第016話 魔剣ヴェルシス④

(まずい……捕まった……)


 フィアーネは魔剣をあろうことか素手で掴んでいた。魔剣はアレンの体を使い、なんとかフィアーネの拘束から逃れようとするが、押しても引いてもびくともしなかった。


 焦る魔剣の感情を察知したのかフィアーネはニヤリと嗤った。


 これほどの美少女の嗤顔えがおなのだから、ニコリという表現こそがふさわしいのだが、フィアーネの笑顔はニヤリという表現こそがふさわしい。


 捕食者の舌なめずりにも似た笑顔にアレンとすれば背筋の凍る思いだ。


 フィアーネは魔剣を掴んだまま、予備動作無しで右拳を繰り出した。魔剣はその動きに対応出来ずにまともに顔面で受けた。

 顔面に受けた事でアレンの体はのけぞった。

フィアーネはアレンの体が体勢を整える前に次の攻撃を繰り出す。フィアーネはそのまま手刀を肩に振り下ろしたのだ。当然体勢を崩されていた事もあり,アレンの体はまともに手刀を方に受けた。

 フィアーネは間髪入れること無く、左手に握っていた剣を後ろに引っ張り、手を離したフィアーネはそのまま左腕でアレンの首に引っかけ、そのまま投げ飛ばした。

 首に受けた衝撃のため、アレンはろくな受け身もとれずに地面に叩きつけられる。本来のアレンであれば、受け身くらいは確実にとれたのだろうが、今は魔剣ヴェルシスがアレンの体を使っているので対応が出来なかったのはアレンにとって不幸であった。


(ぐはっ!!フィアーネもう少し手加減しろよ……)


 アレンの抗議の声は外に発せられることなかった。アレンは何とか立ち上がることは出来たのだが、そのダメージは深刻なものであることは間違いない。


(おい!!ナマクラ!!もう無理だ……さっさと拘束を解け!!命だけは助けてやる)


 アレンは魔剣ヴェルシスに投降を呼びかける。アレンとすればフィアーネに勝つ見込みは全くないという残酷な事実故の助言である。


「だまれ!!こんなことがあって言い訳がない!!」


 アレンの口から発せられた魔剣ヴェルシスの憤怒の言葉に、フィアーネは魔剣ヴェルシスの焦りとアレンが集中力を乱している事を察した。フィアーネにしてみればアレンが自分を援護しているという中々事実と微妙に異なる解釈に至っている。


「アレン、待っててね!! すぐに解放してあげる!!」


 フィアーネの宣言は決着の時が迫っている事をアレンに予感させた。当然ながらアレンの望む決着とフィアーネの望む決着は同じだが、その過程が大きく異なっている。


(フィアーネ、ちょ!!タンマ!!自分で拘束を解くから!!時間をくれ!!)


「ふざけるな!!人間如きが我の拘束を解けるわけ無いだろうが!!」

「アレン……やっぱり自分で拘束を解こうとしているのね。でも、大丈夫よ。もうすぐ助けてやるから!!」

(いや、自分でやるから!!)


 アレンは精神を拘束されてから、精神拘束解除の術式を組み立てていた。それもあと少しの段階で、ほんの1~2分で完成するのである。アレンにとっての不幸は、フィアーネが相手だったこと、そして魔剣ヴェルシスの戦闘技術があまりにも稚拙であった事だった。


(おい!!ナマクラ!!アンデッドを召喚して時間を稼げ!!)


 フィアーネにフルボッコされる未来を身近に感じ、時間を稼ぐ事を提案するが、魔剣ヴェルシスは、アレンの願いを聞き遂げなかった。その理由はただ一つ、フィアーネがとどめを刺すために行動を開始したからだ。


(待てぇぇぇぇぇぇ!!フィアーネせめてあと30秒!!)


 近づくフィアーネに横薙の一閃が襲う。だが、もはや威力も速度も全くなかった。フィアーネは難なく躱すと、アレンの左膝に左足を乗せた。そのまま膝を回し蹴りの要領で右膝を側頭部に叩き込んだ。

 意識を完全に手放そうとした瞬間に術式が完成し、魔剣ヴェルシスの精神拘束をアレンが解いた。


(あと、30秒待っててくれたら……)


 アレンは気絶する前に自分の間の悪さを呪い、意識を手放した。

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