出入口は人がごった返しており行き来が激しいようだった。タクミはあのラッシュの中から来なければいけないのか、と一応心配してやりながら人混みを横目に通り過ぎる。
待ち合わせ場所へ到着し、わかりやすく時計塔の真下で待つことにする。時間を確認すると15分前だった。周囲にいる一人一人の顔を念入りに確認しても識っている人物はいない。
早く着きすぎたか、と独りごちる。
事前にネットで5分前に到着するように家を出たのだが、一本早いバスに乗ることができた。
二人を待つことにしようと近くにベンチがないか探しているとヒロミが駅とは反対方向の大通りの方角からこちらに慌てて向かってきている姿が目に入った。
「お、遅れました……」
「いや、まだ時間になってな……いよ」
ヒロミの姿をはっきり認識したヤマトは言葉を失った。
――当たり前だけどヒロミさん、私服だ……。
清楚に揺れるプリーツの入ったワインレッドのスカート、白百合色のブラウスの首下にはリボンが飾られ、黒タイツにブラウンのショートブーツが気品な彼女をさらに際立たせる。普段は学校指定の制服姿しか見たことがない彼女の私服姿。
綺麗だ、とヤマトは素直に思った。
そんなヒロミに対してヤマトのコーデは白ベースに首回りはVネックでワンポイント黒のラインの入ったリンガーTシャツに飾り気のない灰色のライトアウターを腕まくり。下は全国展開している安売りファッションブランドの真っ黒のジーンズにこれまた黒のスニーカーといまいち華やかさに欠ける。
そんな自分と比べるとまともにヒロミを見ることなんてできない。まだ来ていないタクミを探すフリをしながら目を逸らすとベンチから年配の老夫婦が立ち上がり横を通り過ぎる。
「あいつはいつも10分ぐらい遅れてくるんだ。ちょっと待つかもしれない」
そう言ってベンチを指差し座ろうと提案する。二人で座っていれば向かい合う必要もないだろう。
「そうですね……あの、タクミくんはこういうときも遅刻するのですか?」
「ああ、いつもだよ。……も、ってことは委員の仕事も?」
「ええ、会議や待ち合わせの時間はいつも彼が決めるのに、その当の本人が遅れるんです」
「度し難いな、あいつは」
ヒロミの気持ちを察しながら二人はベンチへ腰掛けた。
座って携帯を互いに取り出した時だった。ヒロミの携帯電話に着信があった。画面にはタクミの名前が表示されていた。
「はい、もしもし、タクミくん?今どこにいますか?……そこってタクミくんの家の最寄り駅ですよね、何でまだそこに……ええ……、えっ、じゃあ、どうするのですか?……わかりました。なら先にヤマトくんと先にお店に行っています。場所わかりますよね?……でしたら現地で合流ということで」
通話を終えヒロミは携帯をポシェットにしまう。
「電車遅れてるの?」
会話の内容から何かに巻き込まれたと推測し問うた。
「最寄り駅の手前で人身事故があったそうです。復旧の目処が立たないので別の方法で行くって言ってました」
駅の出入り口付近に視線をやる。人が出たり入ったりを繰り返していた。人混みの理由はこれだったのかとヤマトは納得した。
「あの雰囲気だと当分時間が掛かるだろうな。タクミはどうやってこっちに来るつもりだ?他にここまで来れる路線はなかったと思うけど」
「よくわかりませんが、なんとかするって言ってましたよ。どれだけ遅れるかわからないからお店には先に行っておいてくれと」
「しかたないか。僕らだけで行こう」
ヤマトは太ももをパシンと叩いて立ち上がった。
「これぐらいの人数なら思ってたよりも待たなくて済みそうですね」
目的の場所へ到着するとヨーロッパ風でレトロなレンガ模様の壁面を連想させる店の入り口には3組の客が列を作っていた。
「まあ、この店は昼よりも夜の方が混むからね」
「へぇ、そうなのですか。詳しいですね」
「まあ、一応商売敵だからかな」
ここは集合場所からほど遠くない建物の最上階にある“カフェマグノリア”。ヤマトがずっと前から知っていたお店だった。30年以上続いている老舗の有名店で遊び心のある季節特有の果物をふんだんに使用したケーキは甘さと酸味の絶妙なバランスが高く評価されている。またオープンテラスから見ることのできる夜景が幻想的で最近ではSNSを中心に人気だ。
壁により沿うようにして最後尾に並ぶ。すると前にいる若い女性が隣の男性の腕にしがみつき耳元で何かを囁いている。二人のムードから察するに甘い言葉を掛け合っているのだろう。カフェマグノリアは若い男女のデートスポットとして知られており、事実三組とも雰囲気からカップルだと思われる。
見てはいけないものを見てしまったかのように恥ずかしくなりヤマトは真横を向くとヒロミと目が合う。その瞬間、お互い目を反対方向に逸らしてしまった。
無言の二人。
変な気まずさが二人の間に漂う。
しかも理由が分からないが身体が熱い。何故か胸をぎゅっと締め付けられ、頭が回らない。何か喋らないと……。
しばしの沈黙があって、
「……この前の数学の小テストどうだった?」
と、唐突にヤマトが話題を切り出した。
「えっ、この前の……ですか?ええっと、たしか92点でしたね」
「へぇーすごいね、数学得意なんだ」
「そんなことは、いえ、うーん、やっぱりそんなことないですね」
「ヒロミさんは理系でいくの?」
「えーと、たぶんそうですね。ヤマトくんは?」
「僕は文系かな、理系は苦手……だしね」
「あー、そうなんですね」
「うん、そうなんだよ……」
「どちらにするか迷いますよねぇ」
「うん、そうだよねぇ……」
よし十分会話した。もう二組ぐらいは捌けただろう、とヤマトは店の入り口に目を向けた。
――まだ一組も捌けていないじゃないか!
ヤマトの予想では、あと三分もすれば入れると思っていたのに……。
ここに来るまではタクミへの悪態をつくことで何とか間を繋いだが、さすがに弾切れだった。元々世間話が得意でない上にヒロミの個人的なことを何も知らない。今まではタクミが仲介してくれていたから話せていたが、いざ二人になった時の話題がなかった。
ヒロミに変な印象を持たれていないか、気持ち悪い人物だと思われていないかと思考を巡らせていると気が気じゃない。
――何を話せば……やっぱりこういう時は服を褒めればいいのだろうか……。
この話題が一番ベターなように感じがした。褒められて悪い気はしないだろう。覚悟を決めすぅ、と息を吸う。
「そ、そういえばヒロミさんのその服に、似合ってるね」
「え……えっと、この服ですか?」
奇妙なものを見て困惑したかのような彼女の表情。それもそのはずだ。口から発せられた言葉はぎこちなく声がわずかに震えていた。日常会話すらままならない自分自身を恨めしく思うと同時に情けない気持ちで心がはちきれそうになる。ここから消えてしまいたいとさえ思う。
「そうでしょうか……でも、私これぐらいしか外出できる服を持っていなくて」
「自分で選んだの?」
「はい、自分で選びましたけど……」
「佳いセンスだね」
華奢で清楚な彼女を表現するにはその洋服は最適に思えた。
「そんなことないですよ、買い物に付き合ってくれる人がいたので、その人に教えて貰いました」
「友だち?」
「……まあ、そんなところです」
何故だか彼女は一瞬間を置いて答えた。
「うん、ヒロミさんらしいと思うよ」
この服をチョイスした友達はきっとヒロミの持つ凜とした雰囲気をよく理解していたのだろう。
「ほんとによく似合って……」
下品にならない程度にヒロミの足下から徐々に上へと視線を走らせるとヒロミの左手が一瞬キラリと光を放った。不思議に思い注視する。
指輪だ。しかも左手の薬指にはめている。
全身の血液が凍るような感覚、頭の中で浮かんでいた言葉が一瞬で消え失せた。
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