第017話 魔剣ヴェルシス⑤

 アレンが手放した意識を取り戻したとき、自分の頭がとても快適な枕に乗せられていることに気付いた。


 その快適な枕とは、フィアーネの膝だった。どうやらフィアーネにのされてから目が覚めるまでフィアーネは膝枕をしてくれていたらしい。


 フィアーネは、アレンが目を覚ました事に気付くと、嬉しそうにそして誇らしそうに笑う。なんか『褒めて褒めて!!!』と子犬がねだるような錯覚にとらわれた。



 アレンは、正直もう少し、フィアーネの膝枕を堪能したかったが、後で何かしらやっかいなことになる可能性があったので、起き上がった。


「アレン、もう大丈夫よ♪」

「……ああ、助かったよ」


 本当のところを言えば、魔剣ヴェルシスの精神拘束は自力で解いていたために、アレンが気絶したのも、ケガしたのもフィアーネの手によるものなのだが、その原因を作ったのはアレン自身なので、そこは黙っておくことにした。

 起き上がったアレンは、ケガが治っていることに気付く、どうやらフィアーネが治癒魔術をかけてくれてたらしい。フィアーネは何でもかんでも破壊する破壊神のような少女だが、治癒魔術も使える。しかも、かなりの腕前だ。

 

「それで、フィアーネ、あのナマクラは?」

「ああ、そこにあるわよ」


 指し示した方向を見ると魔剣ヴェルシスが転がっている。気のせいかもしれないが、なんか居心地悪そうだ。捕虜となった兵士のような気分なのかもしれない。


「アレン、この剣どうする?」

「どうって?」

「何だかんだ言って、この剣って悪さしたじゃない。折っちゃう?」


 ビクッ!と震えた気配がする。フィアーネの言葉は魔剣ヴェルシスにとって、死刑宣告だ。魔剣ヴェルシスにとっては、フィアーネは冷酷無比な検察官と言ったところであろう。そして、判決を下す役目の裁判官はアレンということになる。


(う~ん、持ち主を精神的に拘束し、体を乗っ取るというのは、極悪な能力だよな)


 アレンは歩き出し、魔剣ヴェルシスに手を伸ばす。


「おい、ナマクラ」


 無造作に魔剣を掴むアレン、その瞬間に嘲るような声が再びアレンの頭の中に響く。


【バカめが!!もう一度、貴様を乗っ取ってやるわ!!】


 魔剣ヴェルシスがアレンを再び乗っ取ろうとする。しかし、アレンは何でも無いように魔剣を眺めている。


【バカな……。なぜ乗っ取れない!?】


 先ほどの嘲るような声が、驚愕から恐怖に変わっていく。自分の力が通じないのなら、魔剣といえども所有者に対して何も出来ない。完全に生殺与奪を握られたことになる。


「二度も精神拘束されるわけ無いだろ?お前ってやっぱりナマクラだよな」


 そもそも、アレンが精神拘束を受けたのは、不意をつかれたからに他ならない。『来る』と分かっていれば対抗も出来るというわけだ。ただ、いくら不意をつかれたからと言っても精神支配を受けたのはアレンにとって恥ずべき事であり、アレンは反省をしていた。アレンはフィアーネの方を向き、淡々と言う。


「フィアーネ、お前さっき折る?と聞いてきたよな」

「うん、こんな性格の悪い魔剣ならいらないわ」

「しかも、反省もなく、また、俺を乗っ取りにきやがった」

「また?性格だけじゃなく頭も悪いのね」

「ああ、性格が悪い、頭も悪い、おまけにアンデッドには、ほとんど特殊効果は期待できない。どこまでも役に立たない剣だな」

【ひぃぃ、お願いします。助けてください】

「お前を助けるメリットが何もないんだよな」


 どこまでも淡々と述べるアレンに、魔剣ヴェルシスの声がさらに恐怖にゆがむ。


【お願いします。二度とあなた様方に逆らいません】

「逆らわないのは大前提だろ?それよりもお前を助けるメリットを言えよ」

【はい!私をお使いください。あなた様方なら私を使うに相応しいお方達です」


 このセリフを言った瞬間に、アレンは魔剣から手を離す。重力に引かれて魔剣が地面に落ちる。その瞬間にアレンが魔剣を踏みつけた。


「相応しい?ずいぶんと偉そうだな?頭の悪いのは分かっているから失望はせんが、自分の立場を把握するぐらいの頭は必要だと思うぞ?」

「アレン、この剣なんか言ったの?」

「ああ、このナマクラ、俺たちが自分の主に相応しいとほざきやがった」

「この状況で、上から目線とはね。もういいわ、溶鉱炉に投げ込みましょう」

【ひぃぃぃ!!お願いします。上から目線なんてそんなつもりではなかったんです】

「面倒くさいな。溶鉱炉でいいか」

【お許しください!!お許しください!!あなた様方に永遠の忠誠を誓います!!」

「いや、お前ごときの忠誠なんぞいらん」


 どこまでも、冷淡なアレンの言葉に魔剣は人間であれば真っ青になりガクガクと震えている事だろう。それでも命(?)がかかってるのだ。魔剣は震えながらも早口にまくし立てる。


【私は役に立ちます!!確かにアンデッドには私の力は効果がありませんが、生き物であれば例外なく効果が発揮されます!!それから魔剣同士は引き合うという特性がございます。私を手元に置いていただければ、あなた様方の役に立つ魔剣が手に入るかもしれません!!】

「……」

「どうしたの、アレン?」

「いや、こいつ今な、魔剣同士は引き合うから役立つ魔剣が手に入るかもしれないと言ったんだ」

「へ~それはちょっとおいしいわね」

「まぁ、でも助かりたいがための出任せだろう。溶鉱炉行きは決定だな」

【お待ちください!!本当なんです!!魔剣同士は引き合うんです!!嘘ではございません!!】

「ウソおっしゃい、あんた結構長い間、うちの倉庫に眠ってたけど魔剣がうちに来た事なんてないわよ」

【それはあなた様の家で使用されず保管されていたためでございます。使用していただくことで魔剣は魔力を放ち魔剣はお互いにそれに惹かれ合うのでございます】

「どう思う、アレン?」

「一応、話の筋は通ってるな」

「じゃあ、溶鉱炉行きは無しにする?」

「そうだな、お試し期間として3ヶ月だな」

「お試し期間?」

「ああ、こいつの言葉が本当か嘘かは3ヶ月の間に本当に魔剣がくるかどうかで決まるわけだ」

【つまり、3ヶ月で魔剣が表れなければ?】

「お前は溶鉱炉行きだ」

【そんな!!しかし魔剣が表れてもあなた様が手に入れることができるかは・・・】

「何勘違いしている?」

【……勘違いですか?】

「そうだ、俺は魔剣が現れるかどうかを確認するだけ、もっと言えばお前がウソを言っていないかの確認をするだけだ。おまえが助かりたいがために俺たちを欺そうというのなら、その報いをくれてやるだけだ」


 魔剣はアレンの言葉に息を飲む雰囲気を感じた。アレンの言葉が本気であることを魔剣は理屈抜きで理解してしまった。


「もっとも、俺はお前の言葉がウソであって欲しいとすら思っている」

【な、何故です?】

「遠慮無くお前を溶鉱炉に投げ込むことが出来るからな」


 もはや魔剣ヴェルシスは一言も発することが出来ない。魔剣ヴェルシスは助かりたいがために出任せを言ったわけではない。だが、3ヶ月以内に表れる保証などどこにもないのだ。ただ一刻も早く魔剣が表れてくれることを祈るのみだった。


「じゃあ、アレンがこの剣を持つべきね」

「なんで?いらんぞ、こんなナマクラ」

「でも、私だったら毎日剣を使うわけじゃないし、アレンだったら毎日使うでしょ」

「でも、これってお前の家のもんだろう?俺が持ってていいのか?」


 溶鉱炉に投げ込もうとしたのに、矛盾した事をアレンは言った。


「別にいいわよ。いらないし、アレンにあげるわ」

「こんなナマクラいらんのだが……まぁしょうがないか。おいナマクラ」

【はい、なんでございましょう】

「俺がお前を使うことにする。もし、他人を乗っ取れば、そこでお前は終了だ。ヤスリをかけて少しずつお前を粉にして、その後に溶鉱炉に投げ込んでやる」

【ひぃぃぃ、絶対にやりません!!】


 心底怯えた声を魔剣ヴェルシスは発する。


(とりあえず溶鉱炉行きは3ヶ月待ってやるか……ロム達に注意をしておかなくちゃな)


 こうして、アレンは魔剣ヴェルシスの所有者となった。

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