第029話 呪われた少女④

「あるわよ、ヘシオス」


 フィアーネのあっけらかんとした声が室内に響く。あまりの展開に室内の他の四人は言葉を失っていた。

 呪いを解く手がかりというか手段で、まず最も手こずると思われていたヘシオスという魔石の手がかりがものすごく身近にあったのだ。しかも現物があるというのだから、驚くなと言う方が難しいだろう。

 実際、フィリシアはこの急展開にまったくついてこれていない。展開が急すぎたのだろう。


「フィアーネ、ヘシオスを持っているのか?」


 アレンがフィアーネに問いかける。


「正確には、お兄様が持ってるの。う~ん……でも、持ってるって言えるのかな?」


 フィアーネの返答は今一要領を得ない。


「持ってるって言えるか分からないってずいぶんと微妙な表現だな」

「う~ん、ヘシオスって魔石は確かにお兄様は持ってるのよ。でも今手元にあるかどうか分からないってこと」

「使ったか、売ったかしちゃったのか?」

「ちょっと違うわ。お兄様がヘシオスをやっかいなところに保管してるかもしれないってこと」


 フィアーネの兄ジュスティス=ルアフ=ジャスベインの趣味はダンジョン作りだ。最初は子どもが秘密基地を作ってあそぶような規模だったらしいが、成長するにつけダンジョンの規模もどんどん大きくなっていった。

 ジュスティスは、せっかく作ったダンジョンなんだから、多くの人に挑戦して欲しいと考えるようになり、ダンジョンの最奥にとてもレア度の高い宝物を置くようにした。

 そんな数多く作ったダンジョンの一つの宝物がヘシオスというわけだった。


「ジュスティスさん、常識人と思っていたけどやっぱりお前のお兄さんなんだよな」


 アレンは一度だけ会ったジュスティスの顔を思い浮かべる。フィアーネと同じ銀髪で赤い瞳にこれまた整った顔立ちの長身の美青年だった。会話した印象もトゥルーヴァンパイアということで人間を見下すような事をせず、気さくな人柄だった。

 発せられる言葉の内容も非常に常識的で、この常識人の妹がなぜここまで非常識なんだと考えてしまったのだ。


「う~ん、アレンがどう思っているかは後で話し合うとして……お兄様は普段は常識人だけど、ダンジョンの事になると途端に人が変わるわよ」


 フィアーネが静かにため息をつく。好きなことになると饒舌になるのに、種族は関係ないらしい。


「まぁ、それは置いといて、フィアーネ、お兄さんにヘシオスを譲ってもらうように頼めない?」


 レミアがフィアーネに尋ねる。フィリシアも同様の目をフィアーネに向ける。


「まぁ、問題なくもらうことは出来るでしょうけど……面倒くさい事になるのは間違いないわね……」


 フィアーネの声にうんざりという感情がこもった。本当に心即面倒くさい事になるという確信がフィアーネにはあったのだ。


「どうする、フィリシアさん?それでもヘシオスが欲しい?」

「はい。幸いお金にはある程度あります。何としても手に入れます」


 フィリシアは強い決意でフィアーネに答える。まぁ彼女にしてみればここで引くことなど決して出来ないだろう。


「分かったわ……アレンは?」

「まぁ、この流れで断ることはできんな。俺も協力する」

「ありがとうございます!!アインベルク卿」


 フィリシアがすごい勢いで頭を下げる。ただそんな姿であってもアレンの心に恐怖がわき起こったのは事実でだった。


「まぁ、フィリシアさん、アインベルク卿はちょっとよそよそしすぎるから、アレンと読んでくれない?」


 アレンの言葉に、フィリシアはポンと赤くなった。


「う~さすがに呼び捨ては、恥ずかしいです。せめてアレンさんと呼ばせてください」

「うん」

「あ……それからアレンさん達もどうかフィリシアと呼んで欲しいのですけど……」


 フィリシアの申出に、アレン達はすぐに了解する。


「それじゃあフィリシア、私の事はレミアって呼んでね」

「私もフィアーネって呼んで欲しいな」


 女性陣同士はどうやら呼び捨てでいくらしい。


 アレンがちょっと寂しい気分を味わっていた。その間にフィアーネはレミアに尋ねていた。勿論、レミアも快諾だ。


 となると、まずはフィアーネの兄上で会って、ヘシオスを譲ってもらうように頼む必要がある。


 フィアーネの実家はローエンシア王国の隣国である吸血鬼達の国であるエジンベート王国にある。この国は鉱物資源が豊富である事に加え、吸血鬼の有する強大な魔力により魔法技術が発展している。

 エジンベート王国とローエンシア王国は友好関係にあり経済交流はもとより、相互に留学生を送るなどしていた。吸血鬼に対して偏見を持つ者、人間を見下す者がいないとは言えないが、少なくとも国同士は友好関係にあったのである。

 フィアーネの実家であるジャスベイン家は、エジンベート王国より公爵位を授けられている。

 フィアーネは公爵令嬢なのだ。まったくそうは見えないが。


「それで、フィアーネ、そのヘシオスのあるダンジョンはどこにあるんだ?」

「お兄様に聞いてみないと確かな事は分からないわ。とりあえずお兄様に会いましょう」

「そうだな、エジンベート王国まで馬車で3週間か。どう考えても晩餐会の出席は不可能だな。うん残念だ」


 アレンは、晩餐会の欠席のために、エジンベート王国に行くつもりだった。残念と言いながら、ものすごく嬉しそうだ。その顔を見て、ロムがでかすぎる釘を刺す。


「アレン様、フィアーネ様の転移魔法でジャスベイン家に行けば、三週間も絶対にかかりません。そういう無意味な計画はおやめください」


 フィアーネも同様の事をいう。


「ロムさんの言う通りよ、アレン。なんでわざわざ三週間もかけて実家に戻らないといけないのよ。大体あなたも転移魔法使えるんだから、あなただけでもいけるわよ」

「いやさ……せっかく……」

「アレン様、3日で終わらせてくださいますようお願いいたします」


 ロムが頭を下げる。だが、頭を下げているはずなのに、アレンは気分的に土下座をさせられている気分だった。


「はい……3日で終わらせます」


 こうして、アレンは3日でヘシオスを手に入れなければならなくなった。

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