第022話 レミアとの決闘④

 決闘が始まり、まず仕掛けたのはアレンだった。


 アレンは死霊術により、スケルトンソードマンを6体形成する。死霊術は瘴気によってアンデットを形成する魔術で、アインベルク家の得意な術である。

 当然、アレンはこのスケルトンソードマンではレミアにダメージを与えることなど到底出来ないことは理解しているがあえて行う。


 アレンによって形成されたスケルトンソードマンはレミアに襲いかかった。


 対するレミアは腰に差した剣を抜き放った。右手の剣を順手に、左手の剣を逆手に持つ。左半身を前に構え、スケルトンソードマンを迎え撃つ。


 シュシュシュュュン!!


 レミアの双剣が空気を切り裂く音を発した次の瞬間に、スケルトンソードマン六体は細切れになった。

 

(おいおい……隙ができなかったぞ)


 アレンはレミアの実力を高く評価していたつもりだったが、認識の甘さを知った。アレンがスケルトンソードマンを形成し、襲わせたのはレミアの隙を作るためだった。しかし、レミアはスケルトンソードマンを切り捨てるときにまったく隙を見せなかった。いや、隙はあるんにはあったのだが、あそれはレミアがあえて作った誘いの罠だったのだ。その事に気付いたアレンは小さく舌打ちし結果としてアレンは動くことが出来なかったのだ。

 

(ちっ……隙を作ろうとした初手がまったく活かせなかったどころか、逆に利用されるなんてな)


 一方のレミアもアレンの行動に舌打ちする。


(あわよくばと思ったけど、乗ってこなかったわね。この程度の駆け引きじゃ、形勢は動かないわね)


「ねぇ、アレンちょっと聞いて良いかしら?」

「なんだい?」

「さっき、私、明らかな隙を作ったんだけど、気付いた上で……」


 レミアは話の途中で動き、一瞬で間合いを詰める。腹、胸、喉を右剣で三段突きを放つ。それをアレンは右側に躱した。しかし、左剣でレミアはアレンの右足を切りつけてきた。


 キィィィィン!!


 アレンは足に放たれた斬撃を剣で受けた。反撃しようとした瞬間にレミアの次の斬撃がアレンの首に放たれていた。


「くっ!!」


 アレンは咄嗟に後ろに跳び、再びレミアと対峙する。


(あっぶね~、話の途中で動くなんて常套手段なんだけど、動きが想像以上に速い……)


 アレンの背中に冷たい汗が流れた。レミアの斬撃は速く、変幻自在だ。アレンにとって、これほどの緊張を強いられるのはほとんどない。いつものアレンであれば下がるよりも前に出て攻撃を逸らす選択をとるのだが、レミアの変幻自在な斬撃に下がらざるを得なかったのだ。


「様子見はこれぐらいにして、そろそろ本番と行きましょう」


 レミアの足下に魔方陣が浮かび上がった。


(身体強化か……発動までは十秒といったところか)


 アレンはこの隙を見逃すつもりはない。間合いを一気に詰める。


 カッ!!


 だが次の瞬間にレミアの魔法陣から強烈な光が放たれた。


 レミアの展開した魔法陣は身体強化のものと偽装したもので、実際は強烈な光を発するものだったのだ。レミアの技量にアレンが少なからず動揺していた故であり、まんまとアレンはレミアの張った罠に飛び込んでしまったのだ。


(しまった!!)


 虚を突かれた形のアレンは一瞬だが、目が眩んでしまった。レミアほどの実力者に一瞬の隙は致命傷だ。アレンは次の瞬間、左に跳んだ。視力回復までの数瞬の時間を稼ぐために間合いをとろうとしたのだ。だが、この程度の事で逃れられるほどレミアは甘くなかった。

 レミアはアレンをすかさず追撃する。アレンの視力を回復したが、主導権を握られた事を理解した。縦横無尽にレミアの剣がアレンを襲う。脅威的な剣と体術でなんとか致命的な一撃を避け続けているが、防戦一方に追い込まれる。流れを完全に握られた。


(まずい……押し切られる)


 アレンの額、背中に冷たい汗が流れ始める。レミアの剣は、止まることなくアレンを襲った。普通、どんな連続技でも永遠に繰り出すことは不可能だ。相手との間合い、自分の体勢からいつか攻撃を繰り出すことが出来なくなるようになるのだ。そのはずなのに、レミアの攻撃は切れ間無くアレンを襲う。おそらくレミアのこの連続攻撃は、闇雲に繰り出しているのではなく、何らかの術理に従って繰り出している。


(術理がまったくわからん……、反撃しようにもまったく隙が無い……ここで使わされるとは……)


 『使う』のではなく『使わされた』という現実をアレンは苦々しく思う。それはレミアの高い戦闘技術、組み立て方の賞賛の裏返しである。

 アレンは、この3日間で修練場にいくつか罠を仕掛けていた。罠と言っても殺傷能力のあるものや相手の魔力、身体能力を封じるものでは無い。そんなものを巧妙に仕掛けてもレミアは必ず看過するだろう事は分かっていた。そこで逆に戦闘に関係ない罠をしかけておいたのだ。

 その罠とは、発動するとオーケストラの演奏が流れるというまったく戦闘に関係のないものである。発動条件はアレンが『追い詰められること』である。アレンが自分で追い詰められたと感じたときに自動で発動する。


 ジャーン!! ジャジャーン!!


 罠が発動し、大音量でオーケストラの演奏が流れ出した。予想外の事にレミアの攻撃が止まる。すかさず、アレンは間合いをとり一息衝くことに成功した。


 達人になればなるほど相手の気を読む。その研ぎ澄まされた感覚は戦闘に関することであればありえない程の高性能なレーダーとなる。だが、あまりにも戦闘に関する高性能なレーダーは、『それ意外』を見落とす事もあるのだ。

 戦いの場においてオーケストラの演奏は、それ以外のものであり、レミアは一瞬だが、そちらに意識がそれてしまった。アレンにとってその一瞬こそが崩れた形勢を取り戻すために欲しかった一瞬だったのだ。


 アレンはこの罠を最終段階で使うつもりだったのだ。それがこんなに早く使わされるとは思わなかった。


「まさか、オーケストラの演奏が流れるとはね。盲点だったわ」


 感心したかのようにレミアが笑いかける。実際、戦闘技術を磨きに磨いてきたレミアにとってこの方法は盲点だったのである。


「卑怯とか罵らないんだね」


 アレンのこの返答に、レミアは気分を害したようだ。


「勝つために最善の準備を行うのは当たり前よ。あなたはそんな事も私が弁えていないと思っていたの?それこそ侮辱だわ」

「すまないな。そんなつもりじゃなかったんだがな」

「あら?意外ね、私が気分を害したのだから、そこを衝くというという方向に持って行くかと思ってたんだけど」

「その、方法も考えたんだけど、まぁ、それが利用される事の方があるからね」


 この会話でさえ、両者にとっては駆け引きの材料だった。アレンとレミアはお互いに会話を通して、自分の有利な状況を作り上げようとしている。


 アレンは会話を切り上げ、間を詰める。二段突きをレミアに放つ。レミアは苦も無く左手に握られた剣で受け流した。次の瞬間にレミアは右手の剣でアレンの手首を狙う。今度はアレンがその剣を受け流す。


 ここで、レミアにとって予想外の事が起こる。アレンが剣を落としたのだ。レミアはアレンの手から落ちる剣に一瞬目をやる。またも戦闘においてあり得ないアレンの動きにレミアは翻弄された。アレンは剣を落としたのではない『離した』のだ。剣が落ちるという事実を想定内というよりも狙ったアレンと想定外であったレミアの数瞬の差が出た。

 アレンは右手を掴み、レミアの体勢を崩し、そこに右手を首に引っかけ投げ飛ばす。


「く……」


 地面に叩きつけられたレミアは、アレンに組み伏せられた。


 決着がついたと思っていたが、レミアの左手に剣が握られてない事に気付く。レミアは投げられ瞬間に上空に剣を投げていたのだ。その剣は引力にひかれ、アレンに当たった。運良く、アレンに当たったのが柄だったために負傷はしなかったが、その衝撃はかなりのものであったこと、思いも寄らぬ攻撃であった事からその効果は十分だった。拘束が緩んだところをレミアはアレンの首に手をかけ、アレンを引き離した。引き離されたアレンはレミアから4メートルほどの距離を転がりその勢いを利用して立ち上がる。


 拘束を解いたレミアは次の瞬間にアレンが立ち上がり、投擲用のナイフを投げつけているのを視界に捉えた。剣で払う事も出来ずにレミアは転がってナイフを避ける。


 開いた距離を一瞬でアレンは詰める。詰める途中で予備の剣を抜き放ちレミアに振り下ろした。


 キィィィィン!!


 レミアはかろうじてアレンの強烈な斬撃を受け止めた。


 アレンは何とか傾いた形勢を自分の側に取り戻したのである。

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