第018話 アディラの宣戦布告
「お父様!!答えてください!!」
バン!!と国王の私室に怒鳴り込んだ不届き者がいた。本来であれば叩き出されるどころか即刻死刑に処せられても文句は言えない。だが、怒鳴り込んだ者が国王の娘であること、国王に溺愛されている王女であることからそれを咎めるのは、憚られた。
そう、踏み込んだのは、現国王の娘であるアディラ=フィン=ローエンであった。普段のアディラは朗らかな娘であり、その可愛らしい容姿からローエンシア王国で身分の上下を問わず人気が高い王女様でさる。
そんな、アディラが国王の私室とはいえ、怒鳴り込むというのは、彼女を知るものでは思いも付かない行動であったのだ。
当然、父親であるジュラス=ローエンも愛娘であるアディラがここまで、興奮しているのを見るのは近年無かったことである。あまりのことに戸惑いながらも、ジュラスはアディラに問いかける。
「どうしたアディラ?そんなに慌てて」
「どうしたも、こうしたもありませんわ!!お父様、フィアーネというのは誰なんです!!」
「フィアーネ?ああ、ひょっとしてアレンの友人のフィアーネ嬢か?」
記憶の引き出しから、ジュラス王は引っ張り出した名前を愛娘に告げる。
「そうです!!そのフィアーネという方のことです!!」
アディラのボルテージはさらに上がる。その様子にかなりジュラスの顔は引きつる。国王として数多くの困難に立ち向かい、それらを退けてきた稀代の名君も愛娘の剣幕には、顔が引きつっている。
「アレンお兄ちゃんとそのフィアーネさんはどんな関係なんですか!!!」
「落ち着けアディラ」
「これが落ち着いていられますか!!アレンお兄ちゃんの周りに女の子がいるなんて!」
アディラのボルテージは上限知らずで上がっていく。そして次の瞬間には、この世の者とは思えないほどの絶望の表情を浮かべた。
「ま、まさか、その女性はアレンお兄ちゃんの……恋人?」
「お……おい、アディラ……?」
「そんな……まさか、すでにあんな事を……ふぇ~ん」
自分の想像により、アディラは子どものように泣き始める。いきなり泣き始めたアディラを見てジュラスは慌てた。アディラは幼い頃から、我が侭を決して言わず、自分が王族であることを理解していた。そのアディラがここまで情緒不安定になるとは、ジュラス王にとって想定外のことであった。
「落ち着け、アレンとフィアーネ嬢は恋人同士ではないぞ」
「え?」
「本当だ、前に報告文書にフィアーネ嬢の名前が出て、聞いてみたのだが、恋人ではないと主張していたぞ」
その言葉を聞いて、アディラは一瞬で笑顔になった。しかし、再び不安げな表情を浮かべる。
「お父様、アレンお兄ちゃんが言ったのはどれぐらい前ですか?」
「確か、三ヶ月ぐらい前だったな」
「三ヶ月も前なんですか!!お父様、なぜその時に私に教えてくれなかったんですか!!その間にアレンお兄ちゃんとそのフィアーネさんが恋人になってたらどうしてくれるんですか!!」
ここまで娘に負の感情を込めた目で見られるとは思わなかったジュラスは、すっかり及び腰になった。
「アディラ、まさかお前がここまでアレンに惚れていたとはな」
「う……べ、別にアレンお兄ちゃんとは……その……」
父親に冷静に言われたことで、自分の今までの言動が常軌を逸していたことに思い至り、アディラはしどろもどろになった。その様子を見てジュラスは微笑ましく思う。
「アディラ、正直に答えなさい」
「は……はい、お父様」
「お前は私がアレン以外の者に嫁げと言えばどうする?」
「自害します!!」
即答であった。もちろんアディラとて王族だ。自分の置かれた立場を十二分に理解している。だが、これなかりはどうしようもないのだ。アレン以外の者に嫁ぐのはどうしても嫌だった。どうしても避けられないというのなら自害して果ててしまおうと思っているのは本心だった。
「それなら、アレンなら良いということだな?」
「もちろんです!!アレンお兄ちゃん以外の方に嫁ぎたくありません」
その答えを聞いて、ジュラス王は笑った。王族の娘なら生まれたときから婚約者がいるのも珍しくない。アディラは現在15歳、普通であればとっくに婚約者が決まってなければおかしい年齢だ。
実際に、アディラには結婚話は掃いて捨てるほど持ち込まれている。他国の王太子、公爵家の令息などそれこそ呆れるほどだ。だが、ジュラスはそれをすべて断ってきた。アディラの気持ちはうすうす気付いていたからである。そして今日、アディラの気持ちを確信した。
そして、この恋は父親として娘の幸せを求める点で嬉しいし、国王としても国益にかなうものである。すなわちアインベルク家を取り込み、ローエンシア王国につなぎ止めることが出来るのだ。
「ではアディラ、改めて確認することがある」
「はい、なんでしょう」
「お前とアレンは恋仲か?」
「いえ……残念ですがアレンお兄ちゃんと恋仲ではありません」
「そうか、それではまずアディラ、お前はアレンと恋仲になれ」
「もちろん、そのつもりです!!」
「そうか」
「でも、お父様一つ確認させていただきたいことがあります」
「なんだ?」
「その、なぜ国王としての権力を使わないのです?王家と男爵家の力関係から言えば、断ることは出来ないはずです」
「簡単なことだ。アレンに権力を背景に意思を変えさせることは決して出来ん。もし無理を通そうとすれば、あの男は間違いなく国を出奔する。それはお前も分かっているだろう?」
「確かにアレンお兄ちゃんならそうしますね」
「だからこそ、アレンを射止めるにはお前自身の魅力で勝負しなければならんのだ」
(その通りだ、アレンお兄ちゃんは絶対に権力に屈することはない。誰よりも貴族らしくないのに、貴族よりも誇り高いのがアレンお兄ちゃんだ)
「お父様!!私、アレンお兄ちゃんの心を必ず掴んで見せます!!」
アディラの目に闘志にも似た炎が宿る。アディラの恋路の最大の障壁であった父親を超えたことで、アディラの決意が固まる。
(よ~し!!アレンお兄ちゃんの隣に座るのは私よ!!負けないわよフィアーネさん!!)
アディラはまだ見ぬフィアーネに、心の中で宣戦布告を行った。
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