第035話 呪われた少女⑩

「待ってたよ」


 扉を開けたアレン達を迎えた声に、四人の動きは止まる。


 声の主はジュスティスだった。本当に無駄に良い笑顔を四人に向けてくる。美麗な公爵子息に対して、なんとかアレンは言葉を発する。


「何してるんですか?ジュスティスさん」


 対する、ジュスティスの声は朗らかで、楽しさを隠しきれないといった感じだ。


「いや~君たちの頑張る姿、ダンジョンに挑む姿を見たいと思ってね。つい来ちゃったよ」


 フィアーネが天を仰ぎながら、何かを振り払うように兄に言葉をかける。


「お兄様、うすうすは感じていましたけど……」

「なんだいフィアーネ?」

「お兄様はバカなんですの?」

「おいおい、兄をつかまえてバカとは……妹よ、兄は悲しいよ」


 まったく堪えていないジュスティスの返答に、アレン達の戸惑いは強くなる。

 そもそも、なんでこんな所にジュスティスがいるのか?


「ジュスティスさん、どうしてここにいるんですか?」

「ふむ、もっともな質問だねアレン君」


 ジュスティスの返答に『あぁ……この人やっぱりフィアーネのお兄さんだわ』という思いがアレンの心にわき上がる。

 何というかジャスベイン家の令息、令嬢は一般常識をたやすく放り投げるという特技を持っているのだ。

 ジュスティスの場合、ダンジョンに関する事なら一般常識なんぞ歯牙にもかけない入れ込みようなのだ。


「最後の試練に挑む君たちを見たいと思いここまで来たというわけさ」

「最後?ということは、次の試練をクリアすれば攻略完了というわけですね」

「そうなるね」

「それでは早速、最後の試練に挑むことにしますね」


 何だかんだいっても攻略完了というのは達成感や充実感があるのは事実であった。


「お兄様、それでは最後の試練とは何か教えてください」

「いや、大した事じゃないよ。単純にラスボスと戦って勝つ。それだけだよ」


(何だかんだ言っても戦闘は得意分野だし、フィアーネもレミアもフィリシアの実力は確かなんだから、負けるとは思えないな)


 アレンは、自分たちの戦闘力なら大抵の相手に遅れをとるとは思えなかったので、最後の試練に早いとこ挑みたかった。


「ふふふ、それではみんな、ラスボスの登場だ。頑張ってくれたまえ」


 ジュスティスの声に、四人に緊張が走る。後れを取るとは思えないが、油断するつもりもまったくない。


「ラスボスはこのミスリルゴーレムだよ」


 ジュスティスはそう言うと、魔法陣を起動させる。その光の中から身長2メートルほどの全身鎧が現れる。

 どうやらこの全身鎧がゴーレムらしい。


(その名の通り、ミスリル制のゴーレムというわけか)


 ミスリルは魔力を貯める魔法金属であり、注いだ魔力量によって硬度が増す。とうぜん希少な金属であり、剣一本製作するだけで、ちょっとした一財産になる。

 ジュスティスはその希少な金属でゴーレムを作ったというのだ。一体制作費はいかほどなのか。実に気になるところである。


「それでは、ミスリルゴーレムよ侵入者と戦え!!」


 ジュスティスの声に、応じるようにミスリルゴーレムの兜の目の部分があやしい光を放つ。

 どうやら起動したらしい。


 アレン達四人は戦闘態勢をとる。



 だが……ミスリルゴーレムは、アレン達ではなくジュスティスに攻撃を仕掛ける。


「あれ?なんでこっちを狙うんだ?」


 ゴーレムの振り下ろされた剣を難なく避けたジュスティスが、首をひねる。アレン達も同様の疑問に襲われている。


 ミスリルゴーレムの動きはかなり速い。動きも洗練されていると言って良いだろう。アレンが戦うとしても少なくとも一太刀で終わるような簡単な相手ではなさそうだ。


「こっちじゃなくて、あっちだってば!!」


 ジュスティスの声を完全に無視してミスリルゴーレムは攻撃を続ける。


「フィアーネ……一体どうなってるの?」

「わかんない。どうしてお兄様を襲ってるのかしら?」

「……助けなくて良いのでしょうか?」


 女性陣の声は困惑気味だ。


「ああ、ひょっとして……」


 アレンの声が洩れる。その声に反応したフィアーネがアレンに尋ねた。


「アレン、なにか思い当たる事があったの?」

「多分だけど……いや、まさかそんな間抜けな事……」

「何?間抜け?」


 アレンは、ジュスティスの失敗をフィアーネに告げる。


「多分、ジュスティスさんはあのゴーレムに登録し忘れたんだと思う」

「何を?」

「……自分がミスリルゴーレムの主人だということ」

「「「……」」」


 アレンの声に、三人は無言だった。


 フィアーネはもはや何も言えず目を閉じて、天を仰いだ。


 レミアとフィリシアは、気まずそうにフィアーネを見る。



 何か空気が重かった。

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