第031話 呪われた少女⑥

「「「は?」」」


 アレン、レミア、フィリシアの呆けた声が、室内に響く。


 それはそうだろう。ヘシオスを譲るに当たってジュスティスの出した条件が感想文なのだ。こんな呆けた返答をしたからといって、あざ笑うのは酷だろう。

 それでも話が続かないとアレンは何とか声を絞り出す


「感想文って何?」

「え?アレンって感想文って知らないの?」

「いや、感想文ぐらいは知ってるが、なんでここで感想文の話になるのか理由が分からんから聞いているんだ」

「さっき、お兄様の趣味がダンジョン作りというのは話したでしょ」

「ああ」

「お兄様はダンジョン作りには本当に凝っていて、常に新しい仕掛け、難易度の上昇に余念が無いのよ」

「……」

「さらなるダンジョンの向上には、実際にダンジョンを攻略した人に感想を聞くのが一番と考えているのよ」

「……」

「そこで、並の冒険者では立ち入ることのできないほどの超難易度のダンジョンを私達に攻略してもらい、その感想文を提出させようとお兄様は思っているのよ」


 あまりにも、斜め上の解答にアレンは心の中でよろめいた。


 自分の趣味のために、妹を並の冒険者では立ち入ることの出来ないダンジョンに送り込もうというジャスベイン家の感覚に正直、頭が痛い。


「やりましょう!!アレン、フィアーネ、フィリシア」


 心理的によろめいているアレンを尻目に、レミアが興奮した声を上げる。


「え?レミア……何、そのテンション?」

「何言っているのよアレン!!ダンジョンよ?未知のダンジョンよ!あなたなんでここで燃え上がらないの!?」

「そうか!!やってくれるか!!」


 レミアの声にジュスティスの声も弾む。


「いや~作ったはいいが、誰も挑戦してくれなくて困ってたダンジョンがあるんだ。ちなみにそこにヘシオスがあるから、そこから取ってきてくれればいいよ」

「え?」


 アレンがふと思いついたことを告げる。


「ジュスティスさんが作ったダンジョンって基本誰でも入れるんですよね?」

「そうだよ、挑戦は自由だよ」

「それなら、そのダンジョンを勝手に俺らが攻略してしまえば、感想文の提出は無しと言うことにならないですか?」


 この疑問に対して、ジュスティスはニヤリと笑う。


「確かにその通りだけど、私が作ったダンジョンは約100ある。いちいち、全部、攻略するかい?確かに難易度が高すぎて挑戦者が出ていないダンジョンは限られているけど、それでも20はあるよ。それでもやる?」

「……感想文を書くことにします」

「うんうん、その思い切りの良さ、君は本当に気持ちの良い少年だね」


 ジュスティスがアレンを褒めるが、アレンの心は晴れない。どうあっても掌の上で転がされている感じだ。


「それでは、フィアーネ、アレン君、レミア君、フィリシア君の四人でダンジョンを攻略してもらおう」

「一応ですが、攻略のヒントとか注意点とかありますか?」

「いや~さすがにそれを教えちゃ、ダンジョン作成の向上は見込めないからね。ノーヒントでいかせてもらうね」

「ですよね……」





---------------


 ダンジョンの座標を教えてもらい、転移魔法でダンジョンの入り口に四人は転移した。


 一応、ダンジョンに入るというので、携帯食料、水、補助武器、ロープなどの必要最低限度の準備をジャスベイン家からしてもらった。

 その準備のために、数時間をかけたため日は大分傾いている。場合によってはダンジョン内で泊まることになるかもしれないが、四人の装備は良くてピクニックといった感じだ。


 はっきりって、冒険者が見れば、『舐めている』ととられかねないが、フィアーネもいるし、問題ないとアレンは考えていた。


 ちなみに、フィリシアの対する恐怖心は、精神の沈静化をもたらす術式の組み込まれた腕輪をアレン、レミアは身につけることで抑えていた。



 ダンジョンの入り口はジャスベイン領の北側にあるオリオイ山にあった数百年前の鉱山の跡地を利用したものであるらしい。

 ジュスティスはそういう、朽ち果てたものを利用するのが好きなようで、国内にある鉱山跡、朽ち果てた廃屋などを利用してダンジョンを作っている。

 


 ヘシオスが収められたダンジョンのマップ、罠の有無、魔物の種類などは何一つジュスティスは教えてくれなかった。それなりに価値のある物が賞品となっているのだから、ヒントは一切出さないという方向で行くらしい。

 どんなに常識人に見えても、やはりフィアーネの兄である。一筋縄ではいかないようだ。



「まぁ、とにかくダンジョンに入ろうか」


 アレンの提案にフィアーネ、レミア、フィリシアが同意する。本来、日が傾き始めた時間なのだから野営するなりして、明朝ダンジョンに入るのが良さそうなのだが、ダンジョン内はどうせ暗いだろうから、昼に入ろうが、夜に入ろうが大差ないというアレンの提案に同意したからだ。

 また、夜という時間帯はトゥルーヴァンパイアであるフィアーネにとって、都合の良い時間帯という事もあった。何だかんだ言って、夜のヴァンパイアは昼間よりも活動的なのは否定できない事実であった。


「アレン、レミア、フィリシア」


 フィアーネが三人に呼びかける。


「なんだ?」

「今のうちに言っておくけど、ダンジョンにある罠や魔物などはそれなりの危険があるわよ」

「それなりってどれくらい?」

「普通に高レベルの冒険者が命を落とすわ」

「……」

「エリック=マーフィンという冒険者知ってる?」

「ああ、確かダンジョン攻略を専門に行っている冒険者だったな。3~4年前に亡くなったって……まさか?」

「そう、そのまさかよ。お兄様の上級ダンジョンに挑戦して彼は亡くなったわ」


 エリック=マーフィンといえば、ダンジョン攻略を専門に行う冒険者で、攻略したダンジョンは百を優に超える。すご腕の冒険者だった。確か冒険者階級はミスリルだったはず。

 冒険者はその功績や実力に応じて階級がある。下から『スチール』『ブロンズ』『シルバー』『ゴールド』『プラチナ』『ミスリル』『オリハルコン』『ガヴォルム』であり、ミスリルは上から3番目の階級だ。ローエンシア王国の冒険者の登録者数は約3000人、その中でもミスリル以上の階級は40人を下回る。割合で言えばわずか1,3%だ。これだけでも、ミスリルになれるのはほんの一握りというのが分かる。

 それどころかほとんどの冒険者は『シルバー』で終わる。『ゴールド』になれれば一流の冒険者、『プラチナ』なら超一流、ミスリル以上は完全に人外扱いの実力なのだ。

 エリック=マーフィンは実力的に人外扱いされるようなレベルの冒険者だったのだ。そのエリックが命を落とすようなダンジョンをジュスティスは作り上げているのだ。


「フィアーネ……。これから入るダンジョンもエリック=マーフィンが命を落としたダンジョンと同レベルなのか?」

「確か、それよりは優しかったはずよ。お兄様の話だと、安置していた宝物は『オリハルコン』だったはずだから」

「……」

「お兄様のダンジョンは安置してある宝物で難易度が変わるのよ。さすがにヘシオスはオリハルコンよりかは価値が下がるでしょう」

「なるほどな」


 その会話に割り込んできたのは、レミアである。


「それでも、油断しない方が良いわね」

「だな」

「そうね」


 レミアの声に他の二人も頷く。



 今回のダンジョンはかなり難易度が高いのだろう。だが、エリック=マーフィンが命を落としたレベルよりかはマシだという話だ。



 しかし、今更ダンジョンに入らないという選択肢はない。


「それじゃあ、行こうか」


 アレンの問いかけに、三人が頷き、アレン一行はヘシオスを求め、ダンジョンへと入っていった。


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