第028話 呪われた少女③

 いきなり深々と頭を下げた少女にアレンは戸惑っていた。いや、フィアーネもレミアもロムの表情も戸惑いの表情を浮かべている。


「フィリシアさん、まぁとりあえず頭を上げてください」


 このように戸惑う理由は、実の所、アレンがあったばかりの礼儀正しい少女を恐れている事を自覚しているからだ。自分が恐れている相手が突然、『助けてくれ』と頼んできたのだ。出来るかどうかは現段階で分からないが、まずは事情を聞かないと始まらないのだ。


「みなさん、私が怖いでしょう?」


 フィリシアの言ったとおり、子叔母にいるフィアーネ以外の者はフィリシアに恐怖感を持っていた。アレン達は実力も勇気も並の者達より遙かに高い。だがフィリシアから感じる恐怖は通常の恐怖とは異なるものであるようにアレンには思われた。


(フィアーネは感じてないみたいだが……こいつは何かが欠落してるからな。そのせいだろ)


 アレンが考えていることはかなり失礼なものであった。すると突然フィアーネに頭をはたかれた。


「あ、はい。すみませんでした」

「う~ん、なぜか不愉快な波動を感じたのよね。どうやら正解だったみたいね」

「以後気をつけます」


 アレンとすれば抗議の声を上げても良かったのだが、失礼な事を考えたのは事実であるし、フィアーネが察知した以上ごまかすのは不可能と判断したのだ。


「まぁ、正直な話、不思議なんだけど、あなたが怖い」


 アレンが正直なところを口にする。もう少し婉曲して告げるべきだと思ったが、自分で言い出したのだから、言葉を飾っても仕方がないと思い、正直に告げたのだ。


「……そうですよね。でも、これには理由があるんです」


 フィリシアは、分かっていても辛そうだった。その顔を見て、もう少し婉曲すべきだったかなとアレンは反省する。


「その理由とは?」


 アレンが話を促すと、フィリシアは腰に差した剣を抜き、机の上に置いた。


「原因はこの剣です」


 机の上に置かれた剣は、美しい長剣だった。刀身部分は美しく輝いている。美術品としても十分な価値がありそうな一品だった。


「この剣があなたを恐れる原因なのですか?」

「はい、この剣は『魔剣セティス』、恐怖を力にする魔剣なんです」

「「「魔剣!?」」」


 魔剣と聞いてアレンとフィアーネが『およ?』という顔をする。レミアは純粋に驚いたようだ。

 アレンとフィアーネは『あのナマクラ、助かりたいがためにウソ着いたわけじゃなかったんだ』というアイコンタクトを相互に交わす。

 その様子をフィリシアは、疑っていると感じたのか話を続けた。


「お疑いでしょうけど、本当です」

「いや、疑ってはいませんよ。むしろ、あのナマクラの話が本当だったんだと思ってただけです」

「は?」

「いや、こちらの話ですので、あとで説明しますね。まずはそちらの話を聞かせてください」

「はい、この魔剣の呪いのために、私は周囲の人達から恐怖されるようになってしまったんです」

「魔剣の呪いか……」


 この魔剣セティスは恐怖を力にするという話だから、敵を恐怖させその力を利用すれば、すさまじく有利な状況を生み出すことが可能だろう。一見地味な能力だが、戦いにおいて相手の思考を恐怖で縛るというのはなかなか極悪な能力だ。

 だが、戦いにおいては確かに良い能力と言えるが、それ以外の社会生活においては弊害がありすぎる能力だろう。社会生活において恐怖を与える存在に自分から近づこうとする人間などはほとんどいないだろうし、もしいたとしても、良からぬ事を考える可能性が十分にある。また、人間は恐怖を与える人物について排除する方向に向かうこともあるだろう。実際にフィリシアも恐怖に我を忘れた人々に襲われたことも一度や二度ではないという話だった。


 話を聞き、それじゃあ社会生活を送るのは厳しかろうな……という感想をアレン達は持ったのだ。


「アインベルク卿、あなたは魔剣を所有しているという話でしたね」

「はい、確かに魔剣を持っています」

「魔剣には何らかの呪いがかけられているはず、そんな魔剣をアインベルク卿が所有しているのは、アインベルク卿が魔剣の呪いを解いたからだと思ったからです」

「それで、私に助けを求めたというわけですか」

「はい、ご迷惑でしょうがお願いします。もう何年も私は人に怖がられています。あの恐怖に歪んだ目で見られるのは苦痛なんです……つらいんです……」


 フィリシアの目から涙がこぼれる。確かに年頃の女の子が恐怖に満ちた目で見られるのは想像以上につらいだろう。アレンは基本的に困った人を見捨てるのは出来ない質なので何とかしてあげたかった。


「う~ん、何とかしてあげたいが、私のは呪いを解いたというよりも屈服させただけですので、果たして参考になるかどうか」

「……屈服ですか?」

「はい、私の持っている魔剣ヴェルシスは精神を拘束し、体を自由に操るという剣だったんです」

「その呪いをどうやって解いたんです?」

「ここにいるフィアーネにボコられました」

「は?」

「止めてよ、アレン、私がとんでもない女に思われるじゃない」

「いや、事実だろ」


 実際に精神拘束を解いたのはアレンなのだが、ボコられたのも事実だった。いずれにせよ一度、精神拘束を抜け出した後に、もう一度魔剣が拘束をかけようとしたときに対処したことで、魔剣ヴェルシスは白旗を上げたのだ。


「まぁ、あなたの魔剣の呪いを解く方法を、ナマクラが知っているかもしれませんね」


 アレンは魔剣ヴェルシスを抜き放ち、問いかける。


「おい、ナマクラ」

【はい!!主様なんでございましょう!!】

「お前の言うとおり魔剣の持ち主が会いに来た。どうやらお前の言ったことはウソではなかったようだな」

【はい、もちろんです。それで、私の今後は……?】

「まぁウソじゃなかったからな。溶鉱炉行きは無しにしてやる」

【ありがとうございます!!】

「まぁ、お前が助かったのも彼女が俺に会いに来てくれたからだ。そうだな?」

【はい!!勿論でございます!!私が溶鉱炉に行かないで済んだのは彼女のおかげでございます】

「うむ、よく分かってるな。では、彼女にかけられた呪いの解き方を教えろ」

【え?いや……しかし……】

「は?良い度胸だな?お前……」

【いや、たとえ主様の命令といえども言うわけには……】

「なんか、突然だが何かへし折りたくなってきたな……」

【その方法は、ヘシオスを使用することです!!】


 アレンの無慈悲な言葉にヴェルシスは慌てて告げる。


「最初っから言えよな、で、ヘシオスって何だ?」

【強大な魔力を宿した魔石です】

「その魔石で呪いは消えるのか?」

【はい、魔剣の呪いを打ち消すにはヘシオスを使用した解呪の儀式が必要です】


 アレンはヴェルシスとの会話の内容をフィアーネ達に伝える。フィリシアの呪いを解くにはヘシオスという魔石を手に入れる必要があること。そして、その魔石を手に入れてから解呪の儀式を行う必要があることの2点だ。


「ヘシオスか……まずはそれを探さなけりゃ話にならんな」


 アレンの言葉に反応したのは、フィアーネだった。


「あるわよ、ヘシオス」



 フィアーネのあっけらかんとした言葉にその場のいた者は言葉を失った。

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